「時代劇をほとんど地上波で見ることができなくなった今、大河ドラマが“最後の砦”と思っていましたが、最近は重厚さがなくなったと感じます」
大河ドラマに戦国時代のような時代劇を
こう語るのは、大河ドラマを30年以上見続けてきた40代の女性。現代・近代の偉人を主人公にした作品も増えてきたが、この女性のように大河ドラマに戦国時代などの時代劇を求める声は少なくない。しかしーー。
「物語の“重み”は以前に比べて、なくなってきている面はあると思います」
こう話すのは、ドラマ評論家で大河ドラマ『どうする家康』のノベライズ本の著者でもある、木俣冬さん。
「過去約10年を振り返ると大河ドラマで、原作があるのは林真理子さんが書いた'18年の『西郷どん』だけ。'12年の『平清盛』から『西郷どん』を挟んで今回の『どうする家康』まで、すべてがオリジナル作品なんです。
やはり長編小説として書かれた作品は、長い時間をかけて取材し、史実などをきっちりと調べてあります。そういった作品を元に脚本を書くと、物語が濃密になります」
では、オリジナル作品の場合はどうなのか?
「NHKさんも放送2年くらい前から準備を始め、下調べをして脚本家は1年以上かけて書きますが、長編小説を書く“専門家”の作家に比べたら、かけられる時間はどうしても少なくなるのでは。そうなると、ストーリーやキャラクターの“深み”はやはり原作があるものには勝てませんよね」(木俣さん、以下同)
きめ細かい時代考証や史実との整合性など、重厚な作品を見たいという時代劇ファンからすると、オリジナル作品は物足りないのかもしれない。
現在放送されている『どうする家康』はNHK大河ドラマの62作目。新しい家康像を、と意気込みを見せて始まった作品だが、3月12日に放送された10話目は、ある意味、視聴者の度胆を抜いた。
「家康の側室選びに、まるまる1話を使った回ですね。私も台本読んだとき驚きました(笑)。側室として選ばれたお葉が、実は男性を愛せない人だった、と。ジェンダーレスについてNHKさんも、いろいろ考えていますよ、という意思表示なのでしょうか(笑)」
だが、意外にも若い世代の反応はよく、SNSでは「これまでの話の中でいちばんおもしろかった」「楽しい大河ドラマ、最高!」といった声も。
「NHKさんにとって、若者世代を繋ぎ止めることは、ある意味ジェンダーレス問題よりも解決困難な課題。難しげな歴史的なことには興味がない層に対して、夫婦の問題をおもしろおかしく描いたり、家康が母親や妻から手痛い仕打ちを受ける姿を見せて笑いを取るーー。
脚本の古沢良太さんがご自身の作品『コンフィデンスマンJP』で書いたような感じで、テーマ性や人物のバックボーンよりも、状況が転がっていく展開のおもしろさを局側が求めたのかもしれません」
壮大なホームドラマ『どうする家康』
戦国武将の夫婦を中心にした“壮大なホームドラマ”。『どうする家康』では、家康の妻・瀬名の登場以来、家康と絡む場面も多い。過去の大河ドラマでも武将の妻の視点から描かれた作品は人気の高いものもある、と木俣さんは振り返る。
「橋田壽賀子さんが書いた『春日局』、田渕久美子さんの『篤姫』など、夫婦や家族にスポットを当てた作品は、女性が見るようになるとヒットするというジンクスがあります。ただ、今回の夫婦の見せ方は、このような作品とは少し違うかなと。
古沢さんには『デート~恋とはどんなものかしら』という異色の恋愛モノの傑作があります。この作品のように古沢さんは、捻ったキャラクターや、体制側を皮肉ることで生き生きする作風なのですが、それとも違う新しい描き方で徳川家康と瀬名像を模索しているのかもしれません。ほっこりするいい夫婦ですけどね」
徳川家康を主人公にした大河ドラマは、実に40年ぶりのこと。'83年の『徳川家康』は、「大河ドラマは近代路線に移行する」と“時代劇大河”最後の作品として企画されたものだった。そんな徳川家康という題材を、敢えて取り上げたのは、若者世代にファン層を広げたいという局側の、新たな取り組みとしての思いが強いのかも。
歴史モノの重厚さと、エンタメ性の両立。これから変わっていくであろう大河ドラマの“行く先”を木俣さんはこうあってほしい、という希望を込めて話す。
「時代劇に対してのイメージが変わってきているのではないでしょうか。'05年にゲームから始まり、その後ドラマなどに展開された『戦国BASARA』や、'15年には刀剣を擬人化し、ゲーム、舞台などで注目を集めた『刀剣乱舞』のように、ある種の2次創作の世界に入ってきていると感じます。
ストーリーの軸をしっかりと考えた上で、空想の世界をふんだんに入れた作品を見てみたいですね。それこそ、大河版『刀剣乱舞』をやってみたらどうでしょう(笑)」
『どうする家康』でも、5話の服部半蔵と本多正信が駿府に潜入して瀬名を奪還しようとしたことや、10話の側室選びのエピソードなど、フィクションの部分が史実以上に話題になっている。これはまさに、2次創作としての新しい時代劇なのではないだろうか。
こうした物語の進行に賛否両論はあるが、「古沢さんなら、必ず後半戦に“おお!”と思わせてくれると信じている」と木俣さんはこう続ける。
「大切なのは歴史モノや小説、大河ドラマに対する制作者たちの“愛”なのだと思います。ゼロから作るのではなく、これまで積み上げられてきた歴史と大河ドラマへの愛情を元に、物語を再構築した作品を見てみたいですね」
<取材・文/蒔田 稔>