左から横山裕、濱田岳、竜星涼、岡田将生

“お兄ちゃん、そんなこと言わないで!”“冷たい! あんな言い方しなくても”“なんだか金の亡者みたい”─。

 現在放送中のNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』で、横山裕演じる、ヒロインの兄・悠人の言動が世間をザワつかせている。

竜星涼のファンはショック

 パイロットを目指すヒロイン・舞(福原遥)の奮闘と成長を描くストーリー。父の経営するネジ工場が経営不振に陥り、舞は母とともに会社を立て直そうと決意する。しかし兄の悠人は「工場を売ったほうがいい」「利益が出ない会社は潰れるしかない」とシビアに舞に言い放つ。

 従業員の首を切れない父、愛にあふれた母、舞の良き理解者である祖母をはじめ、ヒロインをとりまく登場人物は穏やかな善人ぞろい。悠人だけなぜかクセ強めで、ゆえにそのキャラクターが際立つが……。

「ヒロインの兄がクセ強めというのは近年の朝ドラの傾向」と言うのは、ドラマ評論家の田幸和歌子さん。「クセ強兄が家族の中の異分子として登場し、何かやらかしては家の中にトラブルを持ち込むケースが多い」というように、振り返れば最近の朝ドラのヒロインの兄はクセ強め。クズ兄やダメ兄がとっぴな言動で周囲をかき乱しては、世間をザワつかせてきた。

 クセ強兄でまず思い浮かぶのが、'22年度前期放送『ちむどんどん』の“ニーニー”こと賢秀。お調子者でプライドが高く、プロボクサーを目指すも挫折。定職に就かず、詐欺に引っかかり借金をつくるというダメっぷり。

「ニーニーはわかりやすいクズ兄で、まっとうなところが全然なかった。さらに母親が彼を甘やかしてまたお金を貸してしまったりと、母子の関係性もセットでイライラさせられるところが多かったです」(田幸さん、以下同)

 ドラ息子を見事に演じた竜星涼にも、飛び火した。

「ニーニーは嫌われすぎて、竜星さんのファンはすごくショックを受けていましたよね。小顔でスラッとしていて芝居も上手なのに、ニーニーのよくないイメージがついてしまった。竜星さんは『ひよっこ』で好演したこともあり、NHKが大事にしてきた役者だったのに、なぜこんな役柄をやらせるのかと」

 ニーニーと並び、クズっぷりで記憶に残るのが'21年度後期放送の『カムカムエヴリバディ』で濱田岳が演じた算太。家業の和菓子店を妹に任せ、自身はダンサーを目指すと宣言。借金を重ねては失踪を繰り返した。

「算太はクズ兄という意味で『ちむどんどん』のニーニーと一緒に語られることが多いキャラクター。でも両者には大きな違いがあって、この役は濱田さんの大きなステップアップに。算太はハタ迷惑な存在ではあるけれど、ある意味、物語の最重要人物でもありました。“三世代ヒロインの100年にわたる物語”という設定の中で、家族をつなぐ役割を担った。少年時代からお爺さんになるまで違和感なく演じきり、芸達者ぶりを改めて認識させられました

「沖縄にはリアルにいる」

 '19年度前期放送の『なつぞら』で岡田将生が演じた兄・咲太郎もクセ強め。ヒロインのなつ(広瀬すず)と生き別れになるが、念願叶い再会を果たす。その喜びもつかの間、借金に盗品事件、果ては逮捕と周囲を騒がせた。

「咲太郎は根が悪人ではなく、借金にしても恩人である踊り子のお店を取り戻したいという善意があってのこと。だけど彼がひとたび行動を起こすと必ず騒動になる。典型的なトラブルメーカーで、常に周りを振り回していました」

 強引な展開に視聴率の低迷と、何かと話題が尽きなかったのが'12年後期放送の『純と愛』。ヒロイン・純を夏菜が、その兄・正を速水もこみちが演じたが─。

速水もこみち

「正は女癖の悪いプレーボーイで、あげくの果てに婚約者を放り出し、妊娠した恋人と駆け落ちをしてしまうクズ男。ただそれ以前に、疫病神のような純や武田鉄矢さん演じる父の善行をはじめこの作品の登場人物はムリな設定だらけ。正はクズではあるけれど、震災の日に純と愛に黙とうをしようと声をかけたりと、ほんのワンシーンだけで“いいところもあるんだ”という気にさせられました。ほかのキャラに比べれば、女癖が多少悪くても明るい正のほうがマシに見えました

 遡れば、'01年前期の『ちゅらさん』でゴリが演じた兄・恵尚も強烈だった。お調子者の風来坊で、ご当地ゆるキャラ“ゴーヤーマングッズ”を作るも大失敗。大量の在庫と借金を家族に託し、家のお金を持ち逃げする。

「恵尚もそうですが、一攫千金を狙って失敗、というのが朝ドラのクセ強兄の定番パターンのひとつ。また、『ちゅらさん』、『純と愛』、『ちむどんどん』の3作品はいずれも沖縄が舞台。『ちむどんどん』の放映当時、“今も沖縄のお兄ちゃんにはリアルにあること”と沖縄の方たちがSNSに書いていました。しょうもない兄だったけれど、物語自体に“なんくるないさー”の世界観がしっかり確立されていたので、舞台となった沖縄では印象があまり悪いほうに傾きませんでした」

 時にヒロイン以上に存在感を発揮するクセ強兄。もはや朝ドラにとって欠くことのできない存在であり、その背景に「ヒロイン像の変化がある」と田幸さんは解説する。

「昔と違って今のヒロインは“私が私が”の自己主張が強いタイプではなくなってきています。昔はヒロインのやらかしにみんなが巻き込まれ、兄は優しくて頭が良くて妹の理解者という位置づけだった。けれど今はヒロインではなく周りの人物にトラブルを起こさせることで物語を動かしている。ヒロインがおとなしくなったぶん、兄がトラブルメーカーとしての役割を背負わされています」

神木隆之介は“リアル朝ドラ主人公”

 『舞いあがれ!』の舞にしても、家族思いの優等生で、自ら騒動を起こすことなく周囲の言動に振り回される。典型的な今時のヒロイン像だ。

「ヒロインとの対比もクセ強兄の役割のひとつ。シビアな現実を伝えるのが兄の悠人で、その対比により世間知らずでふわふわした舞の甘さを浮き彫りにしている。実は悠人は家族の中でいちばん言っていることがまっとうで大人。悠人のことを“家族なのにそんなふうに言うなんてひどい”と言う人もいるけれど、家族だからこそ言えることでもあって。ただ悠人の場合は言い方が不器用なだけ。そこは作り手の意図したところで、それにより家族の確執を際立たせています」

NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』公式HP

 この春からは次期朝ドラ『らんまん』がスタート。“日本の植物学の父”といわれた牧野富太郎をモデルにした物語で、主人公・槙野万太郎を神木隆之介が演じる。

「神木さんが主演ということで、最高の人材をあててきたなという感があります。主人公の幼少期から成長する姿を親戚のおばさん感覚で応援する─これが朝ドラの王道な見方で、神木さんは彼が小さいころから視聴者が見てきたリアル朝ドラ主人公。誰もが共感できる人材です」

 『らんまん』は朝ドラとしては久々の男性主人公で、万太郎の姉・綾を佐久間由衣が、母・ヒサを広末涼子が演じる。クセ強兄らしき人物は今のところ見当たらないが。

「『らんまん』においては、クセ強キャラは兄ではないかもしれません。ただ優等生イメージの強い神木さんが騒動の元凶になるというのは想像しにくく、主人公以外の人物で誰かやらかしキャラが登場するのでは。お次はどんなクセ強キャラが登場するのか、期待したいと思います」


たこう・わかこ 週刊誌や月刊誌、Webメディアなどで俳優や脚本家のインタビューや、ドラマに関する記事を執筆。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)などがある

取材・文/小野寺悦子

 

 

イタリアンレストランで女性とデートしていた横山裕(2013年)

 

共演する山本舞香と穏やかな雰囲気でドラマ撮影に臨んでいた横山裕

 

『コタローは1人暮らし』撮影中の横山裕