甘いものは太る。これはダイエットの常識でもあるだろう。
では、その逆はということで、辛いものなら太らないと考える人もいる。実際、そのあたりを利用したダイエット法はかなり以前から提唱されている。
“激辛食材でやせる”は本当か?
10年前には男性週刊誌に、
《北海道大学が解明!唐辛子ダイエットが脂肪がどんどん燃え上がるいちばん安心確実な方法だった》
という記事が掲載された。唐辛子に多く含まれるカプサイシンが、身体を温め、発汗を促し、脂肪を燃えやすくすることに着目したものだ。
そんな唐辛子を使ったポピュラーな食べ物といえば、キムチ。本場は韓国で、韓国の芸能人もスリムな印象がある。このことも影響してか、韓流ドラマやKポップを好きな日本女性のあいだで、辛いものは太らないというイメージが広まっているようだ。
が、水を差すようなことを言ってしまうと、辛いものには食欲増進効果もある。白米やパン、麺などの炭水化物にも合うので、逆に太ってしまうことにもつながりやすい。
また、その人にとっての適量を超えると、胃腸や食道などにダメージがもたらされる。ほどよく摂取して、ダイエット効果だけを得るというのは難しいのだ。
というのも、辛いものには依存性がある。他の味に比べても、その依存性は強力だ。
なぜなら、辛味というのは「味覚」ではない。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5種類が生物学的にいうところの味覚であり、舌にある味蕾で感知するものだ。
一方、辛味は味蕾で感じることができず、ヒリヒリとして熱いことによる痛みが心地よさに変換されるという。つまり、痛みの快楽だ。
こういうものと上手に付き合っていくのは容易ではない。「快楽漸減の法則」というものがあって、同じことの繰り返しでは満たされなくなり、エスカレートするか飽きるかのどちらかに向かいがちだ。辛いものに強くなるというのは、今どきの言葉でいう「沼にハマる」という状態でもある。
中森明菜や鈴木亜美、激辛好きな芸能人
芸能人にも、激辛好きで有名になった人がいる。中森明菜(57)がそうだ。
16歳でデビューしたころはプリンやアイスクリーム、メロンなどを好物に挙げていたが、トップスターとなり、失恋による自殺未遂騒動も起こした20代なかばの時期、激辛好きが報じられるようになった。七味唐辛子やペッパーソース(タバスコ)の瓶を持ち歩き、外食先では1本丸ごと使うとか、その後、わさびにもハマり、すりおろしたわさびだけを熱燗のつまみにしたり、大量のわさびを入れた焼酎を飲んだりしていることも紹介された。
激辛好きになったきっかけは、ダイエットのためとも、ストレスで衰えた食欲の増進のためともされる。2010年に体調不良で活動を休止した際には、こうした食生活も原因ではという見方が浮上。例によって、七味唐辛子をひと瓶全部入れた真っ赤なきつねそばを食べていた、という目撃証言も飛び出した。
そんな芸能人がもうひとり。アイドルとして活躍していた榎本加奈子(42)だ。
テレビで肉が沈みそうなほど七味唐辛子をかけたカレーうどんを食べてみせ、
「1日1本、使うこともありますよ。みんなが変だって言うから、人前ではあまりやらないけど」
などと発言。彼女は「やせの大食い」だそうで、辛ければ辛いほど食欲が増すとも言っていた。
なお、榎本はそのスレンダーな体形でも人気だった。明菜もデビュー当時は体重が50キロ台後半まで増えるなど、アイドルとしてはぽっちゃりぎみだったが、その後、やせ形に変身。ツイッターでは現在、彼女の筋肉美を愛でる「#中森明菜筋ふぇち部」というタグも生まれている。
最近では、鈴木亜美(41)が激辛好きタレントとしてテレビやユーチューブで人気だが、アイドル時代と変わらないスリムな体形をキープ中。昨年、第3子を出産後もすぐに元の体形に戻していた。
こうした芸能人の存在も、辛いものは太らないというイメージにひと役買っているわけだ。
一方、激甘好きでやせている芸能人というのはほとんど見当たらない。むしろ、ぼる塾の田辺智加のようなぽっちゃりタイプの女芸人が無類のスイーツ好きを活かして「ラヴィット!」(TBS系)などで活躍していたりする。
もし、やせているアイドルや女優が甘いものに目がなくて、などと発言しても、半信半疑になる人が多いだろう。それくらい、甘党・辛党と体形をめぐるイメージは固定されているのだ。
そこがまた、ダイエットの問題をややこしくしている。やせにつながるという先入観から、ただでさえ依存性が高い激辛にハマる人もいれば、甘いものを避けるあまり、その反動で激甘に溺れるようになる人もいるからだ。
食事に関する依存症
「痩せ姫」と呼ばれる人たちのなかには、そういうケースが目立つ。やせることにこだわり、食や美をめぐって葛藤する人たちのことだが、味の好みも極端になりがちだ。
そもそも、ダイエットは心身をコントロールしたい欲求のあらわれ。身体をデザインして、心を安定させたいという行為だが、ダイエット自体が心身への負担にもなる。
そこで、極端な味によって「食べた!」という感覚を満たしたり、ストレスを紛らわせたり。ただ、そのうち、バランスが崩れ、制限型拒食や排出型拒食によるやせすぎ、過食による太りすぎへとつながったりもする。
例えば、ある20代女性は太りやすいものを徹底してとらないことでBMI値12.5という痩身を手に入れたが、その結果、週に1、2度、食べ吐きをするようになった。そのとき食べるのはもっぱら、菓子パンやケーキなど、ふだん我慢しているものだ。
「とにかく甘いものが食べたくなって、たとえ真夜中でも、暴風雨のなかでも買い出しに行ってしまう」という彼女は、
「私にとって、麻薬のようなものなんです。甘い味が舌やのどに当たる感じってなんともいえず心地よいし、あんこや生クリームのなかに埋もれていると、心が安らぐんですよ」
と言う。甘味にも、依存性はあるのだ。
ちなみに、米国のセラピスト、A・W・シェフの著書『嗜癖する社会』には、
《物質であろうとプロセスであろうと、ほとんどあらゆるものが嗜癖の対象になり得る》
とある。食に限らず、酒やタバコ、ギャンブル、買い物など、人間は何かに嗜癖しながら生きていて、それがエスカレートすると、依存症などと診断されるわけだが──。なかでも、生活に最も身近で欠くことのできない食への依存は厄介だ。
辛味や甘味以外に、薄味に徹底してこだわる人もいるし、肉食を完全否定する「ヴィーガン」と呼ばれる人も。さらには、無農薬や無添加でないと受けつけないという「自然食」派の人もいて、食への依存をめぐる状況は多岐にわたっている。
自然食といえば、現代人にとって最も刺激的なのが「自然の味」なのかもしれない。「文明の味」に慣れてしまい、自然にまで嗜癖するという不自然な存在が人間なのだ。
ただ、過ぎたるは猶及ばざるが如し。激辛好きの弊害はすでに述べたとおりだし、激甘好きにも糖尿病などのリスクがある。ヴィーガンが栄養不足になる話もよく聞くし、ほどほどが肝心なのだろう。
そんななか、ヘルシーで太りにくいといわれるのが、和食。実際、日本人は長寿だし、日本の女性は世界のなかでもやせているほうだ。
とはいえ、現代女性のやせ願望、その根底にある、美や生きづらさをめぐる葛藤は根深い。世界に誇れる和食でも、解決できるものではないのかもしれない。