「だから、あなたはダメなのよ」と娘を罵り続けた毒母介護の10年(※写真はイメージです)

「母は支配欲が強く、いつでも女王様。娘の言うことはいっさい認めず、全否定されて育ちました」と話す、エッセイストの鳥居りんこさん。10年に及ぶ壮絶な介護の末、2017年に母親を看取った。

高齢になり強まる支配「早く死んで」と心の声

「私は仕事をしながら子育てをし、夫に尽くし、親孝行をする儒教世代の生き残り。上にも下にも仁義を尽くすのが当たり前、親孝行したいと思いながら、『早く死んでほしい』と心底思っていたんです」(鳥居さん、以下同)

 鳥居さんの母親は20年前に片目を失明。その後、徐々に歩行が困難になり寝たきりになる難病「進行性核上性麻痺」であることが判明する。

「母はいつでも悲劇のヒロイン。『こんなに“かわいそうな私”になぜ優しくしてくれないの?』と常に上から目線だったんですよ」

 鳥居さんは、姉、兄がいる3人きょうだいの末っ子、幼いころから母親の愚痴の聞き役だったという。

「父は単身赴任が多く、姉と兄は早くに家を出たので、私と母の2人暮らしの時間が長かった。母が決めた謎の“家庭ルール”に縛られ、地雷を踏まないようにするのが精いっぱい。母はどこに地雷があるのかわからない人で、突然ヒートアップして怒り出す、激情型の性格でした」

 高齢になると、より感情がむき出しになり、手がつけられないことも多かった。

「介護になってからは“スーパーウルトラ”毒母です(笑)」

 しばらくすると、主に面倒を見ていた姉が身体を壊し、鳥居さんが介護を担うことに。

介護して気づいた毒母育ちの自分

 ヘルパーやデイサービスを利用すると、スタッフに対してはいい顔をするが、娘たちには文句の嵐。

「あの人はダメ!と延々文句を言い続け、私はまるで愚痴を捨てるゴミ箱」

 母親が認知症を発病すると、さらにエスカレート。

「罵倒されながら食事を作り、失禁したパンツを洗い、自宅へ帰ると山のような家事が待っている。体力とメンタルがもう限界で」

 兄はノータッチの姿勢を貫き、鳥居さん姉妹は、母親の老人介護施設への入所を決めるのだが……。

「介護施設に入っても、何時にくるの? 今どこ? と電話の嵐。会いに行けば、つまらない人生だったと愚痴を言い、『だからあなたはダメなのよ』と文句の連続。介護してわかったんです。母は子どもを愛することよりも、自分が大好き。娘は自分が快適でいるために、感情をぶつける対象だったのだと」

 介護をして、自分が毒母育ちだと再認識した鳥居さん。

「子どものころは『自分が至らないから怒られる』と思っていたんですが、私の善しあしは関係なかったんです。介護は親子関係の答え合わせをする時間だと思います。さらに自分が子どもに対し、母と同じことをしていることに気づいてゾッとしました」

 毒母育ちは、母親に認めてもらいたい、という気持ちが強い。鳥居さんも感謝の言葉が欲しくて、意地で介護を続けたという。

「母が好きそうなお菓子を持っていっても、いつもぶすっとした顔。ありがとう、うれしいといった言葉は絶対言わない。ただ、干し芋を持っていったとき、ひと口食べてニヤっと笑ったのを見て、『やった!』と思いましたね」

「恩」と「怨」に揺れ動き延命治療に迷う

介護中、鳥居さんの毒母への思いは2つの「おん」で揺れていた(イラスト/ますみかん)

「これは私の考えですが、毒親の介護では2つの“おん”の間で気持ちが揺れるんです。親へ感謝の“恩”と、恨みの怨念の“怨”。恩と怨がシーソーのように揺れ動き、どちらかが大きいと反動も大きくなり、怨が爆発することも……」

 毒母に悩まされた鳥居さんだが、医師に余命10日と宣告されたときは、延命治療をするか迷った。

「まるで私が死刑宣告してしまうようで怖かった。死ねと思っていたのに、いざボタンを押すとなると押せない。母は最後の最後まで私の意思を支配していたんです」

 体力も気力も使い果たし、疲れているのに、悩んで眠れないという日々が続いた。

「最後は答え合わせの答えが出せないまま、不完全燃焼で終わりました。後悔はあるけれど、やりきったという充実感だけはありました」

 鳥居さんによれば、毒母に育てられた娘の特徴は「例えば自分の子どもの学校のPTAの役員決めで立候補者がいないとき、いたたまれずに手をあげてしまう人。自分の時間が削られるのがわかっているのに、人のために生きる道を選んでしまうドM」だそう。

 今だから笑いに変えられるが、渦中は冷静に分析などできなかった。

 心理カウンセラーの守帰朋子さんは近年、毒親介護の相談が増えていると話す。

「つらさを誰にも理解されず、心が折れそうになった方からが多いですね。近々始まる介護を恐れた娘世代からの連絡も増えています」

 自身も毒親の介護経験があり、それが役に立っている。

「毒親の言動は、病気が原因というより性格。鳥居さんのお母様のような女王様タイプの要求はエンドレスです。些細なことでパトカーを呼ぶ、『自殺する』と脅すなどの異様な行動も珍しくありません。もしかしたらパーソナリティー障害、愛着障害、発達障害などの可能性も。精神科医に相談なさってみてください」(守帰さん、以下同)

「介護しなくてもいい」親との境界線をひく

「男尊女卑の時代を生きてきた親世代は、娘が介護をするのは当たり前、一方、幼いころから否定的メッセージを多く受け取っている娘は、期待に応えようとします。鳥居さんもそうですが、特に毒母に育てられた娘は、しっかり者で優しく、自己犠牲が得意。憎しみを感じているなら、介護疲れやストレスが限界を超えたサイン。無理は禁物です」

 まずは、自分が毒親の被害に遭っていることに気づくことが大切だとか。

「モラハラ、パワハラ上司の被害に遭っているのと同じ。自分に問題があるのではなく、相手の問題です。自分を責めないでください」

 そして、親と自分との境界線をひくことが第一歩。

「愚痴を聞くのは1時間だけ、面会は月に2回だけ、など具体的な数字で区切りましょう。境界線をひくと、毒母に育てられた娘は罪悪感を持ちやすいですが、自分は悪くないのです」

 そして責任、感情、お金にも境界線が必要。

「どこまで自分が責任を持つのか、負担するのか、決めておきましょう。毒母育ちは自分で決められない傾向がありますが、自分で決めて、“NO”を言うべきところは、キッパリ言って大丈夫」

 毒親育ちの考え方を変えるには時間もかかるという。自信がなければ心理カウンセラーなど専門家の手を借りるのもひとつの方法だ。

「毒親に滅私奉公すれば自分の家族にも影響します。毒親の介護中に夫が病気になった、子どもが不登校になったという話はよく聞きますが、今は介護をしないという選択肢もある。自分の健康と家族に目を向け、バランスのよい介護を目指してほしいです」

毒親介護の極意!

教えてくれたのは体験者・鳥居りんこさん

鳥居りんこさん

 エッセイスト。介護・教育アドバイザー。自分の経験をもとに幅広い分野で発信。10年に及ぶ毒母介護の経験から介護関係の著書多数。

心理カウンセラー・守帰朋子さん

守帰朋子さん

 母娘問題研究家。自身の毒親介護経験を相談に活かす。著書に『毒親対応「罪悪感」を減らす5つの習慣』がある。

<取材・文/ますみかん>