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「『また!?』っていう感じです。本当になんとかしてほしい」

 そう、ため息交じりに話すのは、都内で2児を育てる40代の女性。恨み節の矛先は、止まらぬ値上げラッシュに対してだ。

どうして物価高が止まらない?

 帝国データバンクによると、この2月に値上げするといわれる品目は、加工食品を中心に5463品目。味の素冷凍食品、ニチレイフーズらは最大で15~20%前後の値上げを発表。

 3月にも菓子や食用油、コーヒー、チルド麺など価格が上昇する見込みだ。昨年10月に7864品目が値上げされたばかりだというのに、この“追撃”は痛手どころか深手になりかねない。

 実際、総務省が公表する「消費者物価指数」を調べると、足元の上昇率は一目瞭然だ。'22年12月の同指数上昇率は、前年同月比で4.0%。たった1年でこれほどまで上昇するのは、消費税率引き上げの影響を除くと実に30年ぶり。

「食料」「家具・家事用品」の上昇率は顕著で、「光熱・水道」にいたっては、前年比から約15%も上昇しているのだから、「もしかしてこのまま上がり続けるの!?」──、そんな不安にかられてしまうのも無理はない。

「前年同月との比較(10大費目)」出典:総務省

「値上げのタイミングは、半年ほどタイムラグがあるということを、まず覚えておいてください」

 そう説明するのは、経済評論家の加谷珪一さん。

一体、値上げラッシュはいつまで続くのか? 

「昨年10月の値上げの半年前……つまり、昨年4月に何が起きたかというと、ロシアによるウクライナ侵攻です。この余波によって食料価格や原油価格が上昇し、その影響が半年後に日本でも表れた。

 では、今年2月の半年前には何があったか?昨年8月ごろから急速に進行した円安です。この影響が現在の値上がりに影響を及ぼしています」(加谷さん、以下同)

 川上で生じた世界的な影響が、川下である日本の家計にまで到達する。裏を返せば、物価上昇は自国だけの問題ではないということだ。

「ウクライナ侵攻が始まった当初は原油価格は120ドル(1バレル当たり)に迫る勢いでしたが、現在は80ドル前後を行き来し、落ち着いています。また、円安にも歯止めがかかっているので、このまま安定すれば、夏以降にさらなる値上げということにはならないでしょう」

 だからといって、胸をなで下ろせるかといえば、そうではないという。加谷さんは、「価格が元に戻ったり、下がったりすることはない」

 と付言する。

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「企業からすればいったん上がってしまったコストを元に戻すということは簡単ではない。あくまで、これ以上物価が上がる状況を回避できる──という認識を持ったほうがいいでしょう」

 もちろん、ロシアと欧米諸国の関係悪化や再び急激な円安が生じれば、回避どころか再度値上がりする可能性もある。また、これから影響が出始める品目もありそうだ。

「ほぼ100%国産でまかなわれているため、“価格の優等生”といわれる卵もさらに値上がりする可能性があります。トウモロコシを飼料とするわけですが、そのほとんどは輸入に頼っている。海外で価格が上昇していることに加え、円安の影響もある」

 鶏だけではない。日本の畜産業界は、輸入したトウモロコシを飼料にしているケースが多く、豚も牛も同様だ。

 国産だから値上がりしないということはなく、飼料や施設の光熱費などの間接的なコストが上がれば、その分、価格にも上乗せされる。

「石油価格が上がると、プラスチックなどの梱包資材類の価格が上がります。また、車を使用する宅配便にも影響が出始めるかもしれません。インフレの時代というのは、基本的にあらゆるものの値段が上がります。これがインフレの恐ろしさです」

物価高の中でも賃金は上がるのか?

 価格が下がらないのであれば、私たちの所得を上げるしかない。

 ユニクロは、年収最大4割アップを提示し、任天堂は全従業員の賃金を10%引き上げることを発表。「賃上げ」を掲げる企業が相次いでいる。

 加谷さんは、「賃上げは喜ばしいこと」としながらも、「企業にとってはコストアップ要因になる」と説明する。つまり、賃上げを発表した企業の製品価格が上昇……なんてこともありうるというわけだ。だが、

「この状況下で、賃上げができない企業というのはいかがなものか。儲けがあるから賃上げができるわけですよね? ということは、できない企業というのは、儲けが少ないということになる」

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 また、こんな厳しい指摘も。

「経営者は、きちんと儲かるビジネスを設計し、それを実施する──これが経営者の責務です。逆にいえば、儲けを出せず、従業員に還元できない経営者は不適格ともいえる」

インフレ時代に賃上げは可能なのか

 インフレの時代だからこそ、企業のビジネスモデルが正しかったのか否かが浮き彫りになる。なんとも皮肉な答え合わせが始まろうとしている。

「考えてもみてください。ユニクロって、昔は1000円前後の商品がたくさんあったと思いませんか?しかし、今は3980円といった価格帯の商品が主力です。

 ところが、人気は落ちません。賃上げは、“思いつき”や“ウルトラC”ではなく、企業のビジネスモデルと戦略がしっかりしているからこそできるのです」

 では、国の施策はどうだろうか?自民党は、「物価高騰・賃上げへの取り組みに7.8兆円」などの経済対策を打ち出しているが……。

「インフレ対策は短期と中長期、2つの視点から考える必要があります。短期的には、値引きや補助などでガソリン、電気といった光熱費を抑える施策を発表している。この点は評価していいと思います」

 半面、「岸田政権は中長期的な戦略が描けていない」と言及する。先述した企業を例にすれば、経営者としてクエスチョンがともる状況だ。

「本来であれば、インフレを超えるような賃上げを、中長期的に実現しなければいけません。そのためには、企業の経営改革、日本の産業構造改革を促すような政策を打ち出さなければいけません。

 ですが現状は、儲けを出している企業は賃上げを実行してください──、そう丸投げしているような状況です」

 具体例を出して、加谷さんが補説する。

「現在、インフレは日本だけではなく、全世界的な課題になっています。これを乗り越えるためには、“AI化”と“再生可能エネルギー化”の2つしかないといわれています。

 人件費を抑えるためには、できるだけ少ない人数で同じ業務ができる“AI化”を推し進める必要がある。そして、エネルギーコストが上昇しているのだから、輸入に頼らず自国でエネルギーを生み出すことができる“再エネ化”が必須です」

 昨年、ドイツは2035年以降、国内の電力供給をほぼ完全に再生可能エネルギーによってまかなう方針を発表。

 背景には、ウクライナ侵攻によるロシアからの天然ガス供給停止という事情もあるが、「早期の段階から欧州では“再エネ化”を実現するための先行投資が行われている」

 と加谷さんは語る。

「ひるがえって日本はどうかというと、お世辞にも“頑張っている”とは言えない。日本は石油や(原発の燃料となる)ウランを海外からすべて輸入している。

 つまり、他国にエネルギーを左右されてしまう国です。今回のような急激な物価上昇は、そのツケともいえます。こうした状況から脱却するという施策を打ち出さないといけません。あえて前向きに考えるなら、このインフレは日本のエネルギー問題を再考する好機ともいえます」

 足元の物価は気になるだろう。だが、もっと遠くまで視野を広げないと、つまずくどころでは済まないかもしれない。

加谷珪一(かや・けいいち)●経済評論家。経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。著書に『スタグフレーション』(祥伝社新書)、『貧乏国ニッポン』(幻冬舎新書)など

(取材・文/我妻弘崇)