錦鯉が北海道の名所を巡る『錦鯉が行く!のりのり散歩』のレギュラー放送が開始から1年目を迎えた。最近では、愛媛や山口など他地域の局が北海道のローカル散歩番組にもかかわらず放送を開始している。しかし「街ブラ番組」は『ブラタモリ』をはじめ、『モヤモヤさまぁ〜ず2』など、長寿番組も多く、新旧入り乱れて飽和状態。それでも増え続ける理由とは―。
3月31日に最終回となったテレビ朝日『タモリ倶楽部』。タモリの引退説が囁かれ、『ブラタモリ』(NHK総合)の番組存続を危ぶむ報道も出ている。
新しいものが生まれやすい
『ブラタモリ』は放送開始から14年目を迎えるご長寿番組。こうした10年、20年続く「街ブラ番組」は、『モヤモヤさまぁ~ず2』(テレビ東京系)、『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ系)など、数多く見られる。
新番組も後を絶たず、昨春にはM―1グランプリ2021で優勝した錦鯉の冠番組『錦鯉が行く!のりのり散歩』(北海道テレビ系)がスタート。さらに『国分太一のお気楽さんぽ-Happy Go Lucky-』(フジテレビ系)は3月で終了したが、その後番組も『ニッポン全国! ジモトPR隊』という街ブラ番組が始まった。
情報番組内のコーナーにも街ブラの企画が登場。『Oha!4』(日本テレビ系)では新コーナー『街ぶら!おはウオーク』が新設、『Nスタ』(TBS系)にも『歩いて発見!すたすた中継』が登場。各局が「街ブラ番組」に力を入れている。飽和状態のようにも見えるが、それでも増えている理由は何なのか。
「視聴者からのディスりが少なくスポンサー受けがいいこと、画のクオリティーが保てるというのも理由でしょう。さらに予算面も魅力です。昼のバラエティー番組は1回につき制作費が1000万円かかるといわれるところ、街ブラ番組はスタジオ代やセット代がかからない分、コストが抑えられる。視聴率に恵まれなくても、『モヤさま』のように配信やDVDで売れる番組もあり、二次使用での利益が見込める番組でもあります」
と言うのは、メディア研究家の衣輪晋一さん。予算削減が迫られる昨今のテレビ局にとって、低コストというのは大きいと指摘する。一方、視聴者にとっては、何が起こるかわからない面白さがあるとも指摘する。
「一応、台本はあるけれど、ほとんどぶっつけ本番で、予定調和で終わらない。芸能人の素の一面が垣間見えるところも視聴者の興味を惹くポイントでしょう」(衣輪さん、以下同)
芸能人があてもなく街をブラつき、何げない景色や人々との出会いをカメラに収める。今やおなじみとなった街ブラ番組のスタイルだが、その元祖として衣輪さんが挙げるのが、1983年にスタートした毎日放送の『夜はクネクネ』だ。
「あのねのねの原田伸郎さんがアナウンサーと一緒に夜の街を歩く関西ローカルの深夜番組で、ここで芸能人とアナウンサーという組み合わせのフォーマットが生まれました。旅番組で世界の絶景を見せなくとも、身近な街で十分面白いじゃないかとテレビの概念が覆された。カメラマンが後ろ向きになって後ずさりで撮影する“ドリーバック”という手法が編み出されたりと、新しい技術もここで生まれました」
まだまだ可能性に満ちあふれたジャンル
以降、テレビ各局が街ブラの制作に乗り出していく。深夜番組ながら最高視聴率14.7%を記録した『DAISUKI!』(日本テレビ系)、芸能人が列車を途中下車し気ままに街歩きを楽しむ『ぶらり途中下車の旅』(日本テレビ系)、笑福亭鶴瓶がゲストとともに土地の人々と触れ合う『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK総合)など、人気番組も誕生した。
中でも「散歩系街ブラの火付け役になった」のが『ちい散歩』(テレビ朝日系)。俳優の地井武男さんを案内人に2006年にスタートし、2012年まで6年間にわたり放映された。
「このころの世の中は少子高齢化で不況でもあり、身近な趣味として散歩がブームになっていた。深夜帯で人気を集めた『DAISUKI!』はちょうどバブル崩壊の年に始まっていて、世の中もまだどこかバブリーな雰囲気が残っていました。
けれど、みんなだんだんお金がなくなってきて、派手な観光名所は敬遠されるように。そんな状況下で誕生したのが、『ちい散歩』。ニッチな場所を面白がるというスタイルも時代とマッチしました。訪れた街にも喜ばれ、『ちい散歩』は観光振興に貢献したとして栃木市から感謝状を贈られています」
『ちい散歩』を成功例に、散歩系街ブラ番組が急増。同時に多様化、差別化が進んでいく。2007年にスタートした『モヤモヤさまぁ〜ず2』は“世界一ドイヒーな番組”を謳い文句に、どこまでもユルい街ブラでコアな支持を獲得。
さまぁ〜ずと女性アナウンサーの掛け合いも名物となり、大江麻理子や狩野恵里などの人気者を輩出した。対照的なのが翌2008年にスタートした『ブラタモリ』で、博識のタモリが案内人を務め街ブラ+インテリジェンスというひとつのカテゴリーを確立させた。
ユルさを売りにしてきた街ブラ番組だが、そこに一石を投じたのが、2012年にスタートしたフジテレビ系の『有吉くんの正直さんぽ』だ。
「有吉弘行さんが毎回気の向くまま、街を歩き正直にコメントする。行列ができる蕎麦屋に40分並ぶこともあり、有吉さんの場合はそこで“マズイ”と言い出しそうでハラハラさせられたりもして、ユルさとは違う興味で視聴者を惹きつけた」
ローカル局でも街ブラ番組は多数、生み出されている。冒頭で触れた北海道テレビ『錦鯉が行く!のりのり散歩』は、3度の特番を経て昨春よりレギュラー番組に。その後CSテレ朝チャンネルや北海道以外の地方局も放映を始め、放送エリアをじわじわ広げている。
『錦鯉が行く!のりのり散歩』の伸びしろは─。
「錦鯉は“こんにちはー!”のギャグが一躍ブームになり、親しみやすい芸風。そんな彼らの特性が地元の人との触れ合いを重視する街ブラの特性にハマった。彼らは下積み時代が長く、素人と感覚が近い。そういう意味で、うまく街の人と絡んでいければ、この先、化ける可能性もあるのでは」
新番組がスタートしたら、次なる目標は番組を存続させること。そこで重要になるのは、案内人の存在だ。タモリにさまぁ~ず、笑福亭鶴瓶と、ご長寿街ブラ番組に欠かせない街歩きの名人には、ひとつの共通点があるという。
「人に取り入るのがうまい人、素人と自然に絡んでいける人。そういう人でないと街の面白さを見つけられないし、逆に迷惑をかける危険性もある。毒舌イメージの強い有吉さんにしても、実際のところ相手を傷つけるような言動をとることはありません。
有吉さんは街にお邪魔させてもらうというスタンスを大切にしていて、ロケ中にあれこれ街の人に注文を出すスタッフに対して“街に迷惑をかけるな”と注意したことがあると聞いています」
今は何かとSNSで炎上する時代で、一歩間違えば番組存続の危機につながることもある。各局花盛りの街ブラ番組だが、それゆえ「量産されすぎている。飽和状態にある」と衣輪さんは懸念する。
「消費期限がどんどん短くなってきている。テレビというのは飽きられたら終わり。今はその分岐点で、視聴者が飽きる前に何か仕込みがほしい」
とはいえそろそろネタも出尽くした感があり、後追い番組も既視感が強い。この先街ブラ番組に未来はあるのか。
「バラエティーはスターが出てくるとハネる傾向があります。例えば大食い番組でいうギャル曽根さんなどがそう。誰かスターが誕生すれば、街ブラも地味なジャンルではなくなるかもしれない。
芸能人に限らず、名物素人が出てくるかもしれないし、そこから街ブラの天才が生まれるかもしれない。新しい何かが出てくれば、街ブラはもっと盛り上がる。まだまだ可能性に満ちあふれたジャンルだと思っています」
散歩するには最適な今の時季。わざわざ出かけたくなるような街ブラに期待したい。
きぬわ・しんいち メディア研究家。雑誌『TVガイド』やニュースサイト「ORICON NEWS」など多くのメディアで執筆するほか、制作会社でのドラマ企画アドバイザーなど幅広く活動中
取材・文/小野寺悦子