長かった冬から春へと移り変わる3月。暖かな日差しに心も弾む季節となるはずなのに、なんだか気分が落ち込む、何もやる気にならない──といった経験はないだろうか。
4つのタシテヨ食材が肝
実は、日本ではこの3月が1年の中で最も自殺率が高く、厚生労働省も3月を『自殺対策強化月間』と定め、毎年さまざまな呼びかけをしている。
不調の要因として挙げられているのが、まず、日ごとの寒暖差が大きく、自律神経が乱れやすいということ。そして、学校や職場においても年度末による慌ただしさ、卒業や異動、組織変更など、“いつもと違う”状況が続くこと。
このような忙しさや慣れない環境、変化による不安が心に少しずつダメージを与えてしまうのだ。
「このようなストレスだけでなく、日々の食生活や栄養バランスの乱れもメンタルの不調を引き起こす要因です。そのため心療内科や精神科の医療現場でも、食生活の改善や栄養指導を取り入れるようになっています」
と話すのは、帝京大学医学部附属病院メンタルヘルス科の功刀浩先生。さまざまな検査・分析の結果、うつ病患者に不足しがちな4種の栄養素が判明。メンタル不調改善には欠かせない『タシテヨ食材』と名づけ、積極的な摂取を呼びかけている。
「『タシテヨ食材』とは、タンパク質・食物繊維・鉄・葉酸を豊富に含む食材のこと。どれも、ドーパミンやセロトニンなどの神経伝達物質の合成に欠かせない栄養素であるなど、きちんと補うようにすることで、心をポジティブに保てます」(功刀先生、以下同)
「タンパク質」は20種類のアミノ酸から構成されているが、その中には記憶や感情を司るドーパミンなど神経伝達物質の原料となるトリプトファンやフェニルアラニンといった必須アミノ酸も含まれている。
これらが不足すると、気分や感情に影響が出てしまうため、しっかりととっていきたい。
また、アミノ酸から神経伝達物質が作られる過程において「鉄」や「葉酸」も不可欠。
さらに、「食物繊維」は腸内細菌のエサとなり、腸内の善玉菌を増やしてストレス反応を減らす。腸活には必須だ。
「私が診察したある患者さんは、そううつ病で10年以上ひきこもり状態が続いていました。でも血液検査の結果、葉酸値が基準値より低いことが判明し、葉酸サプリを飲用するとともに、葉酸が豊富なレバーや納豆を積極的に摂取するよう指導しました。
すると、みるみる症状が改善、今では職場復帰を目指せるまでに回復しています」
このように、身体の栄養状態を確認し、食生活を見直したことで、活力ある毎日を送れるようになったという事例は少なくない。
もしも今、なんとなく気分が落ち込む、やる気が出ないといったメンタル面の不調を感じているようなら、まずは日々の食事内容を見直し、積極的に『タシテヨ食材』を取り入れてみたい。
心を元気にする栄養素4
・タンパク質
記憶や感情など、脳機能に重要な役割を果たすセロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の材料となるアミノ酸。体内で合成できないものも多いため、タンパク質として毎日の食事から補うことが重要。
・食物繊維
うつ病をはじめとする心の不調と腸内環境には密接な関係があることが判明。腸内環境を整え、ストレスに対処するためにも、水溶性・不溶性の2種類の食物繊維をバランス良く摂取することが大切。
・鉄
心を元気にする脳の神経伝達物質の合成に重要な役割を果たしており、鉄が不足するとうつ病のリスクが高まり、気分が落ち込みがちに。特に月経がある女性は鉄分不足が起きやすく、食事からの摂取を心がけて。
・葉酸
葉酸はビタミンB群に属する水溶性ビタミンで、鉄と一緒になってセロトニンやドーパミンなどといった脳の神経伝達物質の合成に関与する栄養素。特にうつ病との関連性が多く指摘されている。
脳と腸を活性化させる食べ方を
実際に、どのような食材を積極的にとればよいのか。
「意識してとってほしいのは大豆製品と魚、野菜、レバー、そして乳製品。特にヨーグルトですね。これらの食材は、メンタル不調の改善・予防に役立つ栄養素をバランス良く効率的に補えます」
これらのオススメ食材のとり方を、次からの項目で詳しく紹介。食事内容の見直しや改善に役立ててほしい。
大豆製品
豆腐や納豆といった大豆製品は、植物性タンパク質の宝庫。また不溶性食物繊維を多く含むほか、善玉菌のエサとなる大豆オリゴ糖も豊富と、いいことずくめ! ぜひ毎食1品は加えるようにして。中でも納豆は鉄分や葉酸も豊富なうえ、手軽に食事にプラスしやすい。
魚類
動物性タンパク質をしっかりと補えるだけでなく、EPAやDHAなど、脳を保護する脂質も豊富。これらのオメガ3脂肪酸は血液をサラサラにする効果も期待できる。
また、まぐろやかつおなどの赤身魚やあさりといった貝類には、鉄分も多く含まれているので、週3回くらいは摂取するよう心がけて。
野菜
1日350g食べることが望ましいといわれる野菜だが、実際にそれを実現できている人は全体の10~15%くらいしかいないのが現状。
食物繊維、ビタミン類をしっかりと補うことができるだけでなく、小松菜などの青菜には鉄分、ほうれん草やモロヘイヤといった葉物野菜には葉酸もたっぷり。
さまざまな栄養素を効率的に補うことができるので、パスタや丼物などの一品メニューには必ずサラダをプラスするなどのひと工夫を!
レバー
不足しがちな鉄や葉酸を効率良く摂取するなら「栄養の宝庫」ともいわれるレバーがオススメ。鉄分は豚、葉酸は鶏のレバーに特に多く含まれている。
また、必須アミノ酸やビタミンB1、B2、B6、B12などもたっぷり含まれているので、意識してメニューに加えよう。
乳製品・ヨーグルト
牛乳をはじめとする乳製品は日本人に不足しがちな食材で、タンパク質やビタミン類を効率的に補うこともできる。ヨーグルトは、腸内の善玉菌を増やし、腸内環境改善・ストレス緩和効果も期待できる。
毎日の食事にプラスしたい身近な食材
・タンパク質
タンパク質は【魚、納豆、ヨーグルト】魚や肉からとれる「動物性タンパク質」、ヨーグルトなどの乳製品や豆腐や納豆などの大豆製品からとれる「植物性タンパク質」をバランス良く摂取しよう。
・食物繊維、葉酸
食物繊維・葉酸は【サラダ】不足しがちな食物繊維や葉酸は海藻入りのサラダを食事にプラス。海藻は水分を吸収し、腸を刺激して働きを活発にしてくれるので、便秘対策にも。
・鉄
鉄は【卵・レバー】1日の推奨摂取量は女性で10.5mg(閉経後は6.5mg)。レバーや卵に豊富で、タンパク質も摂取できる。手軽にとれる青菜もオススメ。
ただ補うだけでなく「とり方」にも工夫を
メンタルの不調を癒し、うつ病のリスクを下げる食材を効率的に摂取できるメニューとして、オススメなのが玄米や雑穀米におみそ汁、魚や野菜を多く使った伝統的な和食メニューだ。
実際、野菜や果物、大豆製品、きのこ、緑茶を摂取する健康的な日本型の食事スタイルの傾向が高い人は、肉や卵、パンや菓子類を多く摂取する欧米型の食事スタイルの人よりもうつ症状が少ないという研究データもあるという。
「理想は、『タシテヨ食材』を使った昔ながらの和食メニューの食生活。でも忙しい毎日の中で、すべての料理を自分で用意するとなれば、それだけで気が重くなり、心の負担となってしまいます。
まずは毎日の食事に『タシテヨ食材』をプラスする、もしくは置き換えるというところから取り組みましょう」
例えば、忙しい中で手軽に済ませたいランチなどは、パスタやカレー、うどんなど、いわゆる一品メニューを選ぶことも多いはず。そんな時に少量の市販品でもいいのでサラダをプラスすれば、不足しがちな食物繊維を簡単に補うことができる。
また、毎日食べている白米を雑穀米や玄米に、食パンを全粒粉が入ったものやシリアルに替えるのも効果的。
「ポイントはなるべく自然の素材をとるようにすること。食品は加工すればするほど、心にも身体にも良い影響を与えないことがわかっています。
とはいえ、加工品を一切とらないというのは難しい面がありますので、その分、野菜や大豆製品などを意識してとるようにするようにしてください」
同時に、心に良い食材・栄養素をただ補うだけでなく、そのとり方にも気を配りたいもの。
大切なのは、食物繊維だけ、タンパク質だけ……など、特定の栄養素を重点的に補うのではなく、それぞれの栄養素をバランス良く摂取すること。そして、食事量も朝はしっかり、夜は控えめにするのがベスト。
また、食事をとることで体内時計がリセットされ、活動モードに切り替わるため、朝ごはんは必ず食べよう。
「例えば同じタンパク質でも、朝に摂取すれば、その後の日常活動で筋肉を使いますから、しっかりと筋肉となってくれます。でも夜は食べても後は寝るだけなのでエネルギー源として貯蔵されてしまいます。
また、夜食べすぎると肥満に直結し、肥満によってうつ状態が悪化することもわかっているので、夜の食事は控えめに」
毎日の食事は、できる限り誰かと一緒にとりたい。1人で食事をしていると、どうしても食べる速度が速くなる、スマホやテレビなどを見ながらよく噛まずに食事を続けてしまう可能性も。
「よく噛んで食べることは消化吸収を助け、効率的な栄養摂取につながるだけでなく、噛むことで脳の血行が促され、環境や記憶に関わる海馬や前頭葉が活性化するなど脳の健康にも好ましいことがわかっています。
また、ゆっくり味わって食べることで、血糖値の急上昇を防ぐこともできるので、糖尿病や肥満のリスクを減らすこともできるのです」
1人で食事をとる場合は、できる限りゆっくり、ひと口あたり30回はしっかりと噛むようにしたい。
手軽に「うつ抜け食品」の摂取を!
・白米→玄米
ビタミンやミネラル、食物繊維をより効率的に摂取するためにも白米や白いパンなど精製された食材ではなく、自然に近い玄米や全粒粉タイプを選んで。
・ジュース→緑茶
緑茶に含まれるテアニンにはリラックス効果や睡眠改善効果があるとされ、週に4杯程度の摂取でもうつ病抑制効果が期待できることがわかっている。
食べ方のひと工夫で心まで元気に!
・朝食はしっかり夜は控えめに!
食事をとると体内時計がリセットされ、活動モードに入るため、朝はしっかりと栄養をとることが重要。
反対に夜は栄養を多く摂取しても使われることなく身体に蓄積されてしまうので、控えめにして肥満も予防。
・食事は誰かと一緒に
食事は気の置けない友人や家族と一緒にコミュニケーションを取りながら楽しんで。誰かと一緒に食事すると早食いやながら食べを防げ、糖尿病や肥満の予防にも。
肥満なのに栄養不足、NG食品に要注意!
メンタルが不調になると、慢性的なストレスによって太りやすくなってしまう。さらに、肥満によってうつ病のリスクが1.5倍に高まることもわかっている。
また、うつと糖尿病、脂質異常症、メタボリック症候群についても同様の関係が認められており、メンタルを健康な状態に保つためにも、カロリー過多の食事をとっていないか見直してみよう。
肥満の要因には、日頃の運動不足や慢性的なストレスによる食欲増進作用なども挙げられるが、欧米化した高カロリー食が増えていることも大きい。
注意したいのがポテトチップスやカップ麺などのいわゆる超加工食品や、白米、白いパン、うどん、白砂糖といった精製された糖質。
「超加工食品や精製された糖質を使ったモノは、手軽で口当たりも良く、おいしさを感じやすいのでとかく過食しがち。
しかしこれらの食品は、その加工や精製の間にビタミンやミネラル、食物繊維といった心身の健康を保つ重要成分が削り取られており、『カロリー過多の栄養不足』を生む要因に。その結果、脳の調整機能にも悪影響を及ぼすおそれがあります」
また、野菜や果物の摂取が少ない、自炊せずほとんど外食で済ませる、1日1食もしくは2食しか食べないなどの『偏った食生活』は、心の健康を保つ栄養が摂取できず、うつ病発症につながるおそれも。
実際、うつ病患者には肥満にもかかわらず食物繊維やビタミン、ミネラル、アミノ酸などが不足している、栄養不足状態の人が多いこともわかっている。
「厚生労働省の調査によると、うつ病を含む気分障害の患者数は127万人を超え、30人に1人の割合で病院に通院や入院をしているといわれています。
※厚生労働省:平成30年度版『こころの病気の患者数の状況』より
こうした状況を生んだ要因のひとつが『偏った食生活』の広がりであり、これは自分の心がけ次第でいつでも見直し、改善することができます。
もし、今、だるい、つらいといった症状にお悩みなら、ぜひできるところから少しずつ取り組んでみてはいかがでしょうか」
メンタルにも悪影響食べすぎNG!要注意食品
以下のリストにある食品をよく食べている人は注意が必要。落ち込みやすい人、やる気が出ない人は食べすぎていないか要チェック。
・超加工食品
ポテトチップスやカップ麺などの加工を繰り返した「超加工食品」は、手軽で味も良く、食べやすい反面、カロリーや塩分過多になりやすく、肥満の原因に。肥満はうつ病のリスクを高めるので、食べすぎないで。
・精製された糖質
白米や小麦粉(パスタ、パン、うどん)、白砂糖など、精製された糖質はそのおいしさから過食しやすい一方で、摂取できる栄養素が少ないため、「太っているのに栄養不足」の状態を引き起こす要因に。
・砂糖たっぷりのお菓子やジュース
市販されているケーキやキャンディーなどのお菓子類や甘いジュースには精製された糖質である白砂糖がたっぷり。とりすぎると高血糖を招き、糖尿病や肥満に直結するおそれも。
(取材・文/大野ルミコ)