自然栽培の考え方が何かの話に似ているって思ったら「子育て」だったと話す内田さん

 絵本講師の内田早苗さんが提唱し、親の共感を呼んでいる絵本を使った子育て法が「待ちよみ」だ。

絵本を使った子育て法待ちよみとは

「『待つ』と『読む』を合わせた言葉で、子ども主体の読み聞かせを意味します」(内田さん、以下同)

 絵本は子どもに話しかけながら、情感豊かに読むのがいいと思われがち。しかし、親になっていきなりそれができるわけもなく、「自分は読み聞かせが下手」と苦手意識を持つ人も少なくない。

パパやママの声で読んだら子どもが心地よくなるように考え抜いて作られているのが絵本。ですから『待ちよみ』では、本文をそのまま声に出して読むだけでいい、とお伝えしています。テクニックや余計な説明は不要だから、誰でもできることをまず知ってほしいと思います

 もうひとつ大事なのが子どもからの見返りを求めないこと。

「読み聞かせは親が子どもに与える行為。子どもが途中でウロウロしたりすると、『ちゃんと聞いて』と言いたくなるかもしれませんが、これは見返りを求めているのと同じことです」

 でも子どもが興味なさそうなのに、読む意味はある?

「親が気長に読み聞かせを続ければ、子どもは必ず絵本の世界に入り込んできます。この仕事を始めて11年になりますが、そのまま絵本を聞かない子に育った例を私はひとつも知りません」

 子どもの持つ力を信じて待てば、やがて指さしや質問など子どもから何らかの反応が返ってくる。そのときは読み聞かせを中断。子どもとやりとりするといいそう。

「子どもからのリアクションを待つうちに、親は子どものちょっとした表情や息遣いの変化に気づきやすくなります。子どもをよく見るとはこういうことか、と『待ちよみ』を通して実感できるのと、親としての自信も深まります」

子育て全般に通じる考え方

 この『待ちよみ』の考え方は子育て全般に通じる。

「親は害を与えるものから子どもを守らなければなりません。しかし、あとは手を出さず、子どもがしたいことを子どものペースでやるのを見守り、『これして』と子どもが望めば応じればいいだけ。このシンプルな考え方で、子育てはグッと楽になり、子どもの個性や生きる力も育まれます」

 内田さん自身、「待ちよみ」という言葉を作る前から、そんな子育てを実践していた。

「私には息子が1人いますが、子育て広場を嫌がったり、電車を3時間近く見続けたり、いわゆる『育てやすい子』ではありませんでした。でも当時から、子どもには自ら育つ力があるから、私は息子が望むことにできる範囲で付き合えばいい、と思っていた。そのおかげで、まわりと比べて不安になることもなく、幸せな気持ちで子育てができました」

「待ちよみ」考案につながる出会いがあったのもこのころ。

「最初にできたママ友が、後に童話作家になるほど絵本が好きな人でした。彼女と本屋や絵本カフェなどに行ったおかげで、たくさんの絵本の魅力に触れることができました」

 一方、「待つ」ことの重要性に気づいたのは、別のママ友のひと言がきっかけだった。

「他院で手が負えなくなった異常分娩を扱う病院に勤めていたママ友がいます。彼女からすると、赤ちゃんは生まれて生きているだけで奇跡。これに私は心から共感していました。そんな彼女があるとき、私に『子どもをゆっくり待てているね』と声をかけてくれたんです。これが私にはとても響き、『待つ』ことの良さを意識するようになりました」

最初は自宅で絵本の会を開催

 絵本の素晴らしさを伝えることを仕事にするために、絵本講師の資格を取得したのは2011年。

当たり前ですが、講師になりたての私に講演させてくれる場所はありません。そこで、まずは自宅リビングで『絵本を楽しむ会』を開こうと、手書きのチラシを作成。子どもがいそうな近所の家にポスティングすることから始めました

 ところが、申し込みはたった1組の親子だけ。

「1対1ではあちらが緊張してしまいますから、ママ友と義妹にお願いして、3組の親子が参加している体裁を整えました。でも、それ以降は参加者がママ友を誘って来てくれて、半年後には20組くらいの親子が集まるように。わが家は黄色い外壁でしたから、場所の名前は『きいろいおうち』にしました」

 集まるママの中に幼稚園の役員をしている人がいて、園での講演を頼まれ、やがて書店やショッピングセンター、さらには自治体からも講演依頼が入るようになった。

「1日に講演を数本かけもちするような忙しい状況となったのが2015年ごろ。でも謝礼は数千円、多くて2万円程度。会社勤務と絵本の仕事のダブルワークでしたから、経済的に困ることはありませんでしたが、とにかく忙しくてずっとこんな生活が続くのか、と焦りを感じ始めました」

 同時期に離婚。シングルマザーとなり会社は辞められない状況となった。しかし、1人のママとの出会いによって、内田さんは考えを変える。

「幼稚園での講演後、目に涙を浮かべたママから『私、今日から子どもをたたくのをやめます』と言われました。1組の親子を救えたことを実感して、私はすべてをこの仕事に捧げよう、と決意したんです」

 そのためには絵本の仕事だけで生活していける状況を整えなければならない。

「同時にもっと講演の回数を増やさねば、という思いも湧き上がりました。なぜなら、私はこのママのように子育てがつらい人にこそ『待ちよみ』を届けたかったんです」

 子どもをかわいいと思えず、言葉かけが難しいときでも、絵本をただ読むことはできる。

絵本の読み聞かせは子どもにとってわかりやすい愛情表現。ママの思いがどうであれ、子ども自身が愛されていると実感して、周囲から見ても子どもを愛しているママに見えたなら、それはもう子どもをかわいがっているということになります。それに1つ確実にできることがあると、ママの心は安定する。それは子育てのつらさをやわらげることにつながるはずです

全財産かけて起業し代表取締役になる

 もっと多くの人にこれを知ってほしいという思いから、内田さんは参加者が多く、きちんと謝礼も出る企業などでの講演を目標に据えた。

「そのためには肩書があるほうがいいと考え、2019年、手持ちのお金をすべて使って起業。私は代表取締役に就任しました。会社名は慣れ親しんだ『きいろいおうち』としたんです」

農業と絵本がコラボする場である『きいろいおうちfarm』

 内田さんの熱い思いを後押しする新たな出会いもあった。「経営者の勉強会での講演後、『待ちよみ子育ては、僕が食用バラや野菜を生産する方法とまったく同じです』と話しかけてくれたのが、農業生産者の横田敬一氏でした」

 興味を持った内田さんは、すぐに横田さんの畑を見学。「肥料も農薬も使わず、植物本来の力を信じ、時間をかけて見守る生産方法は、確かに『待ちよみ』と同じ。私は横田氏に共同経営者になってほしいと頼み、農業と絵本がコラボする場である『きいろいおうちfarm』を設立したんです

 その中にあるのが、内田さんの絵本が並ぶ書店。虫捕りをした子が図鑑を手に虫自慢を始めるなど、子どもがしたいことを自分で見つけ、自然に本を手にとる光景がそこでは広がる。

「親が導かずともイキイキと過ごす子どもの姿を目の当たりにすれば、『待ちよみ』の考え方がすっと腑に落ちるはず。ここを拠点として、誰だって幸せな子育てができることをもっと広めていきたいと思います」

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<取材・文/中西美紀>