渡辺優樹容疑者

 2月9日の早朝5時。羽田空港内の通路を大勢の警察官に囲まれて歩くのは、通称“ルフィ”こと渡辺優樹容疑者。全国で相次いだ組織的強盗事件のリーダー的存在とされ、同じグループの小島智信容疑者とともにフィリピンから日本へ強制送還、機内で逮捕となった。

「前々日の7日には、同グループとされる今村磨人容疑者と藤田聖也容疑者も日本へ送還・逮捕されています。4人は'18年から'20年ごろまでフィリピンから日本への電話でオレオレ詐欺を働き、'21年夏以降は強盗の指示役を担っていたようです。まだ事件の全容は見えていませんが、彼らが関与している強盗事件は50件以上、詐欺の被害総額は60億円以上といわれ、近年まれに見る組織的な犯罪であることは間違いありません」(スポーツ紙記者)

 渡辺容疑者らが異国から詐欺や強盗ができたのは、資産や家族構成など個人情報が事細かに書かれたリストを掌握していたのが大きいようだ。

「ルフィ一味はリストでターゲットを調べ、SNS上で“高額なバイト”と謳い、実行部隊の人手を募集。応募してきた人に、メッセージの自動削除機能があり秘匿性が高いとされるアプリ“テレグラム”で指示を出していました。成功後は奪ったお金の一部を実行役に与え、残りは内通者を介して4人のもとに送金させていたようです」(捜査関係者)

渡辺容疑者を筆頭に、藤田容疑者は実行役集め。今村容疑者は実行役に指示出し。小島容疑者はお金の管理と、それぞれ役割があった

 警察側も一味の関与を把握し、'19年7月には渡辺容疑者らに逮捕状を出すなど動いていたが、日本・フィリピン間は“犯罪人引き渡し条約”が結ばれていないこともあり逮捕は難航していた。

収容所では出入り自由の超VIP待遇

「4人が送還直前までアジトにしていたフィリピン・マニラにある入国管理局の収容所は賄賂が横行しており、渡辺容疑者らも強盗などで集めたお金で職員を買収。スマホやパソコンの持ち込みはもちろん、出入りも自由の超VIP待遇で王様のような扱いだったそうです。しかも収容所内に居続ければフィリピンの警察に逮捕されるおそれも低いですから、4人にとって絶好の環境だったのでしょう」(同・捜査関係者)

 しかし'23年1月に渡辺容疑者らが関与したとされる強盗事件で、東京在住の90代女性が押し入った実行犯から暴行を受け死亡。死者が出たこともあって、警察はフィリピン政府に渡辺容疑者ら幹部の日本移送を本格的に働きかけることに。

「渡辺容疑者らは、フィリピン国内で告訴中であれば強制送還されないという制度を逆手に取って、フィリピン人の元妻に自身を訴えるように依頼しましたが、虚偽の告訴としてマニラの裁判所で棄却され、今回の強制送還となりました」(前出・スポーツ紙記者)

 最後まで強制送還に抵抗し続けていた渡辺容疑者だが、「かつては日本への帰国を模索していた時期もあった」と語るのは、犯罪に関する記事を多数執筆するフリージャーナリストのAさんだ。

関係者に「帰国させてほしい」と泣きついた

「'21年4月ごろ、私のSNSに渡辺が“フィリピンの収容所に長きにわたって拘束されて困っている。警察や外務省に働きかけて自分を帰国させてほしい”と訴えてきたのです。私のSNSプロフィールには犯罪に関する記事の実績が書かれているので、公的機関とのやりとりもできると踏んで頼ったのでしょう」

 Aさんはテレグラムを介して渡辺容疑者からそれまでの経緯を聞いたという。

「本人が言うには渡辺容疑者は36人ほどの特殊詐欺グループの一員だったようです。彼らは'18年ごろからフィリピンの廃ホテルの一室を拠点にしてオレオレ詐欺を行っていたのですが、'19年11月にフィリピン警察によって摘発。その際、大半が日本へ移送されることに決まったのですが、フィリピン警察から“まず、現地に妻子がいない者を送還”といわれ、妻帯者だった渡辺容疑者はとりあえず収容所に送られることになったようです」(Aさん、以下同)

 その後、日本へ送還を行う予定もあったが、'20年に入ってから新型コロナウイルスの影響で渡航制限が発令。渡辺容疑者の送還も思うように進まなくなり1年以上が経過、Aさんを頼るに至ったようだ。

「オレオレ詐欺を行うには、親族役、警察官役など頭数が必要ですが、摘発によってチームは瓦解。渡辺容疑者はこれまでどおり稼げなくなったと語っていました。また、当時コロナは未知のウイルスでしたから、衛生的に劣悪な環境である収容所に居続ければ自身の命が危ないとも考えたようですね。日本に帰国すれば逮捕は確実ですから、相当の覚悟だったのでしょう」

Aさんのスマホに残されていた渡辺容疑者とのトーク画面。名前の欄にはルフィと表記されている

 Aさんは渡辺容疑者の要求どおり、日本の警察や外務省に事情を説明し送還を促すも、信用されなかったのか取り合ってもらえず。'21年の9月ごろには渡辺容疑者とも連絡が取れなくなったそうだ。

 Aさんはすでに自動削除され、やりとりがない渡辺容疑者とのテレグラムのトーク画面を記者に見せながら、複雑な胸中を語る。

「報道で渡辺やルフィという名前が出てきて驚きました。今はもう見られませんが、当時の彼のテレグラムのアイコンは『ONE PIECE』のルフィでしたからね。1年半前は“帰りたい”と泣き言を口にしていた詐欺グループの一兵卒が、まさか強盗組織のリーダーに成り上がっていたとは……。私が連絡を取れなくなった'21年の9月は、強盗事件が始まったとされる時期とほぼ同じ。そのころの渡辺容疑者は、帰国を諦めて、強盗の指示役としてやっていこうと考えていたと思います」

 Aさんは渡辺が詐欺から強盗にシフトチェンジした理由をこのように推察する。

同じリスクなら“強盗”のほうが割がいい

「詐欺グループの上層部が次々と日本に送還されて、渡辺容疑者自身の収容所内での立場が相対的に強くなったのでしょう。そのうえで、大人数で電話をかける必要もなく、詐欺で使用していた個人情報リストを活用できる手段として強盗を考えたのだと思います。さらに言えば、オレオレ詐欺は、数年前までは捕まっても2年くらいで出所できましたが、最近はどんどん刑期が延びて5年前後もざら。対して強盗の刑期も同じく5年ほど。同じリスクなら、確実性の高い強盗のほうが割がいいと考えたんでしょう」

 世間を震撼させた広域強盗事件。その背景には詐欺師の身勝手な野心があった。


 
小島容疑者の両腕にはびっしりと刺青が

 

藤田容疑者の右足にも刺青が入っている

 

渡辺容疑者の背中には入れ墨が(フィリピン現地メディア『GMAnews』より)

 

渡辺容疑者を筆頭に、藤田容疑者は実行役集め。今村容疑者は実行役に指示出し。小島容疑者はお金の管理と、それぞれ役割があった