「ドラマ『宮本武蔵』('14年)で主演の木村拓哉さんとご一緒させていただいたとき、私は入社2年目のアシスタントプロデューサーでした。東映京都撮影所を中心に撮影をしたのですが、撮影所の全員が“こんなに真摯(しんし)に作品に取り組まれる方なのか”と木村さんに心をつかまれたんです」
「織田信長の劇的な人生をまっとうしてほしい」
そう語るのは東映創立70周年を記念して製作された木村拓哉主演の映画『レジェンド&バタフライ』のプロデューサー・井元隆佑さん。総製作費20億円の感動超大作が生まれたきっかけを聞くと、
「『宮本武蔵』の撮影を終えた後、木村さんが“次は信長で帰ってきたい”とおっしゃったんです。木村さんからのメッセージを受け取ったひとりとして、スタッフを代表し、“木村さんに織田信長の劇的な人生をまっとうしてほしい!”と企画書を書いたのが、この映画のはじまりです」
実は、木村にとって日本のエンターテインメント発祥の地である東映京都撮影所での撮影は『宮本武蔵』が初めてだった。数々の名優たちと仕事をしてきた京都の職人たちも木村との再会を待ち望んでいたという。
「撮影所のみなさんは、高倉健さんのような銀幕のスターと呼ばれるレジェンドたちと木村さんを重ねる部分があったと思います。“木村さんに対して、持てるすべてを出しきりたい”というスタッフのアツい空気を感じましたね」
信長を演じることに勇気が必要だった
木村にとって初挑戦の時代劇は25歳で演じた主演ドラマ『織田信長 天下を取ったバカ』('98年)。本人にとって特別な“織田信長”をふたたび演じることに“勇気が必要だった”と話していたと聞いたが、
「監督は『るろうに剣心』シリーズの大友啓史さん。脚本が放送中のNHK大河ドラマ『どうする家康』や『リーガルハイ』シリーズなどの古沢良太さん。そして、共演が綾瀬はるかさん。決してネガティブな意味はなかったと思うのですが、ご自身が発言されたことが大きな波となって目の前に迫ってきたと感じられての言葉だったと思います」
くしくも本能寺で自害したといわれる年齢と同じ49歳でふたたび信長を演じることになった。劇中、信長と濃姫は「殿」「姫」と固有名詞を避けて表現される。
「これは、脚本の古沢さんの発明でした。もともと、古沢さんは時代劇のラブコメに挑戦してみたいとおっしゃっていて。“最悪の政略結婚” “最悪のBoy Meets Girl”を描きたいと。
そして、ふたりを“殿” “姫”と表現することで、織田信長と濃姫の史実を知らなくても、ひとつのラブストーリーとして楽しむことができる。時代劇に対して苦手意識のある方のハードルを低くしてくれる、素晴らしい発明だと思いました」
映画の冒頭、16歳の信長は家臣とともに青年らしいノリの言動でクスッと笑わせてくれる。これまでの時代劇にはあまりない描写に、一気に世界に引き込まれていく。そして、初夜を迎えた信長と濃姫のシーンでは、『るろうに剣心』で邦画アクションを一新した大友監督の手腕を堪能することができる。
「大友監督のエネルギーには圧倒されました。つねに作品を高みにあげることを考えている。撮影中も画面の隅々まで見て、“ここ大丈夫、ここ大丈夫、ここ大丈夫”と細かく確認されて。どれだけの目があるのだろうと不思議になるくらいでした。
そして、すべてが整っていないとオーケーにならない。監督のその状況づくり(絵づくり)にスタッフ、俳優全員が全力で取り組んでいく。ぶつかり合っている感じでしたね。だからこそ、日々、すさまじい画(え)が撮れる現場でした」
撮影中、監督と演者のディスカッションはあまりなかったと聞いたが、
「撮影に入る前、木村さんから“織田信長という実在の人物であり、偉人に失礼のないように演じたい”と伝えられたときに監督はすごく感銘を受けていましたね。また、濃姫は歴史上の記録が少ない人物なので、古沢さんの作り上げた人物像を道しるべに、綾瀬さんと監督は何度かお話しされていたように思いました」
完成した映画を見たふたりの様子は
信長と濃姫。最悪の出会いから心を通わせるようになり、お互いが唯一無二の存在となったふたりの激動の33年を描いた、これまでの時代劇を刷新する作品ができあがった。完成した映画を見た木村と綾瀬の反応がどんなものだったのかを聞くと、
「木村さんは、しばらく言葉が出てこなかったように見えました。何か噛みしめているような。その姿を見て監督と“うれしいね”と話したことを覚えています。
のちに木村さんが言ってくださった感想の中で“エンドロールの頭に自分の名前があり、そのあとにキャストやスタッフの方々のお名前がこんなにと思うほどあった。それが、隊列じゃないけれど、信長軍のように見えました”とおっしゃってくれて。本当に、この映画をやり遂げたんだと実感しました。
綾瀬さんは“私が知らなかったシーンは、こんなふうになってたんだ!”と驚いてくれて(笑)。(濃姫に仕える侍女・各務野役の)中谷美紀さんと一緒にご覧になられたのですが、おふたりともしばらく映画について立ち話をされていましたね。話が止まらなかったようで。その様子が非常にほほえましかったです」
改めて『宮本武蔵』に続き、共に作品を作り上げた主演の木村拓哉のすごさを聞くと、
「言葉にするのが難しいですね……。いろいろと思いがありすぎて(笑)。そうですね。(しばらく間があって)木村さんは、自分の100%では足りない。120%、150%の力を出さないと、と奮い立たせてくれる方だと思います」
監督、キャスト、スタッフ……作り手の思いが詰まった映画が公開された。
「みなさんに『レジェンド&バタフライ』を楽しんでいただきたい一心です。撮影中、木村さんに“明日は、(個人としても)楽しませていただきます”とお伝えした撮影シーンがありました。私自身、木村さんが演じる“本能寺の変”が見たくて仕方なかった。素晴らしいシーンになっていますので、ぜひご覧になっていただきたいです」
『レジェンド&バタフライ』の見どころ
●16歳から49歳までを演じきった木村拓哉
物見やぐらから、城に到着した濃姫の姿を見つめる16歳の信長。その横顔は、『あすなろ白書』や『ロングバケーション』当時に戻ったかのよう。そこから、「人であることなど、とうに捨てた」「われ、ひとにあらず、第六天魔王なり」と変わっていく信長の33年間をビジュアルでも表現。
●信長を名将へと育て上げる濃姫
“大うつけ”と呼ばれた16歳の青年が天下人へと成長していくその横には、マムシの異名をとった斎藤道三の娘で勝気な濃姫が。つねに信長と対等な関係の彼女。あるとき、濃姫が「異国の地に行ってみたい」と語ったことを心に刻む信長。いつしか、ふたりの夢になっていく。
●総製作費20億円の圧倒的なスケール感
CGに極力頼りたくないと考えていた大友監督。戦場や街など人が多く集まるシーンでは、200~400人のエキストラが参加した。そのエキストラひとりひとりに土をつけたりと、当時を再現するようなヘアメイクを施し、演技も指導。また、豪華絢爛な安土城など細部にまでこだわったオープンセットの数々や、国宝・重要文化財に指定されている場所での撮影なども見どころ。
●見たことのない本能寺の変
家臣である明智光秀が京都・本能寺に宿泊中の信長を襲撃した“本能寺の変”。これまで、数々の作品で描かれてきた名シーンだが、今作では驚きの展開が!