《改めまして12/31をもって、乃木坂46を卒業しました!》
1月5日、齋藤飛鳥(24)が自身のインスタグラムを更新。『NHK紅白歌合戦』では初めてセンターを務めたシングル曲『裸足でSummer』(‘16年)を熱唱し、齋藤を“旅立ち”の演出も盛り込まれた。
「齋藤の卒業が目立ちましたが、昨年はアイドルの卒業や脱退が多くて、その数は異常とも言えるほどです」
昨今の傾向について目を向けるのはプロアイドルヲタクのブレーメン大島氏。アイドルの卒業や脱退理由として「スキャンダルの発覚」があるが、昨今はそのスキャンダルが表面化されやすくなっている。
「最近では'22年11月に発覚したAKB48岡田奈々さんと俳優・猪野広樹さんとの交際が話題になりました。岡田さんは謝罪してグループを卒業すると発表。交際は週刊誌の記事によって明るみになりましたが、SNSの発達により、スキャンダルも拡散されて表沙汰になることも多いです」(大島氏、以下同)
AKBでは卒業後に“地下アイドル”になるケースも
岡田の卒業時期は今のところ未定だが、「グループの風紀委員」を名乗り出たのにもかかわらず、こうして嘘をつくような形になってしまい申し訳ないとSNSでコメントした。
岡田のような恋愛発覚だけでなく、SNSの裏垢を特定されることで、イメージと逸脱した発言等でファンの信用を裏切り、卒業に追い込まれることもある。ただ、そういった熱愛報道などのアクシデントがなくとも辞めていくアイドルは多数。大島氏は昨今に卒業が増加しているのは別の理由があるという。
「アイドルの全体数が増えていることも理由のひとつ。コロナ禍の期間にも地下アイドルが桁違いに増加しました。正確に把握できてはいませんが、全国で見ると1000組レベルで存在します。毎日のようにどこかで誰かがアイドル活動を行っていますから」
SNSやウェブメディアの発達で芸能事務所に入らずともアイドル活動ができるような状況が生まれている。マイナーなグループを含めるとかなりのアイドルがおり、その分、卒業する数も増えるのは納得できる。だが、メジャーなAKB48だけでも相当な人数が辞めているのはなぜか。
「最近AKB48で多いのは、卒業して地下アイドルになるという例。“元AKB48”という肩書きがつくので、知名度が低くても地下アイドルの中ではトップになれる可能性が高い。AKB48では目立たなかった子がセンターになったり、地下アイドルのプロデューサーになったりしています。つまり、1流で活躍できずに終わるか、3流でトップになるかですよね」
この現象はファンには好影響をもたらしている。
「本来であれば、地下アイドルで活動した後にメジャーなAKB48へという流れのほうが自然に思えますが、逆転現象が起きている。“格下げ”のように見えて、これはファンにとっても悪いことではないんです。今まであまり触れ合う機会がなかったアイドルと、2ショットチェキを1000〜2000円で撮影できて、長く話ができることもあります。敷居が下がり、楽しさは倍増しているのでは」
自分が輝ける場所を探しての卒業であり、アイドルとしてその決断は悪いことだとは思わないと大島氏は語る。
「元HKT48の宮脇咲良さんはアイドルとして本当に勝ち組。韓国へ渡り'18年からIZ*ONEのメンバーとしても活躍し、昨年5月にLE SSERAFIMのメンバーとしてデビュー。再び今回の紅白に出場しましたからね」
アイドルとして活躍し続けられる場を探して卒業する例もあれば、一般の仕事に就いたり、スタッフになるというケースも多く、卒業したアイドルたちの道は多様化している。
アイドルを辞めた王林の夢を本人に聞いてみると
「卒業後は女優やモデルになるのが“成功”の王道パターンでしたが、選択肢が広がっています。飲食店やアパレルブランドの経営者になったり、ホステスになったという子も。アイドルグループ・まねきケチャは今年春に開催される日本武道館公演を最後に3人卒業しますが、メンバーの中川美優さんは麻雀好きで、ソロで麻雀タレントになりたいと言っています。グループの活動をメインとしてやっていると、やりたいことへの一歩が踏み出せないのでしょう」
中川は自宅に“全自動の麻雀卓があるほどの麻雀好き。アイドルたちの”本当にやりたいこと“は多岐に渡る。
‘22年3月にりんご娘を卒業した王林(24)は知事になりたいと発言。りんご娘は青森や農業を応援しようと活動する青森のアイドルグループ。グループ時代にりんごの品種から名付けられた“王林”の名はそのままに、昨年は全国区でブレイクを果たす。王林は「ニフティ温泉年間ランキング2022」記者発表会にアンバサダーとして登場。その際、王林になぜ知事になりたいのか直接聞くと──。
「今までりんご娘のグループとしての目標しかありませんでした。けれど、ひとりになって、何か目標がないとだめだと思って。自分と向き合ったときに、青森県知事にという思いが湧きました。青森県知事とは何度もお会いしたことがあります。とてもパワフルな人で青森のことを思っていて。リスペクトの意味も込めてそんな目標を思いつきました」
王林の“青森への地元愛”はかなり強く、知事になりたいという気持ちも本気度は高いようだ。ソロになって変わったことは?
「一番は東京で過ごすことが多くなったこと。周りにいる人たちもみんな変わりました。小学3年からりんご娘のあるスクールに入って、ずっと同じメンバーと活動していたので、新しい出会いがある反面、寂しいこともあります」(王林、以下同)
ソロになって大ブレイクしている王林だが、一番よかったことは何か。
「ずっとこなすことで精一杯で、立ち止まる時間がなかったのですが、卒業をきっかけに自分と向き合うことができたことです。私は芸能活動がしたいと言うよりは、青森を発信したいんだと改めて思いました。芸能活動を辞めることも考えたのですが、青森のよさを伝える上で、自分ができるのは続けることだと考えました」
青森県外へ行くことが多くなったが、他の地域を見るほどに改めて地元のよさに気づき、自分の軸は青森だと再確認したという。青森の文化を世界に発信したいと思い、グループ卒業後には海外留学を考えたことも。そもそもなぜ卒業したのか。
「私は卒業したくなかったんです。メンバーから新たな目標に向かって進みたいと言う言葉がありました。なんとかこの4人のりんご娘を存続させる道はないか悩みましたが、最終的にはメンバーを応援しようと決めました」
メンバーたちは女優やモデルになりたいと思っても、行動する時間がなかったという。
「今まで長年いた場所を辞めてでも進むという決断と勇気というのはすごいと思います。辞めなくても何か道はあったのかもしれないけど、そこを捨ててでも新たな道へ行くのは素晴らしいことだなと思います」
一緒にやっていくこと、新しい道へ進むこと、どちらの気持ちもわかり、複雑な気持ちだったという。前出の大島氏は王林について、
「名前を残しての卒業。りんご娘という屋号も残すという使命を全うして、辞めても青森の広告塔になるという、素晴らしい姿だと思います」
と称賛する。さらに、数年前と比べアイドル卒業の傾向を考察。
「堂々とは言いませんが、思春期の子ですし単純に遊びたいから、という理由で卒業すること多かったんですよね。学業に専念したいという理由もよくありますが、忙しいのはわかっていたことですし。ただ昨今は、ほかにやりたいことがあったりするなど、明確な理由があることが多い。地下アイドルにしても、センターになれるという夢を叶えるためのものですから」
私たちに夢を与えてくれるアイドルが果たしたい夢ならば、ぜひ応援してあげたいものだ。
ブレーメン大島 フジテレビ『夕やけニャンニャン』で伝説を作り、現在はプロアイドルヲタクとしてイベントプロデュース・ライター・司会などで活動。リングアナウンサーや放送作家としての顔もある。