受験生応援チョコ『キットカット』

「絶対合格!」「一緒に頑張ろう♪」

 大学や高校など受験シーズンを間近に控えたこの時季。全国の学校や予備校の教室では、こんな手書きメッセージを添えた『キットカット』を交換し合う光景が、もはや風物詩になっているのをご存じだろうか。

縁起担ぎの応援チョコ『キットカット』

 チョコレート菓子の『キットカット』が、受験生のお守りアイテムとして認知され始めたのは約20年前。メッセージを直接書き込めるようデザインされたパッケージも登場し、最近では受験のみならず、仲間や家族のあいだでエールを送り合うコミュニケーションツールとしても親しまれている。

 子どもからお年寄りまで誰もが知っている『キットカット』は、イギリス生まれのお菓子。第2次世界大戦前の1935年に、「工場で働く人たちがお弁当と一緒に持っていけるチョコ菓子を」との発想から誕生した。それから約90年、今では世界中で愛されるお菓子へと成長を遂げている。

 日本では1973年に発売が開始され、今年で50周年を迎える。アニバーサリーイヤーにちなみ、『キットカット』の知られざる秘密や、受験生のお守りとして広まった理由など、メーカーの“意外な思い”を聞いた。

幅広い限定フレーバーで外国人にも人気

「『キットカット』は現在約80か国以上で販売されていますが、実は各国で微妙に味わいが異なるんです」と話すのは、『キットカット』を製造販売する『ネスレ日本』コンフェクショナリー事業本部インツーホームマーケティング部長の村岡慎太郎さん。

 海外旅行先で『キットカット』を食べて「日本の味と全然違う!」と驚いた経験がある人もいるのでは。

「さくさくのウエハースをチョコレートで包む、ベースのレシピは各国共通です。ただし、チョコレートの甘さの度合いなど細かい部分は各国の嗜好に合わせて変えています」(村岡さん、以下同)

 1973年に日本で最初に『キットカット』を販売したのは『不二家』で、その後ネスレがブランドを引き継ぐことに。

 1989年から茨城県のネスレ霞ヶ浦工場で、今の味にもつながる『キットカット』の製造が始まった。

1973年に日本で発売された当時の『キットカット』

「日本人は、特に食感を大切にする傾向があります。そのためウエハースはサクサク感をより強調し、またチョコレートはミルクの風味を損なわないように甘さを抑えるなど、日本人の好みに合うよう工夫しています」

 コロナ禍以前、訪日外国人観光客のあいだで日本の『キットカット』が大人気だと話題になった。「メイドインジャパンがいちばんおいしい!」と、スーツケースいっぱいにおみやげの『キットカット』を詰め込む観光客もいた。

「世界中で販売されている『キットカット』ですが、日本は世界でもトップクラスの売り上げを誇っているんです」

 外国人には『キットカットミニ オトナの甘さ 濃い抹茶』や、静岡・関東限定のお土産商品『キットカット ミニ 田丸屋本店わさび味』などが好評。特に抹茶味はあまりの人気ぶりに、2019年からヨーロッパでも製造販売を開始した。

 外国人が驚くのは、日本の『キットカット』のおいしさだけでなく、フレーバーの種類の豊富さだ。

「日本では2000年に初めてストロベリー味が登場して以来、これまで400種類以上の限定フレーバーが発売されました」

初の限定フレーバーとなった『ストロベリー』

 メロン、巨峰、マンゴー、レモンなどのフルーツから、日本らしさあふれる小豆、和きなこ、大学いも、ほうじ茶など、バラエティー豊かなラインナップが並ぶ。ゆずこしょう、みそ、スポーツドリンク味、のど飴味などのユニークな商品も話題を呼んだ。

「期間限定商品は、基本的に1~3か月未満を販売期間としています。現在は、ひなまつりの時季はピーチ、ハロウィンではパンプキンなど、季節感を重視した商品開発を心がけています」

 最近では、昨年12月に発売された限定商品『大福味』がSNSで人気を集めた。

「大きな福がキット、来る!」をテーマに、個包装にも「きみののびしろ、もちの如し」「あせらず、一歩ずつ!」など、受験生への応援メッセージをプリント。やさしいあんこ風味で、受験を控えた学生たちを勇気づけた。

SNSで話題となった『大福味』

社内で受け継がれる受験生応援の鉄則

 今では受験生のラッキーアイテムとして知られる『キットカット』だが、実は九州地方から広まったという。

「'90年代終わりごろから、受験シーズンに九州地方で『キットカット』がよく売れているとの営業報告があがるようになったんです」

 調査の結果、九州地方の方言で「きっと勝っとお(絶対に勝つよ)」という言葉が商品名とかかっていることから、縁起担ぎで購入する人が増えていったのだ。

「私自身も福岡県の出身で、今から20年ほど前に、受験を控えた弟が机に『キットカット』をひとつ置いていたのを覚えています。食べようとしたら『ダメだよ、お守りなんだから!』と怒られたんです(笑)」

 九州での興味深い現象を受け、2003年から全国的に「受験キャンペーン」を展開。それ以来、12月から2月にかけては1年の中で最も売り上げが伸びる時季となった。

 しかし、皆さんはお気づきだろうか。『キットカット』は「きっと勝つ」とのキャッチコピーを、これまで宣伝等で一度たりとも使用したことがないのだ。

「“きっと勝つ”という言葉は九州のお客様が作り上げてくださった言葉で、私たちが考えたものではありません。それを広告で勝手に使うことは許されないと思っています。お客様をリスペクトする意味でも、最低限のルールは守りたいんです」

 このルールはキャンペーン開始当初から、歴代の『キットカット』ブランドマネージャーのあいだで「絶対に守るべき鉄則」として引き継がれている。

「きっと勝つ」の代わりとして「キット、サクラサクよ。」という、受験生にそっと寄り添う縁起の良いメッセージとともに、2003年から受験生を応援するパートナーとしての活動を開始している。

 現在は全国約5000か所の郵便局で『キットメール』を販売。遠方に住む友人へ、または祖父母から孫へと、受験生への励ましのメッセージとともに『キットカット』を送ることができる商品だ。受験シーズンが終わると、ネスレのお客様相談室には「元気づけられました!」とお礼の便りが寄せられることもあるそうだ。

受験生へ応援メッセージを送ることができる『キットメール』

 世界中で販売されている『キットカット』だが、お守りとしての付加価値を持つ国は日本だけ。受験生をやさしく見守る日本の『キットカット』は、51年目の新たな歴史を刻み始める。

(取材・文/植木淳子)