木村拓哉(50)が警察学校の冷徹な教官を演じ、2020年と2021年の新春にスペシャルドラマとして放送された『教場』(フジテレビ系)。いずれも視聴率が15%を超えるヒット作となったが、'23年4月からは月9枠で『風間公親-教場0-』として連続ドラマ化することが決定した。
「木村さん演じる教官・風間は右目が義眼であり、その原因は2021年の『教場II』のラストシーンで、刑事時代に襲撃を受けた際の刺し傷によるものと判明しました。『風間公親-教場0-』では、その襲撃犯や、教官となる前のエピソードが明らかになるようです。木村さんは今作で月9ドラマ主演が11回目となり、これは歴代1位となる記録です。今回もかなりの話題作となるのではないでしょうか」(ドラマ評ライター)
ドラマの中で、風間の人物像を表すために、象徴とされているのが、彼が“義眼”だということだ。
木村拓哉のドラマで注目の「義眼」
しかし実際の義眼とは、どのようなものなのか。ご自身も義眼使用者であり、オーダーメイドで義眼を作成している「アートアイ ・ラボ」(大阪府)の義眼技師の団十郎さんに、お話をうかがった。
「ご利用者さま方が義眼を使用するに至った経緯はさまざまです。私の場合、1歳のときに網膜芽細胞腫という小児がんを患い、右の眼球を全摘出したのがきっかけです。
先天的な疾患や事故、怪我で眼球が傷つき、眼球の委縮または摘出手術など、その理由はさまざまです。また、その方の状態によって製作する義眼の形も変わります」(以下・団十郎さん)
自身の体験もふまえて顧客のカウンセリングができるという、稀有な存在の団十郎さん。義眼技師を目指したきっかけは、その志を師と仰ぐ熟練の義眼技師との出会いからだという。
「義眼技師という仕事は、世間に広く知られているものではないのですが、その方の利用者に向き合う姿勢や気持ちに感銘を受け、その志を継ぎ自分も義眼を必要とする人たちへ日々の活力や新しいことに挑戦する気力を提供できるようになりたいと、技師への一歩を踏みだしました。
また、私は子どものころから義眼であることにそこまでコンプレックスはなかったのですが、当事者だけでなく周囲の人たちのためにも、もっと自身の経験も交え義眼についての情報が発信できれば……とも考えました」
とはいえ義眼作製を学べる環境はほぼなく、専門学校があるわけでもない。
「世界各国の情報を収集し、ときには海外の制作現場に訪れたりしながら、独学でスタートしました。道具を揃え、まずは自分の義眼を作ることから始めました。初めて自分以外の人に義眼を提供するまでには、5年の月日が必要でした」
義眼の作成工程
眼球と同じような球体で、眼窩(がんか)に押し込む……というのが、義眼になじみがない人たちのイメージだろう。
だが実際は、“目”として見える部分に合わせて、ゆるやかな三角形、もしくは半球だ。
義眼の素材のほとんどはアクリル樹脂で構成されおり、団十郎さんの工房では瞳孔や虹彩、強膜(白目)をパーツ事に作成する。
白目の色も、現存する眼球や年齢、好みに合わせて調整する。よりリアルさを追求するため血管も表現するのだが、こちらは赤い糸をほどいて繊維にしたものを散らす。
表面は透明のアクリル樹脂でコーティングして、固まったら細かな傷も残さないようにひたすら研磨し、滑らかさとツヤを出す。
完成した大きさは直径2~3センチほどで、厚みや形状にもよるが重さは3~5グラム。大きな義眼が必要で重さの改善が求められる場合は、中空義眼を作成することもできる。その場合、中空構造のため水にも浮く。
「当方の場合オーダーメイドなので、一点一点ご利用者様の眼窩形状合った型で作成いたします。まず眼窩の形状を確認し、そしてご利用者さんのご要望や好みをじっくりうかがい、義眼のパーツの色を決めていきます。
色味も大切なのですが、義眼を使用するにあたってまず気にすべきなのは装着感と視線なんですね。うまくフィットすると、まぶたの開き方もスムーズになりますし、目やにも出にくくなります。そして、横から見たときの厚みが不自然ではないかといったことや、納得できる視線になるかどうかも確認します。
義眼ユーザーはこの視線が定まらないことにコンプレックスを持つ方が多いのです。特に人と正面から顔を合わせることを気にされる方はかなりいて、そのためオンライン会議が苦手だという方もいらっしゃいます。私もその一人でした。
私自身の経験からも視線のずれ、開き具合、装着時の違和感は日常生活のストレスにもつながるため、納得いただくために時間をかけてご依頼者様と確認を重ねます。
最終的な結果はご使用者の義眼床の状態に左右される要素も大きく、100%ご満足いただくことは義眼単体では叶わないことは事前にご理解いただけるようにご説明させていただいています。
身体にフィットした義眼、義眼床の状態など、条件が揃うことで眼球を動かす筋肉の動きがうまく伝わると、それほど気にならない視線運びが期待できます。以前、視線にコンプレックスを抱いていたため写真撮影が苦手だったというご依頼者様がいたのですが、視線が改善された義眼を使ってから『自然体で家族と写真を撮ることできるようになりました』という感謝の言葉をいただきました」
顧客の手に渡るまでには、最初のカウンセリングから調整などを含めて約1か月ほど。価格は通常のもので12万円から。特殊加工や追加の加工が必要な場合は16万円からとなっている。
美しい瞳の輝きを再現
団十郎さんの作成した義眼を一見すると、人体のリアルなパーツのようで、確かにドキッとする。だが見ているうちに、そのつややかな瞳に吸い込まれるような魅力を感じていく。美しい瞳の持ち主に心を動かされる物語は太古の昔からあるが、そんなストーリーが思い浮かぶ。
「当方で新しく義眼を作り替えたいと、若い女性がお母様とともにいらしたことがあります。じっくりご希望をうかがい、後日に完成品をつけていただいたところ、鏡から振り返ったときに見えた笑顔とお母様に駆け寄る姿がとても印象的でした。お母様も少し涙を浮かべてお話をしていただいたときは私たちも感情が高まり、目頭が熱くなったことを覚えています」
最近は、顧客のリクエストもあり、また義眼の可能性を広げたいという気持ちから、幻想的な作品を次々と作り出している団十郎さん。数年前からSNSで発信しており、海外からも問い合わせが来るという。
「義眼が必要な人も、その境遇で考え方はさまざまですが、 “隠す”から“自己表現のひとつ”とお考えになる方々が増えてきていることに時代の流れを感じています。
義眼を必要とする背景やその渦中のご苦労や葛藤を知る身としては戸惑うところもありますが、ご利用者が前向きになれる一助になるのであれば、ご要望にあわせてデザイン性の高い義眼の製作も承っている状況です。
インターネットで即時に世界と繋がることができる現在では、より多くの情報が昔より集めやすくなりました。また国内外の技師仲間との繋がりや関わり方も多様化しています。世の中の新しい技術の革新が義眼を取り巻く環境へどう入ってくるのか。デジタル技術を取り込むことで新しい価値観が生まれ続けるのか。
今後も、製作者として、かつ利用者として関わりつつ、身体の負担も心も軽くなるような義眼と、その最新情報を提供していけたら、と考えています」
さまざまな境遇を経たうえでたどり着いた、団十郎さん製作の美しい義眼たちは、利用者に新しい世界を切り開く力を与えているようだ。
(取材・文/木原みぎわ)