1月27日、厚生労働省の専門部会は、中絶のための飲み薬について薬事承認することを了承した。承認されれば、国内初の経口中絶薬となる。製品名はメフィーゴパック、妊娠9週までが対象のイギリスの製薬会社の薬だ。
実は「飲む中絶薬」は海外では一般的であり、今回、ようやく日本でも了承された。これまで人工中絶するには、高額で、しかも身体的にも精神的にも負担が大きい手術しか方法がなかったが、選択肢が増えることは女性にとって朗報と言えるだろう。ところが……。
「いえ、実はそうとも言い切れないんです。たしかに、世界の多くの国で使われていて、安全性も高いといわれている飲み薬が承認されることは喜ばしいことですが、いまだに中絶の際に配偶者の同意が求められる日本の現状は、とても良好とはいえません」と言うのは、太融寺町谷口医院院長の谷口恭医師だ。どういうことなのか。
同意得られず中絶できない時期に…
厚生労働省は人工中絶に関して2013年に、結婚していない場合は父親の同意は不要という見解を示している。さらに2021年には、夫からDV被害を受けているなど、実質的に結婚生活が破綻している場合は本人の同意だけでよい、との見解も。一見すると、男性の同意は必ずしも必要でないように思えるが、いまだに同意を必要とする医療機関が多いという。
「母親の生命健康を保護することを目的とする母体保護法という法律に、配偶者の同意が必要という一文が残っているのです。そのために、中絶の際に配偶者の同意を求める医療機関が多いと考えられます」(谷口院長、以下同)
男性の同意を求めることで痛ましい事件が起こる場合がある。過去の患者のなかにも、こんなケースがあり――。
「あるとき警察から電話があり、当院のある女性患者さんが『えい児殺し事件』の加害者だと言われました。えい児殺しとは親が赤ん坊を産まれた直後に殺すこと。その女性は誰にも知られないように出産をし、子どもを殺めてしまった、とのことでした。とてもそんなことをするようには見えなかったので、もしかしたら、子どもの父親がいい加減な態度をとったため、中絶したくても『同意書がない』と医療機関に断わられ続けるうちに、中絶できない時期に入ってしまったのではないか、とも考えました」
男性の同意を求めるという手続きが、中絶したい女性にとって大きな壁になる場合があるのだ。コロナ禍の2020年にはこんな事件も起きている。
愛知県西尾市でポリ袋に入れられた男児の遺体が発見され、4日後、元看護学生の女性が逮捕された。報道によると、男児の父親にあたる人物はその女性の小学校の同級生で、彼は中絶同意書に署名することを約束したが、そのあと連絡がつかなくなってしまった。看護学生は複数の医療機関から「男性の同意書がないと中絶できない」と断られたという。
「配偶者の同意」韓国では2020年に撤廃
「2022年6月14日のワシントンポスト紙の記事によると、現在、中絶の際に配偶者の同意が必要な国は、シリアやサウジアラビアなどの10か国だけ。ちなみにG7(主要7か国)では日本のみ。お隣の韓国も以前は同意が必要でしたが、2020年に撤廃されました」
1981年にできた「女子差別撤廃条約」の履行を監視している国連女子差別撤廃委員会は、配偶者の同意が必要との文言が残っている日本の法律を問題視し、同意義務の撤廃を求めているという。
大きな障壁が残る日本の中絶事情。飲む中絶薬が承認される見通しにはなったが、決して手放しでは喜べない。
太融寺町谷口医院院長。大阪市立大学医学部総合診療センター非常勤講師、日本プライマリ・ケア連合学会指導医。文系大学卒業後、社会人を経て医学部入学。どんな人のどんな症状も診察する総合診療にこだわりながら、ウェブなどで多数情報を発信している。