一部のユーチューバーが広告収入の減少を告白したことをきっかけに、度々オワコン化の報道が見受けられるYouTube。だがYouTubeショートは開始1年で絶大な人気を集めており、10〜20代にとって動画といえば、もはやテレビではなくYouTube。
そんな中、シニア層のユーチューバーによる投稿がじわじわと増えている。内容は、若者や芸能人が発信するような「〇〇してみた」といった企画ものではない。カメラを通して日々の生活を記録に残すブログのようなもので、女性の投稿者が目立つ。
彼女たちは例えば「60代シニア」といった肩書のもと、少ない収入をどうやりくりするかなど、自身の等身大の暮らしを発信。一見、後ろ向きに思える内容だが、中には再生数が100万回を超える動画もあり、コメント欄もにぎわっている。
なぜ、著名人でもない一般人の日常を切り取った動画が再生数を稼いでいるのか。実際に年金受給額について語る動画を投稿する、60代のシニアユーチューバーに話を聞いてみた。
アルバイト3つ掛け持ち、リアルな収支が大反響
その名のとおり、波乱万丈な人生を送ってきた60代後半の女性(以下、波乱万丈さん)が投稿するチャンネルが『60代未亡人の波乱万丈人生』。
2021年8月の投稿開始以来、動画の総再生回数は1204万回を超えている。現時点での登録者数は、3万4700人(2023年3月現在)。特に人気のある動画は、「貯金額公開」「通帳公開」「収入公開」などのお金の話だ。プロフィールには、「貯金0、年金月2万円で暮らしている」と書かれている。
「“60代で未亡人”そんな人の貯金額はどのくらいあるのだろうと思われている方も多いかと思ったんです。私自身も、みなさんの貯金額には興味がありますし。ただ、そういったお金の話を面と向かってする機会なんてなかなかないですよね。だからこそ、動画にしてみようという思いがありました。それに、貯金0の私でも、なんとか毎日がんばって生きているよというのを発信して、皆さんにも生きる勇気を持ってもらえたらとも……」
さっそく、約96万回再生されている動画「収入公開 年金予定額が少なくバイト3つの日々」(2021年10月配信)を見てみると──。
電卓を前にした波乱万丈さんの後ろ姿が画面に現れ、「私は30年前に夫を亡くし、今は子ども達も大きくなり、一人暮らしです」というテロップが流れ始めた。いわく、「貯金はなく、65歳になって支給される年金の予定額も月わずか2万円なので、とにかく働いて日々の生活費を稼がないと生きていけない状況。そのため、アルバイトを3つ掛け持ち中」だという。以下は、動画の中で公開されている、実際にその月に支払われた給与である。
1つ目のアルバイトは、スーパーでのレジ打ちと品出し。週5日、午前10時〜午後2時の勤務で、月5万〜7万円程度。
2つ目は、倉庫での雑用作業。週4日、夕方17時〜夜21時の勤務で、月5万〜6万円。
3つ目は、知り合いの店での雑用。人手が足りないときだけの、完全不定期の出勤。
合わせて、年金保険料などを除いたこの月の収入は、計11万1547円。
いくら地方在住とはいえ、これでは、大人1人が生きていくのに余裕があるとはいえない稼ぎだが、波乱万丈さんは、節約に余念がない。
自分が85歳まで生きると想定すると、必要な貯金額は720万円であると試算。そのために、アルバイトで得た収入から、毎月2万〜3万円を貯金にまわしているのだ。
チャンネル内には、ほかにも、そのためのお金のやりくり紹介動画、月々の支出の公開動画なども上がっていた。
“ぼっち”の老後を視聴者が“見守り”
YouTubeチャンネルを始めたきっかけは、息子からの提案だったと波乱万丈さん。
「ちょうどコロナが蔓延し始めた頃で、私は、それまでずっと続けてきた縫製の仕事を失って、すっかり落ち込んでしまっていて。そんなときに息子が、何かやってみたら?と。それまでもYouTubeはときどき見ていて、同世代くらいの人たちが自分の生活について発信したりしていることは知っていました。それで、私もやってみたいという思いがめばえて、見よう見まねで始めてみたんです」(波乱万丈さん、以下同)
スマホ2台と三脚を使った動画の撮影方法や編集の仕方は、最初は息子から教わり、今は撮影から編集までをほとんど1人で行っている。
「もちろん、少しでも収入の足しになればいいなという思いはありました。私は、夫を早くに亡くしていますし、夫が自営業だったために、年金受給額がとても少ないんです。夫が亡くなってからは私が働いて、なんとか子ども2人を育て上げましたが、シングルマザーに対して理解のない時代でしたし、途中で病気をして働けない時期もあったりして……貯金はおろか、将来のための年金保険料を支払う余裕は、いつだってまったくありませんでした」
彼女の人生は幼少期から波乱万丈だった。九州の小さな離島で、3人きょうだいの真ん中として生まれたが、母親が職場の男性と不倫の果てに失踪。父も脳梗塞で倒れてしまい、中学生のころには生活保護に頼らざる得ない生活を送っていたという。そのときの経験もあって、波乱万丈さんは、自身が生活保護を受けることについては、今も消極的だ。
「視聴者さんの中には、絶対受けたほうがいいとおっしゃる方もいるのですけど、生活保護は、当時の私たちのように、本当に必要な家庭で使って欲しいと思っています。私は、まだ体力的に働けないわけではないですし、お給料はささやかですけれど、私にとって働くことは生きがいなんです。だから、そう思えているうちは自分で頑張って、本当にそれもできなくなったときには、と考えています」
中学校を出てからすぐ集団就職で島を離れ、父が亡くなってからは弟の面倒をみるため島に戻り住み込みでウエイトレスとして働いた。弟が独立するまで面倒をみた彼女は、友人たちと出かけた旅先で運命的に出会った25歳年上の男性と結婚する。植木の剪定などの園芸を生業とする人だった。
「すごく年が離れていましたので、最初は不安もありましたけど、とても優しい人でした。子どもも2人授かって……短い結婚生活でしたけど、幸せでした」
夫は波乱万丈さんが34歳のとき末期の肺がんで、つらい闘病の末に他界。
娘は10歳、息子は8歳だった。シングルマザーとして働き始めるが指定難病を患い、数年間、まともに働くことができなくなってしまう。
初孫の誕生が転機に
「この期間は、夫が残してくれた貯蓄を切り崩さざるを得ませんでした。遺族年金は出ていましたが、自営業でしたので子どもが18歳になるまでしか受け取れないという条件つきでしたし、教育費が何かと入り用で、やむなく借金も……。正直言って、とても年金保険料を払えるような状況ではありませんでした」
そんな夫が残した家を手放しつつも、娘と息子は立派に育ち、ともに結婚もした。波乱万丈さんは、知り合いが安く提供してくれている借家で1人、余生を過ごすことに。 最初はお金がなくともつつましく暮らせばよいと考えていたが、初孫が生まれたことが大きな転機となった。孫になにかをねだられたら? 助けてほしいと言われたときに1円も渡せなかったら……?
そこで踏み出した一歩が、「75歳までに720万円の貯金を作る」という目標の設定とYouTubeだったのだ。そして、気取ることなく赤裸々に、等身大の自分のエピソードを公開し始めた波乱万丈さんだったが、思った以上の反響に、心底驚いたという。
「まさか、ここまでたくさんの方に見ていただけるとは正直思っていなくて……。それに、視聴者の方々が、コメント欄を通じて、いろいろ教えてくださったのも、とてもありがたいことでした。例えば、健康保険料の減税申請のこと、受け取りそびれていた遺族年金のこと、寡婦年金のことなどです。ちゃんと手続きをすれば、今からでもいくらか受け取れるはずですよ、と。
それで、皆さんからいただいたアドバイスをもとに、実際に動いてみることにしたんです。その経過も動画で共有しながら。そうしたら、時間や手間はすごくかかりましたけど、最終的に、けっこうまとまった額を受け取ることができたんです」
また、65歳になったときには、3つのアルバイトのうち、主な収入源だったスーパーを、年齢のために辞めざるを得なくなった。そのときも、YouTubeの視聴者に助けられたという。かつて縫製の仕事で使っていたミシンで、気分転換にエコバッグを作る動画を配信したところ、視聴者から、「そのバッグを買いたい。販売用に作ってほしい」という要望が寄せられたのだ。
「これも、本当にありがたいことでした。それで今は、少量ずつですが、セミオーダーでエコバッグを作って販売するという仕事も、ネット上で始めました」
遺族年金、寡婦年金、エコバッグの売り上げ、そしてYouTubeの収入……。これらを貯金にまわすことで、波乱万丈さんの貯金額は、確実に目標に近づいてきているという。一昨年末には30万円だったものが、現在、貯金は401万円になったと3月16日にアップした動画で報告している。波乱万丈さんをほっとけない!という声が、彼女の人生を好転させたのだ。
「本当に、YouTubeを始めてよかったなと思っています。視聴者さんは、私にとっては宝物です。一体、何を皆さんにお返しすることができるのか──。せめて、おかげさまで元気にやっております、とお伝えできればとは思っているんですが……」
共感と応援。温かみあふれるコメント欄
彼女の動画には、本人は一応登場するものの、たいてい後ろ姿や手元、足元だけで、顔出しはしていない。ゆったりとしたバックミュージックに、文字テロップが流れるだけなので、本人の声も入っていない。
それでも、その佇まいや文章から伝わってくる彼女の人柄に惹かれ、またその境遇に共感し、応援するファンは少なくない。事実、波乱万丈さんのチャンネルのコメント欄は、いつも人の温かみに満ちている。
例えば、今年の2月に投稿された「年金2万円の晩ごはんを公開します」。
動画の内容は、倉庫でのアルバイトを終えた波乱万丈さんが、職場から帰宅し、こたつで夕食をとるまでの、なんでもない日常風景だ。この日の晩ごはんのメニューは、サバのトマト煮込みとツナサラダ。しめて300円弱という質素な食事だが、これに焼酎のお湯割りで晩酌するのが、波乱万丈さんの何よりの楽しみなのだ。昨年から加わった同居人、保護猫りんちゃんの存在も、癒やしとなっている。
そんな動画のコメント欄は──。
《お仕事お疲れさまです。主さんと同じ年齢、同じ未亡人で私も低年金です。もちろん、パート、アルバイトをしています。いつもユーチューブ見て、励まされています、お互い頑張りましょうね》
《私も60代半ばになりました。食事を作るのが少しづつ億劫になっています。量も減り、私自身は揚げ物などあまり食べなくなりました。主人や娘がいるので作りますが手の込んだものは作れなくなりました。どうかお体ご自愛ください。動画楽しみにしています》
《71才の夫婦2人暮しの年金生活者です。お勧めのサバ缶レシピを紹介しますね。(略)お酒のおつまみにもご飯にも良く合うので試して頂いたら嬉しいです》
などなど。
若い世代が中心のように思われがちなYouTubeだが、シニア世代の視聴も多い。もしかすると、彼らのほうが、デジタルネイティブといわれる10代、20代よりも、ふだんの生活で孤独を感じ、人とのつながりを求めているのかもしれない。
波乱万丈さんの動画チャンネルは、そんな彼ら彼女らのプラットフォームでもある。