今回のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の盛り上がりは、近年にないことではあった。筆者は大阪の強化試合から東京ラウンドまで、全14試合を観戦した。観客席の熱気は、最近は経験したことがなかったものだった。
ただ、試合時間が長いのには参った。1次ラウンドの3月10日は、第1試合(チェコ対中国戦)3時間54分、第2試合(韓国対日本)4時間4分。合わせて8時間近い観戦は、野球好きの筆者にしても、かなり消耗するものがあった。
WBCはMLB、MLB選手会が出資するWORLD BASEBALL CLASSIC.が主催している。試合運営もMLB流だったが、試合開始時間がきても悠々とセレモニーを続けるなど、時間の感覚はおおらかだった。
北米4大スポーツの中でも野球の試合は長すぎる
2019年に東京ドームで行われたMLB公式戦のマリナーズ対アスレチックスも試合時間が長かった。イチローの引退試合となった3月21日の試合は、延長12回、4時間27分。日本時間の午後7時に始まった試合が終わったのが11時半、ここからイチローがグラウンドを一周する予定外のセレモニーがあり、終わったときには日付が変わっていた。イチローの記者会見はそこから行われた。イチローの感動的なコメントが発信されたのは午前1時を回っていた。
とにかく野球の試合は長すぎる。MLBではこれが積年の問題だった。アメリカでは北米4大スポーツがシェアを争っており、試合時間だけをピックアップするとこうなる。
NBA(バスケットボール)
4クオーター制 1クオーター12分 計48分
NFL(アメリカンフットボール)
4クオーター制 1クオーター15分 計60分
NHL(アイスホッケー)
3ピリオド制 1ピリオド20分 計60分
MLB(野球)
9イニング制 時間制限なし(昨年までの平均で3時間10分程度)
NBA、NFL、NHLでは観客は試合前後の時間やインターバル、ハーフタイムのショーなども含めてスタジアムの滞在時間は2時間から3時間前後になる。
野球は「純粋な試合時間」が平均で3時間10分、4時間を超えることも珍しくない。滞在時間はそれ以上に長い。選手が実際に稼働している時間も他の3競技に比べて圧倒的に長い。しかもMLBの場合、原則として引き分けがないため、同点の場合は延々と試合を続けることになる。
近年、MLBのマーケットは他の3大スポーツに押されて縮小気味だった。MLB機構のロブ・マンフレッド・コミッショナーは、その一因が「試合時間の長さ」にあるとして、就任後、次々と「時短」につながる改革を断行してきた。
「時短」につながる改革の結果
・2017年 「申告敬遠」の導入
故意四球(敬遠)を選択するときに投手は実際にボールを投げずに、監督がベンチから審判に申告する。
・2020年 「ワンポイントリリーフ」の禁止
これまで投手は1人以上の打者に投げれば交代することができたが、打者3人以上、または3アウト目を取るまで降板することができなくなった。
・2020年 「タイブレーク」の導入
延長戦は無死2塁からスタートし、決着がつきやすくする。
もともと敬遠は1試合当たり両チームで0.4個(2016年は2428試合で932個)というレアなリザルトだ。「申告敬遠」で節約できるのは30秒程度。年間で7~8時間しか時短にならない計算で、実効性が疑問視された。
「ワンポイントリリーフ」は、投手交代の頻度を減らすことが目的だった。しかし2019年は1試合当たり両チームで平均2.41人の救援投手を起用したものの、導入後の2020年は2.48人、2021年は2.43人、2022年は2.30人とルール実施の効果が出ていない。「タイブレーク」は、もともとコロナ禍での試合時間短縮を目的として設定され、コロナ明け後も恒久的に続けることとなった。ただ、延長戦は短縮されたが、その効果も限定的だった。
2016年以降のMLBの平均試合時間の推移(延長試合含む)
2016年 3時間5分
2017年 3時間9分 申告敬遠導入
2018年 3時間5分
2019年 3時間10分
2020年 3時間6分 ワンポイントリリーフ禁止、タイブレーク導入
2021年 3時間14分
2022年 3時間7分
投手が優勢なシーズンは多少試合時間が短くなるが、さまざまな施策を実施したものの試合時間は3時間10分前後で推移し、捗々しい「時短」はできなかった。
しかし今年「ピッチクロック」を導入して、試合時間は劇的に短くなった。4月6日時点で
2023年 2時間38分
30分もの劇的な「時短」が実現したのだ。
ピッチクロックとは
ピッチクロックのルールはこうだ。投手はボールを受け取ってから、走者がいない場合は15秒、走者がいる場合は20秒以内に投球動作に入らなければならない。オーバーするとボールが宣告される。打者は、制限時間の8秒前までに打席に入らなければならない。これに違反した場合、1ストライクが宣告される。
MLBに先立って大学野球やマイナーリーグで導入され、時短効果があることが実証されていた。
導入後のMLB中継を見ると、驚くほど試合展開が早いと感じられる。15秒以内に投げることができず、ボールを宣される投手が続出し、選手からは戸惑いの声も上がっている。大谷翔平が投手、打者両方でピッチクロック違反をとられたことが話題にもなった。
WBC決勝戦、日本の投手大谷翔平、アメリカの打者マイク・トラウトの最後の投球のインターバルは33秒だったと言われ、ピッチクロックが導入されると「名勝負は生まれない」との指摘もある。
しかし、筆者は「ピッチクロック」導入には全面的に賛成だ。
そもそも公認野球規則には、こんな条項がある。
公認野球規則 8.04
塁に走者がいないとき、投手はボールを受けた後12秒以内に打者に投球しなければならない。投手がこの規則に違反して試合を長引かせた場合には、球審はボールを宣告する。
アメリカ版のOfficial Baseball Rules (2021 edition)にも同様の条項がある。
(c) Pitcher Delays
When the bases are unoccupied, the pitcher shall deliver the ball to the batter within 12 seconds after he receives the ball. Each time the pitcher delays the game by violating this rule, the umpire shall call “Ball.”
日米のプロ野球公式戦は、野球の最も基本的なルールを無視した状態で行われてきたのだ。MLBのピッチクロックは12秒ではなく「15秒以内」だからまだ緩いともいえるが、これが本来の野球の姿ではないのか。
NPBの公式戦の試合時間もMLBと同様、ほぼ3時間10分で推移し、時には非常に長くなることもある。筆者は昨年、京セラドームで巨人主催のヤクルト戦を観戦した。延長12回8-8、試合時間は実に5時間28分、終わったのは午後11時半に近かった。両軍の投手は合計16人、投手コーチは時間を気にせず、悠々とマウンドに行って投手交代をしていた。終わりの時間は誰も気にしていないようだった。終電がなくなるために途中で席を立つ人が相次いだ。
甲子園の高校野球の試合が短いワケ
一方で、甲子園の高校野球は、1日に4試合を行っても夕方には終わっている。1試合が2時間程度で終わるからだ。
高校野球は投手交代も少なく、投球のインターバルも短い。しかし、それだけではない。甲子園初出場の監督は、大会役員から「勝っても負けても2時間以内で試合を終わらせなさい」と厳命されるのだ。「攻守交替は駆け足で、バッテリーの打ち合わせも短くしなさい」と言われる。それもあってスピーディなのだ。筆者は春夏の甲子園では、1日3~4試合を何日か観戦するが、プロ野球を1試合見るより消耗は少ないように思う。
NPBは「申告敬遠」は導入したが、「ワンポイントリリーフの禁止」「タイブレーク」は導入していない。「ピッチクロック」の導入には設備投資が必要なため、簡単ではないだろうが、WBCで新しいファンが増える中、スピーディな試合展開が求められる。
試合時間を考えるうえで、もう1つの要因がある。それはテレビCMだ。昔のテレビの野球中継では「CMの間に〇〇選手のホームランが出ました」みたいなことがしばしばあったが、現在はスポンサーとの絡みでCM中はプレーを再開しないことがある。
日本シリーズやWBCなど大きな大会では、攻守交代時に選手が守備位置に就き、打者が出てきているのに、主審が「プレイボール」を宣しないことがある。これは「CM待ち」がかかっているのだ。球場に行けばバックネット裏からスタッフが出てきて「あと30秒」「あと15秒」などと書かれたボードを掲げるのを見ることができる。
野球の本来のあり方を考えても、試合時間の短縮は望ましい。選手がプレースタイルの変化を受容するだけでなく、スポンサーの「時短」への協力も必要になるだろう。再び野球を人気コンテンツにするには、球界内外の関係者が知恵を出し合うことが重要だ。
広尾 晃(ひろお こう)Kou Hiroo
ライター
1959年大阪市生まれ。立命館大学卒業。コピーライターやプランナー、ライターとして活動。日米の野球記録を取り上げるブログ「野球の記録で話したい」を執筆している。著書に『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』『巨人軍の巨人 馬場正平』(ともにイースト・プレス)、『もし、あの野球選手がこうなっていたら~データで読み解くプロ野球「たられば」ワールド~』(オークラ出版)など。