※画像はイメージです

 コロナ禍で経済状況が大きく変わった。働けども増えない収入、先の見えない未来……。多くの大人たちが生活の苦しさを感じている裏で、子どもたちに虐待の影が忍び寄っている。

「虐待に関する相談件数は、体感としてコロナ禍以前の倍近く増えている印象です」

 そう教えてくれたのは、北海道で悩みや問題を抱える家族の相談窓口を担う、福祉支援相談員の吉田綾子さん。

増加傾向にある令和の児童虐待

 厚生労働省によって児童虐待の統計がとられ始めて以来、児童相談所が対応した児童虐待の件数は毎年右肩上がりに増えている。年齢では3歳から7歳の被害児が多い。

 背景にはさまざまな問題が複雑に絡み合っている。吉田さんによれば、ここ1~2年で、生活の困窮によって子育てが難しくなり、児童相談所に親が自ら連絡して子どもを保護してもらうという選択をする家庭は確実に増えているという。

「コロナ禍に失業したり、収入が減ったというご家庭に物価高がダメ押しとなり、さらに生活が苦しくなったという状況です。最近では、食べられるのに廃棄されてしまう食品を無償で提供する『フードバンク』について、どこでもらえるのか相談されることも増えています」(吉田さん、以下同)

フードバンクを利用するひとり親家庭の就労所得

 吉田さんが生活に困窮した家庭で多く目にするのは、親によって意図せずに行われるネグレクトだ。

「ネグレクトには、子どもだけで長時間過ごさせることも含まれます。ひとり親家庭では、親が仕事のために1週間のほとんどを朝から晩まで留守にすることも少なくありません。生活のためにやむをえずしていることなので、親はまさかこれが虐待にあたるとは思っていない。子どもの権利が高まり、虐待の概念が昔とは変わったことも、意識する必要があります」

 もちろん、働く親は不在時に子どもの食事を用意したり、お金を置いて、子どもがひもじい思いをしないようにしている。一緒に過ごす時間が短くなるとはいえ、子どもとの生活を守るためには働かざるを得ない。しかし、欧米では以前からこういったケースもネグレクトと定義され、親の責任問題となる。

「また、経済的な貧困と虐待が密接に結びついているという研究結果が、アメリカでは出ています。平均所得以下の家庭で性的虐待を受ける危険性は平均所得家庭の18倍、ネグレクトは45倍にまで跳ね上がる。物価が上がることで家計が苦しくなり、家族でいちばん弱い子どもにしわ寄せがいくことは、日本でも起こりえます」

 そう教えてくれたのは、明治大学で虐待を受けた子どもの養育や心理療法の研究を行う加藤尚子先生。

 経済的な問題や、長時間労働をする親のストレスは、些細なきっかけで子どもに声を荒らげたり、夫婦ゲンカを子どもの面前でするといった心理的虐待の引き金になる。

「子どもに愛情がないわけではなく、その親なりに精いっぱい関わっている場合も多いのです。しかし、困窮による心配事が増え、時間的なゆとりがない中、相談相手がいなければ、誰でも虐待発生のリスクが高まります」(加藤先生)

 かつては、ごく一部の問題のある親が起こす不幸な事件だと思われていた。しかし、昨年10月の日銀の調査で、「1年前と比べて暮らし向きにゆとりがなくなってきた」との回答が、調査開始以来、初めて5割を超えるなど、日本全体が不安に包まれている今、どんな親も虐待の加害者になってしまう可能性を秘めている。

周囲の手助けで虐待を断ち切る

 子どもの心身や脳に大きな傷を残す「虐待」。前述のような事情も含め、幼少期の体験が子どもの将来的な素行に悪影響を及ぼすことも。

「親が仕事のため不在にしがちで、ネグレクトのような状態になっていた家庭の子どもが、思春期になって素行不良になってしまった例も報告されています」(前出・吉田さん)

 虐待を受けた子どもの心の傷は、子どもの将来にも影響を及ぼし、ひいては日本の未来にまで影を落とすことが懸念されている。

「虐待によって行動や精神上の問題を抱えていたり、自己評価が低く、対人関係がうまく築けなかったりする子どもは少なくありません。こういう子どもが増えるのは、日本の将来にとっても大きな損失になります」(前出・加藤先生)

 とはいえ、虐待を受けている子ども自身がSOSを出すことはとても難しい。だから家庭や子どもの様子、服装、健康状態などから周囲の大人が気づいてあげる必要があるが、日本人は『もし間違いだったら』と考え、通報に二の足を踏んでしまう傾向がある。

※画像はイメージです

「怒鳴り声や大きな音が聞こえる、子どもが1人で外をうろうろしているなど、ちょっとでも異変を感じたら、まずは近くの児童相談所に連絡してください」(前出・吉田さん)

 児童相談所が即座に対応することが難しい場合もあるが、情報が寄せられれば、地域の民生委員と連携して家庭訪問などを行うこともある。

「また、大人同士だからこそできる対応もあります。もし、虐待をしている人が親しい間柄なら、相談相手になってあげるだけで状況が改善されることも。さほど親しくはない相手なら、児童相談所や自治体の育児に関する窓口に連絡をしてください」(前出・加藤先生、以下同)

 通報ではなく「心配なご家庭があるのですが、大丈夫でしょうか」という1本の連絡が、子どもの心身の安全を守ることにつながる。また、保育園や学校に、心配だと伝えるだけでも改善に結びつく。

 4月からは、子どもの権利を守ることを目的に設立されたこども家庭庁もスタートするなど、子どもたちを守る動きが加速しつつある。行政による虐待対応はどこまで世の中の事情に追いつけるのか。

支援を活かして上手に子育て

 以前は、虐待を行うのは、子育てに関わる時間が長い母親の比率がダントツで高かったが、近年は実父の虐待割合が年々上昇。半数近い41.5%にもなり、父母共に虐待加害者となりうる危険がある。

「問題なのは虐待が『しつけ』と認識されていて、親が自分のやっていることに気づけないこと。しかし、子どもの心身を傷つけ、成長の妨げになっていたらそれはしつけとはいえません」

 核家族や希薄な人間関係の環境で、1人で子育てに奮闘している人は、まず周囲に頼れる人を探すことが重要だ。

※画像はイメージです

「人類は長年、子育てを複数人で行ってきました。孤立してするものではないのです。まずは家族で話し合い、足りない分はシッターや公的なサポートなど、さまざまな方面に頼れる人や場所を見つけましょう」

 困窮して生活が行き詰まっているなど、具体的な悩みがある場合も、自治体の子育て支援の窓口に問い合わせを。受けられる給付や、必要に応じて専門的な支援の案内も期待できる。

「家族や身近な人に支援してもらったり、公的な機関とつながって助けてもらいましょう。絶対にひとりで頑張りすぎないことが、虐待を未然に防ぐことにもつながります」

昭和のころとは大違い今はNGの虐待行為

●戸外に閉め出す(身体的虐待)
●子どもに夫婦ゲンカや暴力行為を見せる(心理的虐待)
●無視する(心理的虐待)
●きょうだい間で差別をする(心理的虐待)
●幼い子どもを1人で、もしくは子どもだけで放置(ネグレクト)
●幼児の歯磨きや口腔ケアをしない(ネグレクト)
●子どもの健康に関心を持たず、無秩序に菓子や食事をとらせる(ネグレクト)

昭和のころとは大違い今はNGの虐待行為
教えてくれたのは…加藤尚子先生●明治大学教授。虐待を受けた子どもの養育や心理療法について、さまざまな観点から研究を行う。『虐待から子どもを守る!』(小学館)ほか、著書多数。

(取材・文/後藤るつ子)