「AIいらすとや」で作成した「うさぎ」のイラスト

 お店のポスターに公園の看板、学校や官公庁の資料、YouTubeに投稿された動画等々……。ありとあらゆる場所で見かける『いらすとや』のイラスト。イラストレーターのみふねたかしさんが運営する個人サイトでありながら、2万5000点を超えるイラストが並び、フリー素材として利用できるため幅広い層から支持を集めている。『ONE PIECE』や『ポケットモンスター』など、有名キャラクターとのコラボ企画も人気だ。

 そんな『いらすとや』にそっくりなイラストを自動で作れるアプリが登場し、話題を集めている。その名も『AIいらすとや』。お絵描きアプリ『AIピカソ』と『いらすとや』が提携し実現したものだという。ITジャーナリストの三上洋さんが解説する。

『AIいらすとや』は、描きたい絵のキーワードを入力すると画像を生成できるアプリ『AIピカソ』の技術を生かして作られています。インターネット上から約20億枚の画像と各画像を解説したキャプションのデータを収集、これらをAIに機械学習させることでキーワードに最適な画像が自動的に生成できる仕組みです。

 例えば“イルカ”と入力すると、20億枚から学習した画像とテキストのパターンからAIが最適と思われるデータを選別し、イルカのイラストが作られます。また“イルカと月”のように、2つのキーワードを組み合わせて作ることもできます。

 この『AIピカソ』に『いらすとや』のイラストやキャプションのデータを追加し、AIにさらに学習させる。それにより『いらすとや』風のイラストも自動的に生成できるというわけです

記者も『AIピカソ』を使ってみた

 実際に記者もやってみた。『AIピカソ』をダウンロード、アプリを起ち上げると「テキストを入力」と書かれた入力欄に、描きたいイラストのキーワードを打ち込む。正月休み中だったことから「正月と言えば『寅さん』でしょ」と、いかにも昭和世代なキーワードをセレクト。続いて「スタイル」という画風の選択肢から「いらすとや風」を選び、「生成ボタン」を押す。すると……、ほのぼのタッチの「動物の寅」のイラストが出現。これじゃ“寅”違いだ。

「寅さん」で作成。寅には違いないが、車寅次郎ではなかった

 さらに思いつくままに、「うさぎ」「岸田文雄」などとキーワードを変えて生成してみた。イメージに近いものから想定外の画像まで、入力されるキーワードによって生成されるイラストはさまざま。しかし、すべて『いらすとや風』のタッチが再現されていることは間違いない。こうして作ったイラストは、現時点では素材として使用することはできないが、SNSへ投稿してシェアすることは可能だ。

「岸田首相」のキーワードで作成したイラストは、まあまあ納得

 ここでふと疑問が浮かぶ。『AIいらすとや』が進化を遂げた日には、本家の『いらすとや』は不要になってしまうのでは?

「そんなことはありません。『いらすとや』がヒットしたのは、今までにない斬新なイラストを作ったから。SNSで『バイトテロ』が話題になったら、すぐにイメージ通りのイラストが作られていましたし、『中2病』なんてイラストも、通常のフリー素材では検索してもなかなか出てこない。

 AIはネット上にないもの、今までにない概念のイメージを作ることはできません。『バイトテロ』と入力しても、“エプロンをかけた男の子が寿司ネタをわざと床に落とす”みたいな、オリジナリティーが必要なイラストを作ることは不可能です。『AIいらすとや』が本家に取って代わるような事態は、まず起きないと思います」(三上さん)

評価額1500億円! ユニコーン企業に匹敵する『いらすとや』の実力

 2012年のサイト開設以来、オリジナリティーあふれる多種多様なイラストを公開し続けてきた『いらすとや』。その最大の特徴は、使用料もクレジット表記も不要な「フリー素材」であること。イラストは個人、法人ともに20点まで無料で利用可能。公序良俗に反する使い方でなければ商用での利用もできるうえ、規約の範囲内での編集・加工も許されている。簡単にブラウザからダウンロードできて、アカウント登録の必要もない。

イラストのテイストに統一感があるところも魅力です。フリー素材のイラストは通常、絵のタッチがバラバラで、多数の素材を組み合わせたときに統一感に欠ける。しかし『いらすとや』の場合、柔らかくてかわいい印象のイラストが多種多様にそろっていて使いやすい。ここまで使い勝手のいいフリー素材のサイトは、ほかにありません

 そう話すのは、金融や経済記事の執筆・監修を行う『オコスモ1級FP技能士事務所』代表の古田拓也さん。多くの人に愛される『いらすとや』は、「企業価値が10億ドル以上の『ユニコーン企業』に匹敵する」と言ってはばからない。

IT大手の『アドビ』や『シャッターストック』が作った画像素材サイトは、時価総額1500億円程度を有しています。『いらすとや』も、それらに等しいポテンシャルがあると言っても過言ではありません。

 以前に『いらすとや』のイラストがG20(20か国・地域首脳会議)で使われたとして話題になりましたが、何か資料を作るときに『いらすとや』の素材を使うと“国際会議でも使われる『いらすとや』ってすごいんだな”と、使った団体への信頼が『いらすとや』にも還元され、さらに認知度が上がる。そのようにして大企業などのブランド価値を取り込める『いらすとや』は、いまや素材サイトのなかでは絶対的な地位を確立しています」(古田さん)

マップ作成で判明! いちばん多く使われているのは、あの場所だった

 巷にあふれる『いらすとや』のイラストは、どこでどのように使われているのか。歩いて街を探索し、使用例を見つけると、グーグルマップ上にその情報を記録する――。そんな『いらすとやマッピング』の作成に励む男性もいる。

ブロガーの三浦靖雄さんが手がける「いらすとやマッピング」

 ブロガーの三浦靖雄さんが『いらすとや』に注目し始めたのは、2015年のころだ。

「当時は『水の中で眠る会社員たち』のような、“どこで使うんだよ”というイラストを見ておもしろがっていました。それから3年もたつと、街中で『いらすとや』を見かける頻度が急速に増えてきた。

 その様子を見て“『いらすとや』はインフラになるのではないか”と思ったんです。若い世代がスマホのない時代を想像できないように、“『いらすとや』ができる前は、イラストがほしいときにはどうしていたの?”と、いつかそう思える日が来る……。そこで『いらすとや』が広まっていく過程を観測し、視覚化したいと思って、2018年に『いらすとやマッピング』の作成を始めました」(三浦さん、以下同)

いらすとや「水の中で眠る会社員たち」

 それ以来、三浦さんは休日になるたび、都内の知らない街を訪ね歩いてきた。

「始めて1~2年のころは、街中で『いらすとや』のイラスト1つを見つけるのに30分かかっていました。5時間探して、やっと10個。それが今では15分に1つの割合で見つかるようになりましたね。駅に降りて街の顔を見たら、ここで『いらすとや』が何個見つかるのか、大体わかります」

「いらすとやマッピング」制作者の三浦さんのツイート

 いちばん見つけやすいのは商業地区。反対に、住宅街やオフィス街には少ない。ここ数年の傾向として、警察や官公庁など公的機関での使用が目立つほか、「コロナ禍で爆発的に増えた印象がある」と三浦さんは言う。

 こうしてグーグルマップ上に記録された『いらすとや』の使用例の数は、都内を中心に1142(2023年1月4日時点)。三浦さんの探索は続き、今なおマップを更新し続けている。

「マップへの登録が1000個になった時点で集計したところ、いちばん多く使われていたのは不動産屋。次が公園、3位は薬局でした。不動産屋には、もともとPOP広告の文化があるからではないかと思っています。

2位の公園では“ゴミを捨てないでください”“煙草を吸わないでください”等々、利用規約とともに『いらすとや』が使用されています。不特定多数が利用するためなのか、公園にはお願い事が多いんです。

記者が公園で見つけた「いらすとや」

  僕は“お詫びシリーズ”と呼んでいますが、『いらすとや』自体、誰かに頭を下げているイラストの種類がいちばん多い。お店や医療機関などに代わって、イラストが頭を下げてくれているんです。世の中には、利用者にお願いをしなければいけないことがあまりに多くて、『いらすとや』がこれほど活躍しているのではないかと思っています」

 AIまで登場した『いらすとや』はこの先、どのような広がりを見せるのか。日本一有名なフリー素材サイトの行方に今後も注目したい。