「票ハラ」という言葉をご存じだろうか。議員や候補者が有権者から受けるさまざまなハラスメント(嫌がらせ)、「票ハラスメント」の略称で、投票の見返りに不当な要求をされるケースが後を絶たない。今回の統一地方選でも、東京都世田谷区議選に立候補予定の女性が街頭演説中、写真撮影を求めてきた男に抱きつかれ、無理やりキスをされる被害が発生している。
女性候補を悩ませる『票ハラ』の実態
「街頭演説中に受ける『票ハラ』は候補者にとって“あるある”と言えます。“手伝ってあげているんだから付き合って”などと、選挙ボランティアからセクハラを受けることも珍しくありません」
そう話すのは、女性議員へのハラスメントを研究する濱田真里さんだ。統一地方選に向けて今年2月、研究者や議員経験者とともに『女性議員のハラスメント相談センター』(以下、相談センター)を4月末までの期間限定で開設、共同代表に就任した。
「2021年に『改正候補者男女均等法』が施行され、政党や国、地方自治体に女性候補者へのセクハラ防止策が求められるようになりました。対策委員会を設けた政党もありますが、数は限られていますし、無所属の多い地方議員が相談できる窓口も少ないのが現状です」(濱田さん)
濱田さんとともに共同代表を務める田村真菜さんは昨年7月、参議院選挙に出馬した経験がある。その際、自身も「票ハラ」の被害に何度となく遭ったと明かす。
「街頭演説中、“子どもがいるなら選挙に出ないほうがいい”と言う人もいれば、“3人産んでから出るのがお国のため”と言う人もいました。どちらも男性の候補者には言わない。
“24時間、活動に専念するのがいい政治家”という思い込みが根強くあるのを感じます」(田村さん)
相談センターがオンラインで受けた相談は、4月4日までに7件。解決策を求めるというより「被害について吐き出せてよかったという人が多い。相談すること自体、政治家として能力がないように見られる風潮があるので、話しづらいのだと思います」と田村さんは言う。
こうした被害の中でも目立つのが、地方議員に向けられた、それも女性たちに集中するハラスメントだ。内閣府が'21年に公表した調査によれば、地方議員のうち女性の57.6%が「有権者や議員からハラスメントを受けた」と回答。男性の35.2%に比べ約2倍、割合が高い。
特に「票ハラ」の場合、「女性の地方議員は直接的に被害を受けるおそれが高い」と濱田さん。国会議員にはない特有の事情があるからだ。
「地方議員には公設秘書の制度がありませんし、自宅の住所も公開されています。地域の有権者が訪ねてきて、会って相談に乗ってほしいと言われたら断りにくいし、秘書がいなければ議員自身で対応せざるをえません。
そのため“手の届く存在”だと勘違いされやすい。若い女性の場合、“会いに行けるアイドル”のように思われていることもあります。私が調査した地方議員の中には、投票の見返りとして“婚姻届を渡された”という女性もいました」(濱田さん、以下同)
前出の内閣府調査にも、地方議員の女性たちから被害の声が多く寄せられている。
その内訳を見ると、投票の見返りに交際を迫る、性的な要求をするなどのセクハラが目につく。妊娠・出産に対し嫌がらせ的な言動をする「マタニティーハラスメント」も少なくない。SNS上に無断で個人情報を流すといった、ネットを介したハラスメントの報告もあった。
「私が調査していて驚いたのは、例えば市議員から県議会議員になったとたん、票ハラを受けなくなったという女性が結構いたこと。本来、上下関係はないと思うんですが、市区町村の議会から県議会、それから国会と進むにつれ、相手がより強い権力を持っているのだと思うようです」
“政治は男性のもの”という無意識の偏見
そもそも地方議員の中で女性の占める割合は少ない。共同通信が2月に発表した調査では、全国平均で15.4%。首都圏でも21.2%にとどまる。そのうえ女性議員が1人もいない「女性ゼロ議会」は全国で16議会に上る。
「“政治は男性のもの”という無意識の偏見が強く影響しているのでしょう。実際、調査した女性議員から(有権者に)“議員として見られていない”という言葉を頻繁に聞きます。また、ハラスメントをたいした問題ではないと考える、日本社会が持つ認識の甘さも大きい」
さらに地方議員の場合、当選に必要とされる「地盤(組織力)・看板(知名度)・カバン(資金)」の要素に加えて、地域のネットワークを持っている人のほうが選挙に有利だといわれている。
「女性は結婚に伴い地元を離れたり、夫の実家の近くに移り住むケースが結構あります。すると今いる地域で新たに地縁をつくっていくことは難しい。そうした意味でも、選挙では女性のほうが不利だと感じますね」(田村さん)
自分が暮らす地域でも、その議会でも、少数派である女性たちは“よそもの扱い”や排除をされやすい構造がある。そうした中でハラスメントが横行し、女性の政治参加の妨げになってきた。実際、内閣府の'21年調査では選挙への立候補を断念した人のうち、女性の65.5%が「何らかのハラスメントを受けた」と回答している。
女性の議員や候補者が受けたハラスメントの例
【有権者から】
●街頭演説中に身体を触られたり、抱きつかれたりする
●執拗に食事の誘いや交際を迫られる
●「当選したのは俺のおかげだから」と無理やりキスをされる
●(投票の見返りとして)婚姻届を手渡される
●無断で個人情報を流される
【同僚議員から】
●「女は顔がよければ当選する」「女に政治は無理だ」と言われる
●子育て支援の議論中、「まずは子どもを産んだら」とプレッシャーをかけられる
●カラオケのデュエットを強要される
●政治活動で遅くなった際、「旦那がかわいそう」と言われる
●本会議で質問中、「女は黙っとけ」というヤジを激しく飛ばされる
女性政策の充実には「票ハラ防止」がカギに
状況を変えていくには、どんな対策が必要だろうか。
「実は、日本にはハラスメントを禁止する法律がありません。民間企業の雇用主に対しハラスメントを防止する措置義務を定めた法律はありますが、加害自体を禁じるものではないんです。こうした言動がハラスメントに当たり、それを禁止するという法律を作ることが重要です」
と、濱田さん。自治体レベルでは'22年6月、議員や候補者へのハラスメント防止条例が福岡県で作られたほか、大阪府でも今年2月、同様の条例が成立している。
「こうした倫理条例を各都道府県に作ることが、法整備に向けての第一歩になると思います」(濱田さん)
一方、田村さんは有権者にできることとして、「応援してくれる人の声が聞けるのは、すごくうれしい」と話す。
「ネットに私の記事が掲載されたとき、“子どもがかわいそう”というコメントの中に1つだけ、“父親が子どもの世話をしているから母親は政治活動を頑張れ、という声がもっとあってもいいはず”という意見があったんです。
候補者や政治家は基本的にバッシングを受けることの多い立場。ポジティブな反応を聞ける機会が少ないので、励みになりました」(田村さん)
介護や子育ての支援を充実させたければ、生活実感のある女性議員の増加が不可欠。そのためには「票ハラ」防止が重要なカギといえそうだ。