神奈川県大和市にある小田急線大和駅前の広場。金属製の柄から細長く刃の伸びた刺身包丁が血にまみれて転がった。昨年12月31日午後11時ごろ、テレビのNHK紅白歌合戦は残すところ紅組2人、白組1人と年の瀬も押し迫った時間帯。唐突に腹部を刺された男性(41)は路上に仰向けで倒れた。
通りがかった目撃者が、
「男性が包丁で刺されている」
などと110番通報。
駆けつけた県警大和署の警察官にすぐ身柄を確保され、約20分後に殺人未遂の現行犯で逮捕されたのは同県綾瀬市の無職・榎本勝美容疑者(56)。被害男性の母親と再婚した男だった。
「犯人はこの寒空の下、夜は特に冷えこむのに白いスウェットの上下という軽装でした。服のどこかに包丁を隠し持ち、不意打ちするように急に刺したんです。被害者が着ていた黒いダウンジャケットからは羽毛が飛び散り……救急搬送されていきました。致命傷にはならず意識はあったみたいです。パトカーの赤色灯で事件に気づいた通行人もいましたが、トラブルにかかわりたくないのか素通りする人もいました」(現場近くの男性)
被害者と加害者は義理の親子関係なのだから、本来であれば一緒に年越ししてもおかしくないぐらい。
それがなぜ、刃傷沙汰になったのか。
全国紙社会部記者の話。
「榎本容疑者は警察の取り調べに“殺すつもりで刺した”と供述している。殺すつもりはなかったと言い訳するケースはよく聞くが、殺意をあっさり認めるのは珍しい。よっぽど両者の関係がこじれていたのか、捜査当局は事件に至る経緯や犯行動機を詳しく調べている」
容疑者宅の最寄りは大和駅から相鉄線で2つ先のかしわ台駅。そこから約20分歩いた家賃月額6万円前後のファミリー向け賃貸マンションで暮らす。
孫を預かるほど家族仲がよかったのに…なぜ?
同じマンションの住民はこう話す。
「50代くらいの同年輩とみられる夫婦で生活していて、旦那さんはいかにも穏やかそうだったので事件には驚きました。幼いお孫さん2人を自宅で頻繁に預かり面倒をみていました。近所に息子さん宅があり、息子さんが仕事で留守にする夜間帯は夫婦がお孫さんを預かって、翌朝になると息子さん宅に送りとどけたりしていました。家族仲はよかったはずなんです」
襲われたのはその息子だった。
被害者宅近くの住民は「男性の妻を見かけたことはなく、男性がひとりで子育てしているようだった」と話す。
実際、あえて実家近くに住んで子育てを手助けしてもらっていたわけだから不仲だったとは言い難い。容疑者夫婦のほうもまた、自宅玄関先にアンパンマンのついた幼児用乗り物や折り畳み式滑り台を置くなど、孫をかわいがっていた様子がうかがえる。
血縁関係はないにせよ、孫から父親を奪おうとした背景には何があるのか。
容疑者宅近くの別の住民はこう振り返る。
地味で口下手だった容疑者
「言われてみれば、容疑者はどこか存在感が薄かった。明るくハキハキした奥さんと比べると地味で口下手だったかもしれない。例えばご近所とちょっとした会話をかわす際も、直接は語りかけてこず、奥さん(被害者の実母)を通してコミュニケーションをはかろうとした。再婚とは知らなかったけど」
被害男性とその実母、孫2人の3世代4人で外出する姿は目撃されているが、容疑者がそこに加わる目撃情報はなかった。
孫を送り迎えするのもまた、容疑者の妻であることが多かった。容疑者がひとりで孫と出かけるところを見た周辺住民もいなかった。容疑者は仕事に就いていないから時間はあったはずだが……。
「息子さんは昔ヤンチャだったのかなと思わせる雰囲気があり、容疑者よりも貫禄がありました。息子さんが子どもと接する様子をみるかぎり内面は優しそうだったから、何が気に食わなくて殺意が芽生えたのか見当がつきません」(前出・マンションの住民)
容疑者は普段、茶色っぽい落ち着いた服装を好んだ。夏場はシャツにジーパンといったラフなスタイルだった。犯行時の白1色のスウェット上下は、そうした普段着の延長線なのか、あるいは凶行の決意を示す服装だったのか。容疑者の内面に伺いしれぬ何かがうっ積していたのは間違いない。
年明け後、容疑者の妻や孫を見かけた周辺住民はいない。自宅のインタホンを鳴らしても応答はなく、アンパンマンの玩具は置き去りにされたままだった。