企業などで、電話対応業務を行うコールセンターという仕事。売り込みの電話をかけたり、問い合わせやクレームに対応するこの職種に“新型コロナ”による好景気の波が起こり、現在も続いている。
矢野経済研究所の調査によると、2021年度の国内コールセンターサービス市場規模(事業者売上高ベース)は、前年度比8.0%増の1兆1259億円。業界の変化について、コールセンター歴18年のベテラン東千穂さん(仮名・48歳)は次のように述べる。
「新型コロナウイルス感染拡大に伴って、官公庁や自治体から短期の大型案件が発生したため、センターにオペレーター(以下、OP)を送り込む新規の派遣会社が増加しました。ところがセンターの管理能力が低レベルで、やっていられないというOPの声も上がっています」
コールセンターが抱える闇
人員確保が求められ、時給も軒並みアップ。コロナ禍前の受信OPの時給は都内平均で1200~1350円だったが、コロナ案件となると時給1600~1900円と高時給がずらり。自治体のコロナ対策のセクションから委託された各旅行会社がセンターに依頼。センターは派遣会社から送り込まれたOPを管理、指導して業務を遂行するという構図だ。
感染拡大に伴いセンター勤務のOPが大量採用され、高時給に魅せられた未経験者の学生や主婦、他業種からの転職者も増加した。そのため、OPのレベルにも差が生じている。さらにセンターの管理が行き届かないケースも多くなり、現場では混乱が起こっているというのだ。
広告デザイナー業との両立で月15日ほど勤務するOP歴5年のエリカさん(仮名・42歳)もその被害者の1人だ。
「第7波の直前、私が派遣されたセンターには300人が大量採用されました。対応する内容は抗原キットなどの問い合わせから病院紹介、健康相談など幅広く、OPの中には配食や宿泊施設の予約など難しい案件に対応ができずに別のOPに転送を命じられる人もいます。
コロナ案件は感染者が減少すると必要なOPも減るため、真っ先に“更新なし”つまり、雇い止めになるのは経験不足のOPだと思っていました。ところが経験者の私に更新なしのメールが! まさかの出来事に唖然としました」
更新なしの理由もあいまいだったとエリカさん。さらに管理体制に対して不信感が募った。
「毎日OPの席が張り出されるのですが、別室席というものがあり、そこに何度も私は回され、待機させられました。別室席では業務の自習が命じられて屈辱的でした。でも私ともうひとりの男性は、業務が回らないということで毎回、業務時間の途中に別室からセンターへ呼び出され、空いている席で業務に就く。
まるで罰ゲームのようでした。しかも隣で無駄話をしている若い男性OPたちから、案件が私たちに回されて……。私とその男性はひっきりなしにかかる問い合わせに追われました」
個人のスキルより長時間シフト重視
隣の若い男性OPたちは宿泊施設の予約など難易度が高い案件をほかのOPに転送するように命じられていた。スキルで考えれば、彼らをサポートしていたエリカさんと男性が重用されるはずなのだが、次回の更新はされなかったという。
「OPの間で更新の基準についてさまざまな臆測が飛び交いましたが、いちばん信憑性が高かったのは、長時間勤務が可能なOPを残しているという噂でした」(エリカさん)
自治体のコロナ案件では席数確保が最重要課題。そのため、長時間勤務のOPを雇ったほうがセンター側のメリットになるのだという。
「8時から21時勤務のシフトには早番、遅番、そしてオールの“通し”があり、週5の通しや、早番と遅番と通しを組み合わせたOPが残っています」
さらにこのセンターでは100人在籍のOPにスーパーバイザー(OPの管理や指導を行う。以下、SV)が数人だけで、別室待機の15~20人のOPに対してSVが4人もいたという。
またサッカーワールドカップの動画を就業中に見て騒いだOPはSVにとがめられずに、そのまま在籍している。「個人のスキルではなく、人員の確保が最優先なのか」とエリカさんの表情は暗い。OPほかSVやリーダーも歴任した前述の東さんはセンターの管理体制への危機感を訴える。
「基本的にOPは、1列に並べられた席で業務に就き、その列ごとにSVが1人常駐します。仕事ができないOPを研修でスキルアップさせず放置しているのは、センターがその場しのぎの業務と割り切っているのでしょう」
一方、センターの緩い管理体制がモンスターOPを放置しているケースもある。
「ある自治体のコールセンターで、受電が少ない時に隣の50代女性OPが不快なことを話しかけてきて。YouTubeで見聞きした暴露話やフェイクニュースで、特に気持ち悪かったのは性が絡む根拠のないスキャンダル。アメリカの元大統領の妻が男だとか、今の副大統領は男だとかもう気分が悪くて」
と語るのは、主婦でOP歴3年の明日香さん(仮名・38歳)。明日香さんは翌日、ストレス性の血管性浮腫と診断された。医師からは、病気の原因と考えられるOPとの接触を避けるように指導された。
「SVに報告して、部屋も違う別の部署に移ってほっとしました。その後、問題のOPは自分が気に入らないという理由で、男性SVをでっち上げの女性スキャンダルに陥れて、解雇に追い込んだと聞いて唖然としました」
モンスターOPは自分が責められないように先手を打って、センター長やリーダーに取り入っていたという。闇が深すぎるOPにはとがめが一切ないというのも、恐ろしい。
センターだけでなく、派遣会社のむごい対応によって、OPがさらに苦境にさらされることもある。
クラスターが発生も休業中の補償はない
「去年5月にワクチン接種の受け付けや問い合わせのコールセンターでクラスターが発生して、私も感染しました」
と当時を振り返るのは、飲食店関係者の理恵さん(仮名・37歳)。接客経験が生かされるOPの仕事を選んだ。
「ところがセンターでクラスター感染しても、そこに派遣された私には、登録した派遣会社から休業中の補償はありません。療養期間を過ごした後、別の案件に応募していた時に派遣会社から突然退職通知が届き、登録抹消されました。問い合わせたら、一定期間、派遣会社からの案件に就業していないと自動的に抹消されるのだそうです。驚きました」
前述の東さんも首をかしげる。「聞いたことがありません。スタッフを使い捨てと考える、派遣会社の上から目線の体質なのでしょう」
こうした“コロナバブル”に乗じた新規のセンターは管理体制に不備が多いが、老舗のコールセンターが万全かといえば必ずしもそうではない。老舗コールセンターで疲労困憊となったOP歴5年の里美さん(仮名・47歳)は、その実態を次のように語る。
「事業復活支援金申請のコールセンターで働いていたのですが、申請の不備に関する問い合わせが多く、相談者の中には怒鳴ったり、不満や文句など罵詈雑言を浴びせる人もいて、心が折れたOPが次々と辞めました。そんな状況を見た、あるSVは“相談者をバカと思え”と笑うんです。本当にありえない」
センターに対する不信感と仕事の重責で退職を願い出る電話をした里美さん。しかし退職の際は事務所に出向いて退職届を記入するように命じられ、そこで書かないと退職とみなされないと言われたという。
老舗が必ずしも働きやすいとはいえない。東さんは「老舗でも部署によりけりです。里美さんの場合は最悪のセンターでしたね」と同情しつつ、老舗や大手企業の問題点を指摘する。
「教育も管理体制もしっかりしている大手は、時給が安い。親会社が節約のために人件費を削っているからです」
OPを高時給で集めて使い捨てにするコロナ案件のセンター。コロナが感染症法上の2類から5類になれば、官公庁や自治体などのセンターはなくなるだろう。“コロナバブル”に踊らされ、スキルを鍛えられなかったOPたちに将来はあるのか。コロナ終息後の業界は不透明だ。
(取材・文/夏目かをる)