昨年厚生労働省が発表したデータによると、新規大卒就職者の3年以内の離職率は31.5%で、約3人に1人が早々に会社に見切りをつけている。多くの若者がその理由に挙げているのが、「職場のゆるさ」だ。
「職場のゆるさ」で退職する若者たち
2015年の若者雇用促進法施行で残業時間の公開が義務となり、'20年にはパワハラを定義したパワハラ防止法も施行され、企業は対応を迫られた。ブラック企業やハラスメント撲滅が叫ばれるなか、多くの上司は神経をすり減らし改善に努めてきた。しかしホワイト化した途端、部下は「ゆるすぎて自身のスキルアップがここではできない」と言って辞めていく──。
こんな時代、上司は部下をどう扱えばいいのか。上司にとってまさに受難の時代だ。
「今どきの管理職は、セクハラ、パワハラが恐くて、若手メンバーに対して何も言えなくなってしまっています。その結果、良くない、と思っていても見て見ぬふりをするしかない、とあきらめている上司が多い。そうではない。言い方の問題なのです」
と話すのは、公認心理師で組織人事コンサルタントの小倉広さん。年間1万人の企業研修を手がけ、リーダーシップに関する著書も多い。
では、パワハラ・セクハラと言われない部下指導とは? 小倉さんが提唱するのが“ネガ・ポジ反転”という方法。
「“遅刻が多い。遅刻するな”というネガ表現を“早く来よう。早く来たらいいよね”とポジに言い換えるのです。これはネガをポジに反転しているだけで、言うべきことを言っている。あきらめる必要はないわけです。“××がダメだ。××するな”を“〇〇のほうがいいよね。〇〇しよう”に言い直す。これを要望もしくはリクエストといいます」
そのほか“クッション言葉”の活用や“Iメッセージ”での発信も有効だと小倉さん。
「“あなたは遅刻が多いよね”というダメ出しはきつい。だから前後にクッションを挟んでショックを和らげる。“あくまでも僕の感覚でしかないけれど”という前クッションと、遅刻が多い“ように感じるな”という後ろクッションで挟むと相手が受け入れやすくなる。これがクッション言葉。
“あなた(YOU)は遅刻するからダメなんだ”ではなく、“早く来てくれたら僕(I)は助かるな”と主語をYOU(あなた)からI(私)に言い換える。強くダメ出しするのではなく、高く要望するのです。それは決して甘やかしにはなりません」
ダメ出しをやめ、ポジティブな言葉でしてほしいことを伝える。ネガ・ポジ反転はパワハラ・セクハラ予防だけではなく、「脳科学的に根拠がある」と小倉さんは解説する。
「ダメ出しされると、その瞬間脳は萎縮してしまう。人は否定されると感情を司る大脳辺縁系が反応し、思考を司る大脳新皮質への血流が20%減り活動を止めることがわかっています。だからダメ出しは脳の仕組みからしても非常に非効率な教育法」
幼なじみのような関係を部下とつくる
ネガ・ポジ反転にクッション言葉、Iメッセージを活用すれば、部下指導もスムーズに。しかしこれらはあくまで応急処置。若者たちの心理を真に理解したとはいえず、根本的な関係性は変わらない。
「そこで昨今企業がこぞって目指しているのが“心理的安全性”の高い組織づくりです」
と小倉さん。“心理的安全性”とはハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授が掲げる概念で、Googleが率先して導入し、その成功例を見て今世界中の企業が取り組んでいるという。
「Googleが業績のいいチームを分析したところ、心理的安全性が高いことがわかった。心理的安全性とは何か、を要約すると、みんなが言いたいことを遠慮せずに言い合えて、それでいて傷つかず、仲良しのままでいられる関係性。いわば幼なじみ感覚の関係です」
幼なじみ感覚ならば、本音で話せて後腐れなく、関係性は良好のまま。とはいえ実際にその関係性を会社に持ち込むとなるとハードルは高い。物言えず頭を抱えているのが昨今の上司であり、“それができたら苦労はしない!”という声が聞こえてきそう。
「幼なじみのような関係性とは、世にいう信頼関係。それをコツコツつくっていくしかない。部下と上司の間で“この人にはここまで言っても大丈夫なんだ”という体験を少しずつ重ねていく。
例えば、1 on 1ミーティングを使って週に1回上司と部下が1対1で話をする場を設け、将来のことや会社に対する不満、家族のことなど、日頃できないさまざまな話をすることで、関係性を築いていく。それはコミュニケーションスキルを身につけるということでもある」
部下とコミュニケーションを重ね、信頼関係は高まった。だがそれで終わりではない。
「ゆるすぎるから辞める」と言われないよう、やりがいを感じてもらう必要がある。
「若者が会社に見切りをつけるのはなぜか、彼らの不満を分けると大きく2つ。ひとつは経営方針などコンテンツに関する不満で、こちらは意外と少ない。もうひとつはプロセスに関するもので、実は不満の多くがこちら。ひと言も相談せずに勝手に決められたなど、手続きに関する不満が多い。ならばその手続きをきちんと踏んであげればいい。
モチベーションのいちばんの源泉は、自分で決められること。上司の指示命令で決めず、自分で選ばせてあげる。自己決定性というのが部下にとって仕事のやりがいに直結する」
部下に必要以上に配慮し、仕事の軽減を図ってしまう。これはまったくの逆効果で、部下からやりがいを奪い、キャリア不安を生むことに。
「ゆるくない職場とは、単に厳しい職場ではない。自由であり、責任を取らせる職場」
と小倉さん。何より部下に裁量を任せる度量が上司の側に必要だと話す。
「“あなたの自由にやってみて”と部下に任せてあげる。自己決定させ、責任を持たせて最後までやりきらせる。そのうえで最終的な責任は部下と共同で取るのが上司の務め」
気をつけるべきは、そこで上司が自身の考えを部下に押しつけないこと。答えまで導いていては部下の自由が失われ、それでは何の意味もない。
部下にとって上司はもはや目標ではない
「この課題で何をすべきか(What)を投げかけ、具体的にどうするか(How)は部下に任せる。“君はオレよりうまくできるはずだから、そのお手伝いをしたい”というスタンス。そういう組織なら部下も仕事が楽しくなる。上司は自分を超える部下を育てなければいけない」
上司に倣いひとつひとつ仕事を覚えたのは昭和の話。今の時代、部下にとって上司は目指すべきものではないのだ。その背景に世代間のデジタル格差がある、と小倉さん。
「Z世代といわれるデジタルネイティブは常にネットで最新かつ正しい情報を手に入れている。昭和の世代と情報の接し方が大きく違い、上司のほうが勉強不足だったりする。だから必ずしも上司の言うことが正しいとは思っていない。
GoogleやAmazon、Appleなど世界的大企業のあり方を知っていて、本来のリーダーってこんな人なんだとあるべき姿がわかっている。そういう目で見ると、“今どき何でまだこんな昭和なことやってるの?”となる。そうなると上司はキツイ。だから上司は変わるしかない」
世界を動かすトップリーダーたちと比べられてはどんな上司も理想像とはほど遠い。まずは上司の側が認識を改め、自身の振る舞いを見直していく必要がありそうだ。ただ中間管理職となると、それだけでは済まないようで──。
「企業研修をすると、課長クラスの中間管理職は“自分もこの先変わりたい”と言う。同時に“だけど部長は昭和のままで変わらないんですよね”とも言っています。“どうすれば上司を変えることができますか?”とよく質問を受けます。
僕は心理学者の言葉を引用して“過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる”“だから上司を変えようとしないでみなさんが会社を変えていくのです”と伝えています。変わらない上司を変えようとせず自分たちが上司に取って代わる。そんな気概を持ってほしいと話しています」
(取材・文/小野寺悦子)