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 近年、社会的性差をなくす“ジェンダー平等”の流れが起きている。しかし医療においては、男女の差を考慮しないことが誤診のもとになってしまうことがある。

見逃される女性の病気

「性差を認識した病気の診断、治療が必要です」

 こう語るのは性差医療研究の第一人者、天野惠子先生。

「男性と女性ではかかりやすい病気が違いますし、同じ病気でも異なる病状をたどることがあります。そうした性差を考慮した医療が不可欠なのにもかかわらず、日本では長年、男性を主体とする性差無視の医療が行われてきました。女性のエビデンスを蔑ろにしたことが、病気の見逃しを招いているのは否定できません」(天野先生、以下同)

 男性主体となったのは、臨床試験の被験者に、妊娠・出産や性周期の影響のない男性が多かったため。その現実に早くから気づき、国をあげて対策に取り組んだのがアメリカだ。

「アメリカでは1990年に国立の機関で女性専門の医療研究が始まりました。私は現地で目にして衝撃を受け、日本の医療の遅れと性差医療の必要性を提言。結果、2001年に、鹿児島大学病院と千葉県立東金病院に日本初の『女性外来』が誕生したのです」

 現在、女性外来は全国に広がり、500施設以上の病院に開設されている。

閉経後の身体の変化を認識した医療へ

「私が東金病院に赴任した際、成人健診のデータを22市町村約36万人分、収集して分析しました。すると、血圧やコレステロール、中性脂肪などの数値が男女の性別や年齢によって明らかに異なっていた。これを男性主体のひとつの基準で判定していたら、正確な診断や有効な治療法を提示できないことを確信しました

総コレステロール値の男女比較(千葉県の22市町村基本健康診査結果より/平成18年度)

 では、女性にとってどんな病気が見逃されやすいのか。天野先生は次の2つの要因とともに、それぞれ具体的な病名を挙げる。

【1】男性の病気と思われていて女性患者の診断が遅れる

【2】女性のほうが男性より明らかに病気にかかるリスクが高いのに、考慮されていない

 1は動脈硬化を基盤とする病気で、心筋梗塞、狭心症、大動脈解離など。

「動脈硬化によって引き起こされる病気は、男性の場合、若いころからその危険を伴い、死に至ることも珍しくありません。

 対して女性は女性ホルモンが動脈硬化の進展を抑制するので閉経前にかかることは非常にまれです。ところが閉経後から急増し、高齢になるにしたがい動脈硬化を基盤とする病気のリスクが高まっていく。

 この違いを認識していないと、診断の遅れをもたらすわけです。先の健診データにも、動脈硬化を招くコレステロール値の性差がよく表れていますよね」

 男女で病気の症状が異なる要素も加わるという。

「例えば、心筋梗塞の代表的な症状は胸のしめつけです。男性の場合、胸の中央が痛くなるので病気を早く発見しやすいですが、女性は歯や背中、お腹などが痛み、心筋梗塞にたどり着くまでに時間を費やすことが多くなります」

 2は骨粗鬆症、甲状腺疾患(橋本病、バセドー病)、慢性疲労症候群など。

「骨粗鬆症や甲状腺疾患は圧倒的に女性の患者さんが多いにもかかわらず、健診の項目に入っていないため、早期発見を逃してしまいます。慢性疲労症候群も女性に多いのですが、病気としてほとんど知られていませんでした。新型コロナの後遺症の最たるものとして有名になり、やっと認知されるようになったのです」

血管が原因の病気をストレス性の病と誤診

 天野先生が性差医療、女性外来の普及に駆り立てられたのには、自らの体験も深く関係している。

「私が40代のときです。治まらない胸の痛みに悩む同世代の女性患者を診察しました。しかし心臓の検査をあれこれしても異常なし。他の病院では心臓神経症で片づけられていました。

 そんなときにアメリカの性差医療に出会い、更年期前後の女性に『微小血管狭心症』が多いことや有効な薬を知り、患者の不安と悩みを解消してあげられた。

 女性へのきめ細かな診察や正しい知識がないために、血管の病気を精神的なストレスによる病と誤診して、患者が長い間苦しんでいたのです」

 その後、50代となり、今度は自らが重い更年期障害に悩まされることに。

「痺れ、全身痛、肌荒れなどの症状に襲われました。他の医師に相談してもいっこうに改善されず、今度は欧米の論文にも答えはなかった。ならば、同様の悩みを抱える女性のためにも自分で解決するしかないと思い、女性外来の創設に至りました」

女性外来の必要性

 性差に応じた医療は少しずつ認知されてきたものの、いまだ広く浸透しているとは言い難い。

「女性外来を長年やっていてわかったことは、病名のつかない患者さんが多いこと。他の病院で“不定愁訴”(原因を特定できない不調)とされ、女性外来を訪ねて来られる例は少なくありません」

 病院ではどうしても“命に関わる病気かどうか”を重くみるため、“病名のつかない不調”の患者は親身になってもらえないケースも多い。

「一般の外来の医師は多くが男性のため、女性特有の病気の悩みを十分理解してくれません。加えて、臓器別診療の弊害で、診断のつかない患者さんはたらい回しにされてしまう問題もある。わかってもらえず、聞く耳も持ってもらえないことから、不満を募らせるのです」

 女性外来はこうした患者の訴えに耳を傾け、心身共に総合的に診る役割を担っている。女性特有の身体的・精神的な悩みを聞き、アドバイスを行うのだ。

「問診には30分かけてじっくり患者さんの話を聞く、患者さんは分野問わずどんな症状を訴えてもいいなど、女性患者が求めるニーズに対応します。

 対話プラス性差医療の知識を合わせることで、解決策を見つけられる症例が多いです。また、効果が上がらないときには専門医を紹介する入り口としての役割もあります」

 天野先生が創設したNPO法人性差医療情報ネットワークのホームページ(下記)では、全国にある女性外来を地域別に検索できる。

「女性外来では性差を踏まえ、幅広い年代の女性の健康相談と治療にあたります。真摯に患者さんの訴えに耳を傾け、適切なアドバイスを受けられるはずです。かかりつけ医にできる女性外来を見つけて、お付き合いいただくのが望ましいですね」

見逃されやすい病気6
【1】男性の病気だと思われている
心筋梗塞、狭心症、大動脈解離
【2】女性のほうがリスクが高いのに考慮されない
骨粗鬆症、甲状腺疾患、慢性疲労症候群

教えてくれたのは……天野惠子先生●静風荘病院で女性内科・女性外来を担う。東京大学医学部卒業。NPO法人性差医療情報ネットワーク、性差医療・医学研究会(現・日本性差医学・医療学会)を創設。女性外来オンラインも開設する。

性差医療情報ネットワーク http://www.nahw.or.jp/

(取材・文/百瀬康司)