番組改編期まっただ中の今、各局の特番などに春ドラマの主演俳優が出演して熱のこもったPRが行われています。なかでも現段階で最大の話題作となっているのは、「風間公親 教場0」(フジテレビ系)でしょう。
同作はフジテレビの「開局65周年特別企画」であり、「木村拓哉さんが9年ぶりに月9ドラマ主演」を務めることを踏まえても、局を挙げた大作である様子がうかがえます。
同作は2020年と2021年の正月にそれぞれ2夜連続で放送されたスペシャルドラマの連ドラ版。当時は木村さんが白髪・義眼の冷酷無比なダークヒーローを演じて、同時間帯トップの視聴率を記録したほか、「新境地を開いた」と評判を集めました。
木村さんの「正統派ヒーロー」のイメージとは真逆
ただ、木村さんのイメージといえば、ダークヒーローとは真逆の正統派ヒーロー。
まず1990年代から2000年までは、1996年の「ロングバケーション」と1997年の「ラブジェネレーション」(フジテレビ系)、2000年の「ビューティフルライフ」(TBS系)などで見せたラブストーリーの主人公。常に30%を超える驚異的な高視聴率を叩き出していました。
ところが以降は一転して、2001年の「HERO」(フジテレビ系)で検事、2003年の「GOOD LUCK!!」(TBS系)でパイロット、2004年の「プライド」(フジテレビ系)でアイスホッケー選手、2005年の「エンジン」(フジテレビ系)でレーサー、2008年の「CHANGE」(フジテレビ系)で総理大臣、2009年の「MR.BRAIN」(TBS系)で脳科学者。
2010年代に入っても、2010年の「月の恋人~Moon Lovers~」で若きやり手社長、2011年の「南極大陸」(TBS系)で南極観測隊員、2014年の「HERO(第2シリーズ)」で再び検事、2017年の「A LIFE~愛しき人~」(TBS系)で外科医、2018年と2020年の「BG~身辺警護人」(テレビ朝日系)でボディガード、2019年の「グランメゾン東京」(TBS系)でフレンチシェフと、さまざまな職業の主人公を演じました。
ダークヒーローを支える中江監督
しかし、演じる職業こそ違っても、やはりその役割は正統派ヒーロー。各局の期待に応えるべく、この役割を担い続けてきたことが、「何を演じてもキムタク」と言われがちな状態を招いていました。
ただ、忘れられがちですが、木村さんには1997年の「ギフト」、1998年の「眠れる森」、2002年の「空から降る一億の星」で、視聴者に「悪い」「怖い」と思わせるダークヒーローを演じた時期がありました。しかもそれらの演技は業界内やドラマフリークからの評判がよく、決して「何を演じてもキムタク」ではなく、「俳優・木村拓哉の真骨頂ではないか」という見方すらされていたのです。
ちなみにこの3作すべてで演出を務めた「ダークヒーロー・木村拓哉」のキーマンが演出の中江功監督。しかも中江監督は「教場」シリーズでも演出を務めるほか、プロデュースも手がけました。それは今春の「風間公親 教場0」でも同様であり、木村さんの演じるダークヒーローは26年も前の段階から、中江監督とともにつながっているのです。
そのつながりは関東エリアでの“再放送”を見ても一目瞭然。まず3月17日から4月3日まで「空から降る一億の星」が再放送され、終了直後に「眠れる森」の再放送がスタート。また、4月1日に「教場」、5日と6日に「教場II 前・後編」の再放送が行われ、10日スタートの「風間公親 教場0」へとつながっていきます。
バタフライナイフを使った演出が物議を醸した「ギフト」こそ再放送されないものの、フジテレビが「風間公親 教場0」のスタートに向けて、「ダークヒーローの木村拓哉」をたたみかけていることがわかるのではないでしょうか。
自然体の演技と人気者ゆえの孤独
ではなぜ木村さんはダークヒーローがフィットするのか。
たとえば、現在再放送されている「空から降る一億の星」で演じた片瀬涼は、金目的で女性に近づくほか、邪魔な人物は宮下由紀(柴咲コウ)や西原美羽(井川遥)らを使って始末させるという最低の人物として描かれる一方で、それでも目が離せない不思議な魅力を醸し出していました。おぼろげに残る過去の過酷な記憶、「好き」という感情がわからない戸惑い、時折顔を見せる人間らしい感情などを表現することで、「ただのダークな人物」として嫌悪されるのではなく、「ダークだけどヒーローかもしれない」と感じさせていたのです。
それは「眠れる森」で演じた伊藤直季も同様で、ヒロインの大庭実那子(中山美穂)に高圧的な態度で接するほか、ストーカーのように現れて怖がらせ、婚約者との仲を引き裂こうとするなど、視聴者に「悪い」「怖い」という印象を与えていました。しかし、「悪い」「怖い」という印象は演技がナチュラルだからこそであり、わずかに見せる優しさを引き立て、やはり「ダークだけどヒーローかもしれない」と感じさせたのです。
ダークヒーローを演じるときの木村さんは、悪ぶっても、どこか悲しげで、切なさを感じさせるような表情や仕草、話し方や歩き方などが、当時から「自然体の演技に近いのでは」と言われていました。
また、私がよく知るバラエティの演出家は、「SMAPという絶対的なアイドルが抱える孤独が役に重なって見える」とも言っていました。確かに「SMAP×SMAP」(カンテレ・フジテレビ系)などバラエティの撮影現場で見た木村さんは、気さくでサービス精神旺盛な印象がある一方で、ダークヒーローを演じているときのような孤独を感じさせる瞬間があったことをよく覚えています。
年齢を重ねて増す「悪さ」「怖さ」
木村さんが「トップアイドルであり、“視聴率男”“抱かれたい男”などの絶対的な存在であることを自覚せざるを得なかったから、孤独を感じていたのか」はわかりません。ただそれでも、絶対的な存在だからこそダークヒーローを演じるときの振り幅は大きく、そのギャップに魅了された人々が多かったことは間違いないでしょう。
「空から降る一億の星」から18年もの時を経た2020年の「教場」では、年齢を重ねアラサーからアラフィフになったことで、ダークヒーローとしての「悪さ」「怖さ」が増していました。そこからコロナ禍や戦禍などのシビアな年月を経た今春の「風間公親 教場0」は、さらに凄みを増しているのではないでしょうか。
木村さん自身、「“教場”という特別な空間である、警察学校の中だからこそ成り立っていた風間公親という存在が、皆さんが行き交う一般社会の中にいる場合、この描き方が難しいなと思っていた」とコメントしていました。風間公親が教場ではなく一般社会に飛び出すことで、より「悪さ」「怖さ」が際立つとしたら、ネット上の話題を集めるでしょう。
いずれにしても、「『世の中の教育の流れとは全く真逆の方向性のものを放送して大丈夫なのかな?』と話していた」「“フジの月9”っていうあの空気は、今回全部入れ替わると思います」などとも語っていたように、放送スタート後にSNSを賑わせるのは間違いなさそうです。
世間の人々に「ダークヒーローと言えば木村拓哉」という新たな印象を与えられるのか。のちに「ターニングポイントだった」と言われるなど、今後の出演作にも影響を及ぼす可能性を秘めた作品になるでしょう。
木村 隆志(きむら たかし)Takashi Kimura
コラムニスト、人間関係コンサルタント、テレビ解説者
テレビ、ドラマ、タレントを専門テーマに、メディア出演やコラム執筆を重ねるほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーとしても活動。さらに、独自のコミュニケーション理論をベースにした人間関係コンサルタントとして、1万人超の対人相談に乗っている。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。