日本全国で書店の閉店が止まらない。出版科学研究所によると2000年と2022年の書店の店舗数を比較すると約半分に減っている。そんな中、小さいながらも品ぞろえを充実させ、独自の魅力を放つ「小さな書店」が増え始めている。本は利益率が低い商品。どう利益を生み出しているのだろうか? 「小さな書店」の利益構造を探った。
書店閉店のニュースが絶えない。書店調査会社のアルメディアによると、2000年には2万1495店あった書店が、2020年には約半数の1万1024店まで激減している。
“小さな書店”の開業数は近年増加中
今年1月31日に『MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店』が12年の歴史に幕を下ろすなど、近年は都心の大型書店の閉店も目立つ。
「たしかに全体の書店数自体は減少していますが、その一方で、いわゆる独立書店と呼ばれる、小規模ながらも独自の個性を発揮して店づくりを行う“小さな書店”の開業数は近年増加しつつあります。私が知る限りの開業数だけでも、2015年には6店だったのが、2021年には79店の書店がオープン。2022年は50店と、勢いが少し落ち着いてはいますが、全国で小さな書店が相次いで生まれているという実感があります」
そう教えてくれたのは、本屋ライターの和氣正幸さん。各地の書店について取材執筆を続けながら、自身も『BOOKSHOP TRAVELLER』という書店を経営している。では、近年新しく生まれた小さな書店にはどういった特徴があるのだろうか。
「新刊書店もあれば、古本を扱う書店、ジャンルやテーマを絞って取り扱う書店、イベントスペースを設けてサロン活動をする書店など、そのスタイルは実に多様。独立書店の厳密な定義づけは難しいものの、従来の枠にとらわれず、新しい発想で自由に経営している書店と考えればわかりやすいかもしれませんね。既存の大型書店やチェーン書店とは異なる魅力と個性で、厳しい環境下でも本に携わっていきたいという“意志のある書店”ともいえると思います」(和氣さん、以下同)
一般的に厳しいといわれる書店経営。理由のひとつとして、本や雑誌の利益率の低さが挙げられる。書店は取次と呼ばれる卸業者を介して出版社から商品を仕入れるのが基本的なルートだ。売り上げの約8割を出版社や取次会社に支払うため、書店の粗利益は2割から3割程度と小売業のなかでもとりわけ低い。
「いわゆる薄利多売を試みようとしても、現在では本や雑誌はそう多くの数が捌けるような商品ではありません。小さな書店が少ない粗利から家賃や人件費を捻出したうえでしっかり黒字で収めるのは、実際のところ厳しいという構造的な難しさはありますね」
本をただ売るだけでは、なかなか儲けが上がらないというジレンマを抱えている書店業界。大型書店も例外ではなく、店頭での書籍雑誌の売り上げ以外のところで収益源を持っている場合がほとんどだ。
近年開業が相次いでいる“小さな書店”も同様で、本の売り上げにプラスして、例えばカフェを併設したり、本以外の雑貨を取り扱ったり、さまざまな試行錯誤によって経営を続けている。
サービスの増加で書店開業の障壁は低くなっている
和氣さんの『BOOKSHOP TRAVELLER』も、「棚貸し」という珍しい形態の書店。作家やクリエイター、個人の無店舗本屋や出版社などに棚の一区画を貸し出し、店内では各出店者がセレクトした書籍を自由に手に取ることができる。いわば、棚単位で小さな本屋が集まった複合書店だ。
「棚貸しというビジネスモデルは、店舗の棚を月額でレンタルすることで固定収入を得られるという仕組みで、2017年に開店した『みつばち古書部』(大阪市阿倍野区)がこのスタイルの源流になると思います。私の店ではシェアしている棚以外のスペースでは、自分でセレクトして仕入れた新刊を売っているので、小売業としての面ももちろんありますが、たくさんの方と棚を通して緩くつながっていくコミュニティー運営の側面が強い、業態でもありますね」
本のセレクトやディスプレーの方法など、棚をどう使うかは出店者の自由。店内を歩いてみると、それぞれの店主の思いがつまった棚が並んでいて、一度にたくさんの書店を訪れたような感覚になる。
「店のコンセプトは“本屋のアンテナショップ”で、店名もいろんな本屋を旅するように楽しんでほしいという思いを込めて名づけました。月額の棚貸しだと、目先の売り上げばかりにとらわれずに“本屋を紹介する本屋”を実現できますし、棚主さんとのコミュニケーションも楽しいです」
小さな書店の開業が増えた背景には、仕入れルートの多様化という変化もある。そもそも新規書店が大手取次に口座を開く場合、「信任金」という初期費用がかかる場合がほとんどで、それが個人書店の開業の足かせとなることも多かった。
しかし近年は、楽天ブックスネットワーク株式会社が提供する書籍少額取引サービス『Foyer(ホワイエ)』や、書店と出版社の現場をつなぐ取引プラットフォーム『一冊!取引所』といったサービスも誕生し、書店開業の障壁はさらに低くなっている。『一冊!取引所』を運営する、株式会社一冊の渡辺佑一さんは次のように話す。
「現在、日本には2900社ほどの出版社があるといわれていて、近年は“ひとり出版社”も生まれています。さらに数多く存在する書店と各出版社が取引を行う際の手間は双方にとって膨大なものとなっている状況があり、オンラインでさまざまなやりとりを簡単に完結できるサービスが必要だという思いから『一冊!取引所』を立ち上げました。同システムを使っていただくと、書店が仕入れたい本を、出版社によっては1冊単位で直接取引することも可能になります」
3月30日現在は109の出版社と1240の書店が『一冊!取引所』に参加。チャット機能で書店が仕入れ価格や送料などを気軽に出版社に問い合わせることも可能だ。
「昨年1月からはクレジットカード決済サービスも始まりました。新規の小規模書店さんの場合でも、カード会社の与信の範囲で安心して出版社と直接取引ができ、受発注における双方のリスクが軽減されます。さらには、雑貨店や美容室など、他業種の方の“店先に本を置きたい”という要望も多く、それを叶えるシステムとしても好評いただいています」(同・渡辺さん)
本の仕入れ方法や事業計画などのノウハウが世に広く開示された
そもそも、本の仕入れの仕組みは、数年前までは部外者からするとブラックボックスだったと和氣さんは語る。
「新刊書店『Title』(東京都杉並区)の店主である辻山良雄さんが出版した『本屋、はじめました 新刊書店Title開業の記録』(苦楽堂、後にちくま文庫)や、ビールが飲める書店『B&B』(東京都世田谷区)のオーナー・内沼晋太郎さんの著書『これからの本屋読本』(NHK出版)が発売されたことが、新規書店の開業ラッシュに大きな影響を与えています。本の仕入れ方法や事業計画などのノウハウが世に広く開示されたことで“やってみたい”と背中を押された人も多いのではないでしょうか」
好条件で本を仕入れ、本を売る以外でも収入源を得る。そういった創意工夫の多様さこそが、小さな書店の生存戦略でもあり、個性を光らせる面白さなのかもしれない。
「書店経営といっても、もちろん金銭だけではない部分でやりがいや人とのつながりを重視して続ける方もいます。そういった情熱を持った方が出版業界や書店業界を支えているのもまた事実です。ぜひ身近にある“小さな書店”を訪れて、できれば本を一冊でも購入していただけるとうれしいですね」(和氣さん)
日本各地に咲き始めた新しい“小さな書店”を応援していきたい。
わき・まさゆき 小さな本屋の魅力を伝える活動「BOOKSHOP LOVER」を運営する本屋ライター。『東京 わざわざ行きたい街の本屋さん』(G.B.刊)など著書多数。本屋のアンテナショップ『BOOKSHOP TRAVELLER』の新店舗は4月オープン予定