KDDIのCM「au(英雄)三太郎シリーズ」に、あのちゃんこと「あの」が登場している。2015年から続く人気CMへの起用は、彼女が新たな「不思議ちゃん」として認知され始めた証しだろう。と同時に、この類いのキャラの根強い需要も感じさせる。芸能界では「不思議ちゃん」枠とでもいうべきものがあり、そこに座る人気者が面白がられてきたからだ。
そのルーツであり、かつ、最大の存在が黒柳徹子。あのは中学時代は保健室登校だったというが、黒柳も小学校になじめず、転校を余儀なくされた。
そんな生い立ちを綴った『窓ぎわのトットちゃん』は、戦後最大のベストセラーに。また、冠番組の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)では、トーク番組の聞き手でありながら芸人にムチャブリをしたり、スポーツ選手にとんちんかんな質問をしたりなど、マイペースぶりを発揮している。もうひとつ『世界ふしぎ発見!』(TBS系)というレギュラー番組もあるが、彼女自身が世界に誇るべき国民的不思議ちゃんだ。
「不思議ちゃん」の流れを変えたお笑い
ちなみに、彼女はテレビ放送が始まった年にNHK放送劇団に入団。テレビ女優第1号としても知られるが、これは偶然ではない。ラジオだけの時代には不思議ちゃんは生まれにくかった。目で見てわかる雰囲気を含めたキャラ全体が、その魅力だからだ。
とはいえ、本格的に面白がられ始めるのは1980年代の半ばから。それ以前にも、イラストレーターの水森亜土や実業家の大屋政子さんみたいな人はいたが、女優や歌手はまだいじられる存在ではなかった。自分の芸名(悠木千帆)をオークションにかけた樹木希林さんや、できちゃった婚をするにあたって「卵で産みたい」と語った秋吉久美子なども「面白い」よりは「ビックリ」の要素が大きかったのだ。
そんな流れを変えたのは、お笑いだった。ビートたけしにタモリ、明石家さんま、いわゆる「ビッグ3」の出現とフジテレビの快進撃だ。『オレたちひょうきん族』や『笑っていいとも!』など、アドリブ重視のバラエティー番組が女優や歌手、あるいは女子アナの天然ぶりを引き出し、一種の芸にしていった。
松本伊代が自著を紹介する際に放った伝説的名言、
「まだ読んでないのですけど」
が飛び出したのも『オールナイトフジ』でのこと。'84年の暮れという、まさに'80年代の折り返し地点だった。
これには'80年に始まったアイドルブームで、アイドルが飽和状態だったことも大きい。生き残りたいアイドルたちが新設の「不思議ちゃん」枠を目がけて殺到したのだ。
“いじられ役”の成功者が続出
そこで成功したのが、三田寛子や山瀬まみ、西村知美、佐野量子といった面々。なかでも西村は不思議ちゃん好きのさんまに気に入られ、中村玉緒や浅田美代子らとともに格好のいじられ役となった。『さんまのSUPERからくりTV』(TBS系)で共演した関根勤も最近、ネットニュースのインタビューでこう振り返っている。
「クイズで、浅田さんや知美ちゃんが押そうとしたら、僕はなるべく引いてました。2人とも誰も考えつかない答えを出してくれますからね」
そういえば当時、西村が『おしゃれカンケイ』(日本テレビ系)に出演した際、蛭子能収にイラストを描いてもらうことになった。お題を求められると「じゃあ、口内炎で」と答え、さすがの蛭子も一瞬、あっけにとられていたのを思い出す。
また、不思議ちゃん革命にひと役買ったフジテレビは自局のオーディション番組『ゴールドラッシュ』で逸材を見いだした。初代チャンピオンとしてデビューした千秋だ。コラムニストのナンシー関さんは、週刊誌のコラムでこんな見解を述べた。
「かわいい不思議ちゃん、というのはオヤジが最も弱いパターンである。『ゴールドラッシュ』で千秋を合格させたのは誰だ」
たしかに、華原朋美をシンデレラにした小室哲哉も16歳年上の「オジサン」だった。
'90年代にはほかに、鈴木蘭々なども登場。自ら作詞したデビュー曲『泣かないぞェ』には不思議ちゃんならではのセンス(?)が感じられる。
さらに、2000年代にかけては山口もえがブレイク。マツモトキヨシのCMで演じた「なんでも欲しがるマミちゃん」は出世作にして代表作だ。
そんななか、小倉優子のように、キャラなのか素なのかよくわからない人も出てくる。のちのローラやきゃりーぱみゅぱみゅもそうだが、ある意味、戦略的に不思議ちゃんっぽく振る舞うのも有効なのだろう。
これはその定義があいまいなことも関係している。奇行が過ぎれば「プッツン」と呼ばれ、恋愛スキャンダルを起こせば「魔性の女」。それ以外にも「ぶりっこ」や「おたく」「腐女子」「かまってちゃん」「メンヘラ」などとの区別が難しいケースがあり、純然たる不思議ちゃんを決めるのは容易ではない。
なかでも、ややこしいのが「おバカ」との境界線だ。いや、特に境界を定める必要はないのだが、一緒にしてしまうのでは雑すぎる。ただのおバカにはない、それこそ不思議さを見せてほしいのだ。
不思議ちゃんには意外な“強み”も
例えば、アスリート系。丸山桂里奈には、サッカーの基本であるオフサイドも把握できないまま世界一になってしまったという不思議さがある。
また、浜口京子はあの有吉弘行のお気に入り。『有吉くんの正直さんぽ』(フジテレビ系)では新春SPに4年連続で呼ばれているほどだ。この番組の常連である坂下千里子も「京子ちゃんは最強だから」と一目置く存在。有吉の壁をも軽々と超えるのが、本物の不思議ちゃんだ。
スポーツつながりでいえば、長友佑都選手の妻でもある平愛梨もかなりのものだ。『おしゃれイズム』(日本テレビ系)に出た際、片仮名を覚えられないことが判明。「アンタッチャブル」が「アンタッチャップル」になるのはともかく「チュッパチャップス」を「プッチャパッチュプス」と言っていた。この言語感覚は、滝沢カレンにも匹敵するのではないか。
かと思えば、はいだしょうこが『おかあさんといっしょ』(NHK総合)時代に描いたスプー(番組のマスコットキャラ)の絵もすごかった。歌のおねえさんだけで終わる人が多いなか、彼女はこの芸術的才能(?)でタレントとしても開花する。
なお、不思議ちゃんには、同性から嫉妬されにくいという強みもある。恋愛や結婚においても、玉の輿に乗るタイプは少ない。むしろ、縁遠かったり、こじらせたりする人が目立つのだ。
おそらく異性関係に限らず、人付き合いが得意ではないのだろう。実際、AKB系や坂道系といったグループアイドルからは不思議ちゃんがあまり生まれていない。そもそも、グループ活動には向かないともいえる。今をときめくあのにしても、ゆるめるモ!時代にはマニア受けにとどまっていた。
ちなみに、彼女は一人称が「ぼく」で年齢は非公表。性別や年齢を超越したがるのも、不思議ちゃんの傾向だ。また、かつての戸川純やCoccoを思わせるところもあり、これらの要素は多様性が尊ばれる最近の時流にも合致。あののような不思議ちゃんに、今は追い風が吹いているのではないか。
そういえば、代表曲のタイトルも『ちゅ、多様性。』。今年の大みそかには「紅白」で不思議ちゃんぶりをふりまいているかもしれない。