和式トイレ、洋式トイレ、どっちがいい?(写真はイメージです)

 

「和式トイレ、もういらないと思うけどね!」

 お笑いタレント・有吉弘行(48)のこんな発言が議論を呼んでいる。

有吉弘行がラジオで発言

 冒頭の発言は、先月放送されたラジオ番組で、リスナーからの「和式トイレの数が減り、子どもたちがかがんで用を足すことができなくなっている」というメッセージに応じたもの。仕事で訪れたNHKのトイレでの出来事を引き合いに、

洋式がぜんぶ使用中で和式しか空いてなくて、太ももと腹筋がつっちゃってほんとヤバかった(笑)

ペタンと便器にハマりそうになりましたよ。慣れてないとヤバイ!」と続けた。

 ネット上では、

たしかに和式トイレってメリットないよね」と有吉への賛同も見られるが、

「誰が座ったかわからない便座に絶対座りたくないから、和式がなくなると困る」

「和式のほうが力を入れていきみやすくて、排便がスムーズなんだよね」

「足腰を鍛えるためにも和式を残すべき」

 などの声も多く、ちょっとした論争に。

「子どもは学校でトイレを選べません。学校に和式トイレしかないために、登校できなくなった子どもたちもいます」と話すのは、約30年にわたって学校トイレの実態について調査・研究している『学校のトイレ研究会』代表の冨岡千花子さん。

「家庭をはじめ、駅などの公共施設や商業施設のトイレはほとんど洋式に整備されていますが、いまだに学校のトイレは5K(汚い・くさい・暗い・怖い・壊れている)のイメージが根強いまま。学校での排便を我慢する子どもも少なくなく、健康問題に関わります」(冨岡さん、以下同)

学校のトイレ研究会による調査

 学校のトイレ研究会(以下・研究会)は“子どもたちが安心して使える清潔なトイレの普及”を目的に、さまざまなトイレ関連企業が集まって'96年に発足。毎年、全国の自治体に対し学校のトイレに関する大規模な調査を行っている。'22年発表の最新のアンケート調査では「学校で、児童・生徒のために施設改善が必要と思われる場所はどこですか?」との教職員への質問に対し62%と、もっとも多い回答が「トイレ」だった。

 しかし、学校のトイレ洋式化はほかの公共施設に比べて著しく遅れている。文部科学省では4年ごとに全国の公立小中学校のトイレ調査を行っているが、最新の'20年の調査では、洋式トイレ率57%、和式トイレ率43%。前回の'16年の調査から洋式の割合が約13%増え、この数年で洋式トイレが半数を超えた形だ。

全国公立小中学校の便器の割合(文部科学省調べ)

「全国の公立小中学校には約135万個の便器があり、このうち和式トイレは58万個。これだけの数の和式トイレをいまも子どもたちが使っています。内閣官房は'25年度までに全国の公立小中学校の洋式トイレ率95%を目指すと明言していますが、このままのペースでは厳しいですね」

 学校での和式トイレの最大の問題は、慣れていないことで使いにくく“子どもが行きにくい”ことにある。研究会が大阪府内のある小学校で行ったアンケートでは、トイレを我慢する理由として、75人の生徒のうち54人が「和式トイレがいやだから」と回答した。

洋式化が進まない最大の理由とは―

 すでに10年以上前から、小学校で初めて和式トイレに接する子どもが大多数となった。最近では、入学に備えて和式トイレの使い方を教える保育園・幼稚園もある。幼い子どもが、使い慣れない和式トイレで服や上履きを汚さずに用を足すのは至難の業だ。

「朝から夕方まで長い時間を学校で過ごすなか、便意を我慢する子どもが多くいます。体調が悪くなって保健室に駆け込んだり、我慢が日常化してひどい便秘になったりと、健康問題は深刻です」

 便秘が悪化し、病院のエックス線検査で腸に大量の便がたまっていることがわかった子どもの例もある。

 学校のトイレ洋式化がなかなか進まない最大の原因が予算の問題だ。

「全国的に、公立の小中学校では建物の老朽化が進んでいます。耐震工事やエアコン設置が優先され、トイレ改修は後回しにされがちなのです」

 洋式化の割合は、自治体により大きな差がある。文部科学省の'20年の調査では、例えば同じ東京23区内でも荒川区の公立小中学校の洋式トイレ率99・4%に対し、大田区では52・4%だった。地方では、人口の少ない町立や村立の学校で洋式トイレ率100%を達成している例も少なくない。

「文部科学省では、洋式化に伴う改修工事の補助金制度を整えています。ただ、あくまでも補助金であり全額支給ではないため、学校数の多い自治体では相当なコストがかかります。そのため自治体それぞれの考え方によって、トイレ改修工事の優先度合や洋式化の達成率が大幅に変わってきてしまうのです」

和式トイレの誤った知識

 また“和式トイレはお尻が接触しないから清潔”といった誤った知識も、洋式化を遅らせる原因のひとつだ。住宅設備機器メーカーのTOTOが、ある小学校で行った調査では、トイレ内で圧倒的に菌が多かった箇所は和式トイレが設置されたタイル床。次が手洗い用の蛇口だった。

「実は洋式便座の菌数は、スマートフォンの表面や、天日干しした洗濯物、着用後の靴下などよりもずっと少ないのです」

 和式トイレの床に水を流してデッキブラシでこする昔ながらの“湿式清掃”が、細菌繁殖の最大の原因であることは実験や調査で判明している。

お尻が接触しないから清潔”“床に水を流したほうが清潔”といった主張は感覚的なものでしかなく、非科学的だ。

“リフォーム”された学校のトイレ。入り口もカラフルになっている

 現在、学校でのトイレ改修工事では便器の洋式化と床の乾式化をあわせて行うことがほとんど。工事後、明るく清潔なトイレを見て、生徒から歓声が上がることもあるという。

大便をすることでからかわれたくない

 研究会では、トイレ改修前後で子どもたちの心や生活に起こる変化も調査している。

 ある中学校において、改修前では教職員53人のうち29人が「トイレにまつわるいたずらやからかいが見受けられる」と回答した。それが改修後は1人にまで減った。

 別の小学校では、トイレを我慢する理由として7人の生徒が「大便をするとからかわれるから」と答えたが、改修後は0人になった。

 特に男子トイレでは、小便器と個室が分かれているため大便をしていることが他人にすぐわかってしまい、からかいの対象になりやすい。改修後に、思い切って男子トイレも女子トイレ同様に個室のみとした学校もある。しかし特徴的なのは、小便器と個室に分かれたスタイルのままでも改修後のからかいが激減することだ。その理由について研究会は「改修前の汚く暗いトイレのイメージが、子どもたちのコミュニケーションにまで陰湿なイメージを与えていたのではないか」と分析する。

 和式トイレの問題点は、子どもたちの心身の負担にとどまらない。

「現在、全国の公立学校のうち9割以上が災害時の避難所に指定されています。'16年の熊本地震の際に避難住民を対象とした調査では、避難所で不便を感じたこととしてもっとも多かった回答が“トイレが和式”というものでした」

 避難所となった学校では、足腰の弱い高齢女性がひとりで和式トイレを使えず、ボランティアに支えてもらい用を足す例もあった。女性はそれが心苦しく、洋式トイレのある別の避難所に移ったという。

「好みの問題ではなく、身体的に和式トイレを使用できない人もいます。和式トイレに行くのがいやで水分の摂取を控え、体調を崩した避難住民もいました。災害時、トイレを中心とした衛生環境は生命に関わる問題。学校のトイレは、避難者の排泄の尊厳を守る義務もあるのです」

 温水洗浄便座など画期的なトイレを発明し、“世界一のトイレ先進国”と評される日本。来日観光客はまず空港で、日本のトイレのあまりの美しさに驚かされるという。その一方で、子どもたちに古く非衛生的なトイレの使用を強いている現実がある。トイレのせいで登校できない子どもたちがいる事実に、私たち大人は真剣に向き合う必要がある。

<取材・文/植木淳子>