鶏卵の価格高騰が深刻化している。昨年からの鶏卵生産コストの大半を占める飼料価格の上昇に加え、家畜伝染病の鳥インフルエンザが全国的に急拡大し、出荷も減少していることが原因。卵を大量に使用する玉子焼き店も苦悩しており――。
外国人観光客で列をなす「一口玉子焼」
自給率が96%と、そのほとんどが国内で生産されている卵。それだけに値上がりの影響が消費者に与える影響は大きい。JA全農たまごの公表データによれば、今年1月の相場価格は東京地区で278円(M基準値・1kg相当)。昨年の同月と比較して127円も高くなっている(1月27日現在)。
「卵の価格は毎年12月が需要のピークなので年末に向けて上がっていき、1月に下がっていました。それに昔はちょっと上がってもすぐ下がったんです。今年はいっこうに下がらない」
そう嘆くのは大正末期に創業し、80年以上の歴史をもつ老舗玉子焼店「つきじ丸武」の社長、伊藤政光さん。テリー伊藤さんの兄“アニー伊藤”こと故・伊藤光男さんの息子にあたる。
東京・築地の場外市場にある店頭では、朝早くから職人たちが大きめの玉子焼き器を使い、丹念に焼きあげるところを目にすることができる。できたてを味わえる一口サイズの「玉子焼」には、毎日、観光客が長蛇の列をなすほどの人気だ。
看板商品「玉子焼」のメイン材料である卵は千葉と茨木の管理が行き届いた養鶏場、もしくはそこに直結している卸問業者か仕入れている。もちろん仕入先は吟味して選んだ。
「鮮度にこだわっているので毎日直送してもらっています。地鶏が一番いいのですが、昨今は数を揃えるのが残念ながら難しい。豊富なときは、できるだけ地鶏の卵を使うようにしています」(伊藤正光社長、以下同)
毎日調理する卵の数が膨大なので工程を省くため、卵は卸問業者で割った「卵液」の状態で納品してもらっているそう。通常、卵を多く使う小売業では業務用の冷凍卵液を仕入れて調理するところがほとんどだ。それなら比較的安価な上、今回の価格高騰の影響も少ない。
「作業代もあるので、今現在のうちのお店の卵の仕入れ価格は税抜きでも1kg300円以上しますよ。2~3年前の一番安いときは120~130円でしたから、現在は330円なので2倍以上になっています」
ただ幸いにも品薄になるまでは至っていないと話す。
「非常に心配していますが、今はなんとか手に入っています。ただ、卸売業者さんからは鳥インフルエンザがこれ以上広がったら、そういう可能性もあるという話はきています。そうするとさらに高い値段で仕入れなくちゃいけなくなるかもしれません」
玉子焼きに必須の油も高騰
食料品・飲食業界では商品価格を上げるところも増えているが――
「私たちは価格を上げたり、サイズを小さくすることはしたくないんです。この大きさはお店ができたときからのものなんで。卵の値上がりは大変だと思うけれどしょうがないよね(笑)。お客様のためにもやれる範囲でがんばらないと。今後のことを考えると簡単に値段を上げることはできないですよ。やっと戻ってきてくれた観光客のみなさんにも、喜んでもらいたいですし」
丸武の玉子焼は添加物を使わず素材のうまみにこだわっているので、卵以外の材料にも昨年から続く物価高の影響が出ているという。
「一番大きい影響は比率でいえば油。状態のいい玉子焼を作るためにうちは鍋(玉子焼き器)が大事なので、焼くときになじませる油はいいものを使っているんです。でも毎日毎日、仕入れ価格を気にしていてもしょうがないから。うちは大正からやっていますからね。何度もこういう危機を乗り切ってきました。老舗で残るっていうことは、そういうものじゃないでしょうか」
卵だけではなく、老舗も苦しめられている価格高騰の余波。早く価格が安定してくれることを祈るばかりだ。