「まさか30代で、すい臓がんになるなんて……。最初は病院に行くほどではない、と軽く考えていたほど。放置していたら、と思うと怖いです」
と話すのは、カップルユーチューバー、「サニージャーニー」のみずきさん。32歳の若さですい臓がんステージ4と診断され、現在闘病中だ。
婚約者のこうへいさん(現在は夫)と、キャンピングカーで日本一周旅行を始めたのが2022年の4月。住んでいた家を引き払い、旅の様子をYouTubeで配信しながら生計を立て、日本一周を成し遂げる予定だったが、6月に大分県内で体調の異変を感じる。
精密検査で判明した「ステージ4」
「歩いたり車に揺られると、お腹が痛くて。殴られたあとのような鈍い痛みが2週間以上続き、おかしいと思い始めました」(みずきさん、以下同)
すい臓は、胃の後ろにある左右に長い臓器。“沈黙の臓器”といわれ、がんを発症しても初期の段階では、ほとんど自覚症状がない。がんが進行すると、腹痛、食欲不振、お腹の張り、黄疸、腰や背中の痛みなどが起こる。日本全国で年間約4万人が診断されるが50歳以降から増える傾向にあり、30代の発症例は少ない。
「最初に診てもらったのは大分県の病院。血液検査ですい臓の数値が悪いことがわかり、造影剤投与なしのCT検査を行いました。そのときは『重い病気ではないでしょう』という診断でホッとしました」
処方薬を飲んでいたら体調は少し回復した。しかし10月、高知県滞在中にお腹の張り、黄疸などの症状が出る。慌てて精密検査ができる病院を求めて愛媛県に移動し、病院に駆け込んだ。
「造影剤を投与してCT検査を行ったところ、すい臓に影が映り、『がんの可能性がある』と診断されました。がんの場合は長期治療になるため、療養する場所を決めたほうがいいとの医師の助言から、旅を中断して私は実家がある北海道に帰ることにしました」
年齢的にすい臓がんではないかもしれないと、わずかな希望を持ち続けていたが、インターネットで症状を検索すると、すい臓がんにあてはまることばかり。
「自分はどうなるのか、と不安でいっぱいでした」
北海道へ戻ると、地元の基幹病院を受診。
「当時は黄疸が進み、白目が黄色みを帯びていました。食欲がなく、お肉など脂っこいものが食べられず、口にするのはサラダばかりでしたね」
PET検査などの精密検査を行ったところ、絶望的な結果が待っていた。
「すい臓がんで左鎖骨周辺などに転移しており、『ステージ4』と告げられました。しかも、膵腺房細胞がんという非常に珍しいがんでした」
発症頻度が全すい臓がんのうち、わずか0・4%とされる“希少がん”だ。告知はこうへいさん、みずきさんの母親の3人で受けたという。
「余命は、治療を行わなければ4か月、行えば長くて2年と医師から言われました」
複数の抗がん剤を組み合わせる治療法
告知直後、こうへいさんは泣き、母親は目の前が真っ暗になるほどのショックを受けたという。だが、当人は意外にも落ち着いていた。
「一番怖かったのは、ネットで検索していたころ。医師から宣告を受けたときは、“やはり”という思いでした」
そのとき、みずきさんは自分のことよりも、周囲の人々に思いを寄せていた。
「こうへい君や母に迷惑をかける、申し訳ないという気持ちでいっぱいでした」
余命2年という宣告は32歳女性にとってあまりにも過酷。しかし、その現状を冷静に受け止め、YouTube上ではいつもの明るい笑顔で自らがんの報告を行った。みずきさんの大きな支えとなっているのは、夫のこうへいさん。動画ではこうへいさんも冷静に淡々と病状を説明している。
「YouTubeで公開後、多くの情報が寄せられました。医学的知識がほとんどなかったので、信頼できる情報を選ぶため勉強もしました」(こうへいさん、以下同)
ネットだけでなく、友人や知人の医師から直接アドバイスを受けたという。
「迷ったとき、親身に相談にのってくれた友人の医師がいたことは心強かったです」
みずきさんの場合、がんの大きさや場所、そして転移があったことから、担当医からは、手術や放射線治療は難しいと告げられていた。
「その時点で『標準治療』では抗がん剤治療しか選択の道はありませんでした。抗がん剤治療に否定的な意見がネット上では多く見られますが、最終的には、みずきの意志を尊重しました」
標準治療とは、科学的根拠に基づいた、公的医療保険が適用される一般的な治療のこと。基本的に全国各地の基幹病院で受けることができる。抗がん剤治療を決意したみずきさんは、昨年11月末に入院した。
みずきさんが選択したのは、「フォルフィリノックス療法」だった。通常のすい臓がんに効果を示す、いくつかの抗がん剤などを組み合わせて投与する治療法だ。
「検査の結果でフォルフィリノックスの副作用が出にくい体質であることがわかったこと、同じ膵腺房細胞がんの治療で実績があったと担当医から聞いたことが決め手でした」(みずきさん、以下同)
膵腺房細胞がんの治療ガイドラインはなく、通常のすい臓がんの治療法しか選択の道はなかった。
「抗がん剤治療は身体にダメージがあるので、本当のところ抵抗もあったんです。しかし、今のほうが体力があるはずなので、治療薬の中でも一番強い抗がん剤で治療していこうと決めました」
抗がん剤1クール目は入院して治療が行われた。
「点滴は合計3回行います。1~2回は2時間程度、3回目は46時間かかります。副作用が一番つらかったのが、1クール目。初日は冷や汗、しびれ、だるさが続き寝られませんでした。高熱が出ていたし、吐き気が強くて食欲もなく、1週間で4キログラムも体重が減ってしまいました」
セカンドオピニオンの重要性
打撲のような痛み、帯状疱疹、手足のしびれなど8種類もの副作用が出たという。
「8日目からは体調が回復し、元気になりました。このまま体重が減り続けたら、やせ細って体力がなくなると心配になり、病院食以外におにぎりやお菓子などカロリーがあるものを積極的に食べ、1週間で体重を戻しました」
2クール目からは通院治療となり、抗がん剤の点滴をつけて帰宅した。バッグのようにぶら下げた点滴の袋を「フォルフィー」と呼ぶなど、明るく過ごす工夫を動画で公開している。
「毎回、1週目は体調が悪く、ベッドやリビングでだらだら過ごしているので“干物ウイーク”と呼んでいます(笑)。食いしんぼうなので元気になったら食べたいものや、何をしたいといった、楽しいことを考え、ポジティブでいようと心がけています」
感情が高ぶったときに、まぶたが痛くなる、といった思いもよらない副作用もあったが体調は良くなっていった。がんが判明後に2人は結婚し夫婦となったが、自宅を引き払って旅を始めたため、自宅療養を送るための住居を急いで探したという。
「体力が落ちて階段を上れなくなることもあるので1階で、闘病生活を快適に過ごせる物件を探していました」(こうへいさん、以下同)
検査や治療だけでも大変だが、物件探し、家具の調達など、やることが山積みだった。さらに夫婦を悩ませたのは、治療費だった。
「標準治療なので保険適用になり、高額療養費制度の利用も行えました。入院でかかったのは約16万円。さらに、抗がん剤治療で月々10数万円の出費があります。制度を熟知していないので、戻ってくるお金もあるかもしれませんが、当面の出費がつらいですね」
人気ユーチューバーとはいえ、まだ2年目。治療費の支出は家計を圧迫する。
「医療保険に入っていればと後悔しています。2人とも旅を始める前に『保険に入りたいね』とは話していたんですが、忙しさにかまけてそのままにしてしまいました。独身だったこともあり、今すぐ医療保険に入る必要性を感じていなかったんです」
また、出費はほかにもある。
「セカンドオピニオンは自由診療になり、1件につき2万~4万円。今までに5~6件は受けました」
費用はかかるが、受けてよかったというこうへいさん。
「『本当にすい臓がんなのか?』という疑問を解決してくれました。セカンドオピニオンでも、すべてすい臓がんという診断で、治療法も標準治療である抗がん剤治療をすすめられました」
セカンドオピニオンは気持ちの整理の助けになるという。選び方のポイントは、
「病院の得意分野を考慮して探すといいかもしれません。外科手術に強い病院、抗がん剤治療や放射線が進んでいる病院など、それぞれ特徴があるからです」
北海道から東京の病院へ、セカンドオピニオンを受けに行ったこともあった。
「人気の医師は予約が埋まっていて、1~2か月先といった状態は珍しくありません。待っていたら病気が悪化してしまうので、みずきの場合は検査や治療を進めながら、セカンドオピニオンを受けました」(こうへいさん)
さらに、もっと考えておけばと悔やんだのが家族歴だ。
「母方の祖父がすい臓がんになっていたので、リスクを早めに考えておけばよかったです」(みずきさん)
「『やりたいことリスト』が私の原動力のひとつにもなっています。ディズニーランドへ行く、オランダ旅行へ行く、日本一周旅行を再開するなど、50以上の項目を挙げています」(みずきさん、以下同)
「楽しいことは当たり前ではない」
やりたいことリストはブログでも公開。こうへいさんは「みずきのやりたいことは全部叶える!!」と、常々意気込んでいる。
「実はディズニーランドへ行くというのは、すでに叶えています。最初の入院前に検査の待ち期間があったので、母も含め3人で行きました」
がんの治療というと、長期入院を想像していたみずきさん。自由に動けるうちに行っておこうと計画したとか。
「現在5クール目を終えたところですが、がんがかなり小さくなっていることが検査でわかりました。この結果には担当医も驚いていましたね」
検査結果を聞く前に、すでに良好な状態を自覚していたみずきさん。
「痛みがほとんどなくなっていたので。以前は痛み止めを毎日飲んでましたが、必要なくなりました」
当人の前向きな気持ちが、がん細胞に打ち勝ったのか。
「この春には、私の長年の夢だったオランダ旅行を計画しています。医師のお墨付きをいただけたので、このままいけば実行に移せそうです」
と、笑顔を見せた。良好な結果はうれしいことだが、広く伝えたいのは、
「誰にでもフォルフィリノックスで効果が表れるとはいえないということです」
がん患者やその家族などのフォロワーが増えたことで、夫婦は注意深く何度も説明していることがある。
「がん治療は人それぞれで、私はその一例にすぎない。主治医と話し合い、自分が選択した方法が最善の治療だと信じてほしいですね」
がん治療で悩む人たちの助けになりたいと、細かに治療経緯を公開しているが、人気ユーチューバーとして影響力が強いことを自覚し、発言には気を使うようにもなった。
そんな中「すい臓がんはウソなのでは?」などと、心ないコメントが送られることもあり、心を痛めている。一方、みずきさんが喜ぶコメントは、フォロワーの些細な日常だとか。
「日常が闘病ばかりになりがちなので、ちょっとした普通の出来事を報告してくれるコメントにホッとします」
日常が日常でなくなるがんの闘病生活。
「ディズニーランドに行ったとき、『楽しいことは当たり前ではない』ことを実感しました。動けるうちに動いて、こうへい君と一緒に人生の楽しみを増やしていきたい」
この先に向けたみずきさんの瞳は、希望に満ちていた。
◆みずき流 がん治療を乗り越える5つのポイント
1、信頼できる情報を集める
2、自分が選んだ治療法を「必ず効く」と信じる
3、感情に流されず、心をフラットに保つ
4、副作用がつらいときは楽しいことを考える
5、これから叶えたい夢を持つ!
「サニージャーニー」とは 車で日本一周を目指す、旅系ユーチューバー2人組。みずきさんの婚約者だったこうへいさんが動画撮影、配信を担当する。昨年末に結婚し、夫婦2人で病気に立ち向かう。ブログでも発信中。
https://ameblo.jp/sunnyjourney/
取材・文/ますみかん