映画『潤一』公開記念舞台挨拶での夏帆('19年6月)

 昨年の秋ドラマ『silent』(フジテレビ系)で、女優の夏帆(31)による桃野奈々役の演技が出色だったことから、一部で「夏帆の評価が急上昇」などと報じられた。これに違和感をおぼえた人は多いはず。本人も苦笑したかも知れない。夏帆の評価はもとから高い。

識者も認める夏帆「図抜けた女優

 3年前の時点で、北海道大学文学部教授で映画評論家の阿部嘉昭氏は筆者にこう話していた。

「夏帆さんは演じる役柄が幅広く、多彩なうえ、それぞれの演技が地ではないかと思えるくらいナチュラル。陰りのある女性を演じるのがうまいが、明るい女性も出来てしまう。アクションもやれる。突出した存在でないように見えて、実は図抜けた女優」

 夏帆という女優を的確に言い表しているのではないか。『silent』の奈々はろう者で声を出さなかった。名優の条件は古くから「1に声、2に顔、3に姿」と言われるが、声を使わずに観る側を惹き付けたのだから、その演技力は並大抵ではない。

 夏帆は2007年、15歳のときに初主演映画『天然コケッコー』で報知映画賞やヨコハマ映画祭などの最優秀新人賞を総ナメにした。天才肌なのである。役柄は山陰の田舎町で暮らす溌剌(はつらつ)とした少女だった。

 監督は山下敦弘氏(46)で、脚本は『エルピス-希望、あるいは災い-』(フジテレビ系)の渡辺あや氏(52)だった。主演決定に当たってはオーディションが行われ、山下氏と渡辺氏が相談したうえで夏帆を選んだ。この時点で映画界、ドラマ界には「うまい子が出てきた」との評判が広まっていた。

 その後は清純な役柄が続いたがものの、2013年には染谷将太(30)がスケベな高校生に扮した連続ドラマ『みんな!エスパーだよ!』(テレビ東京)に出演。茶髪でガラの悪い不良高校生に扮し、観る側を驚かせた。

 2年後の2015年には是枝裕和監督(60)による映画『海街diary』で4姉妹の3女を演じた。長女は綾瀬はるか(37)、次女は長澤まさみ(35)、末娘は広瀬すず(24)だった。

 4人とも主演で、全員が好演したが、映画各賞は夏帆以外の3人に集まった。夏帆の存在が地味だと思われたためか。『silent』の演技で、いまさら「評価が急上昇」と言われた構図と似ている。

「『海街diary』に贈られた各個人賞のバランスは偏り過ぎていたと映画関係者の誰もが思っていたはず。むしろ4姉妹の中で一番良い演技を見せていたのは夏帆さんだったくらいですから。夏帆さんも内心、悔しかったのではないでしょうか」(映画ライター)

 それで発憤したわけではないだろうが、翌2016年公開の映画『ピンクとグレー』(行定勲監督)では幼なじみという設定のHey! Say! JUMP・中島裕翔(29) 、菅田将暉(29)とのラブシーンに臨んだ。特に中島とのシーンは艶っぽくかなり濃厚で、「夏帆が新境地」と話題になった。

 翌2017年には日本映画界のエースの1人である黒沢清監督(67)が撮った『予兆 散歩する侵略者 劇場版』に主演。人間の体を乗っ取った宇宙人(侵略者)と対峙する主婦という難役だったが、黒沢監督が「神がかっていた」と絶賛する演技を見せた。非現実的な設定なのに、やはりリアルに見えたからだ。なんでも演じてしまう人なのである。

女優の仕事を始めたきっかけと現在の心境

 もっとも、芸能界入りした当初は女優の仕事を嫌がった。東京生まれで、小学5年生の時に遊びに行った原宿でスカウトされたとき、「お芝居はできません」と念押しした。スカウトした側も「それでもいい」と了承した。実際、その後はティーン向けファッション誌でモデルを務め、人気を集める。

 その仕事ぶりがCM関係者の間で話題になったことから、2004年に「三井のリハウス」のCMに登場する。11代目のリハウスガールになった。

 一方、モデルとしての人気はドラマ関係者の耳にも入り、同時期に日本テレビ系の連続ドラマ『彼女が死んじゃった。』に子役として出演する。望んでなかった女優の仕事のスタートが切られた。夏帆はこう述懐している。

《気がついたらお芝居の仕事をたくさんやらせていただくようになっていて。振り返れば恵まれた状況だったのですが、演じるということがどうしたらいいのか分からず、本当に手探り状態でした》(『Cut』2021年6月号)

 女優をやるうち、徐々に面白くなってきた。スタッフ、共演者との共同の物づくりだと分かったからだという。

 一方で「お芝居って全然わからない」と今もインタビューで言い続けている。新しい作品に臨むたび、役づくりについて考え込むそうだ。しかし、それが良かったのだろう。天才肌なのに悩んだから、さらに演技力が高まった。

 現在は安藤サクラ(36)がタイムリープした主人公に扮する連ドラ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)に出演中。安藤の同級生を演じている。どこにでもいそうな33歳の女性役をやっぱり自然に演じている。

『silent』からの連投。それどころか昨年は、ほかに2本の連ドラに出た。冬ドラマ『ムチャブリ!わたしが社長になるなんて』(日本テレビ系) と夏ドラマ『拾われた男 Lost Man Found』(NHK)である。 また、のん(29)が主演した同9月公開の映画『さかなのこ』にも出演。ほかにも単発ドラマ、配信ドラマに出演している。これだけ出ていると、観る側から飽きられても不思議ではない。

 そうならないのは夏帆がうまいからだろう。小日向文世(68)、西島秀俊(51)、菅田将暉ら実力派と呼ばれる人はみんなそうだ。連投しても観る側が食傷気味にならないのは、不自然な演技をせず、物語に溶け込んでいるからだ。

 ここに来て、さすがに夏帆の高評価は固まっただろう。今後は故・乙羽信子さんや原田美枝子(64) 、寺島しのぶ(50)らのように主演も助演もやる女優の道を進み続けるのではないか。

 一方、プライベートでは1年前からロックバンド・黒猫チェルシーの渡辺大和(32)と交際中とされている。渡辺は俳優でもあり、夏帆とは2019年の映画『ブルーアワーにぶっ飛ばす』(箱田優子監督)で共演し、知り合った。

 公私とも充実している。目が離せない存在だ。

取材・文/高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)放送コラムニスト、ジャーナリスト。1964年、茨城県生まれ。スポーツニッポン新聞社文化部記者(放送担当)、「サンデー毎日」(毎日新聞出版社)編集次長などを経て2019年に独立。
都内のすし店で食事をする新井浩文と夏帆

 

都内の老舗バーの20周年記念パーティーに参加した夏帆。会場では撮影係を担当

 

 12月7クロサギ日までの見逃し配信の再生数は4600万を突破。フジテレビのドラマの歴代最高記録を更新するなど、秋ドラマで話題を独占中なのが『silent』

 

一人娘を抱いて帰宅する安藤サクラ

 

(左から)玉木宏と“ひょっとこお面”をかぶる木南晴夏、夏祭りで目撃!