東急歌舞伎町タワー2階のジェンダーレストイレ(写真:筆者撮影/東洋経済オンライン)

 東急歌舞伎町タワー2階の「ジェンダーレストイレ」が今、話題になっています。

 このタワーの2階トイレは、廊下に面した同一のトイレ空間内に、女性用トイレ個室(2室)、男性用トイレ個室(2室)、ジェンダーレストイレ個室(8室)、バリアフリートイレ個室(1室)が設けられており、手洗いスペースは共用となっています。

 多様性に配慮しようとして設けた「ジェンダーレストイレ」の配置や利用者の区分けが、かえって混乱を招いているようです。そこで、東急歌舞伎町タワー2階のジェンダーレストイレの課題について考えてみます。

 まずは、今回の取り組みで見られた主な課題を3つ挙げます。

ジェンダーレストイレ3つの課題

 1つめは、多様性への配慮です。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 多様性への配慮とは、すべてのニーズを満たすものをつくるのではなく、選択できる環境を整えることが大切なのですが、性別を問わないジェンダーレストイレを多く設けることで画一的になってしまい、逆に使いづらい環境となっています。

 歌舞伎町タワーにおいては、ほかのフロアのトイレも含めて選択できるように考えたのだと思うのですが、1つの空間にさまざまなトイレを混在させたことで混乱を招きました。

 では、2階をすべてジェンダーレストイレにすればよかったのかというと、フロアの用途からそうではないように感じます。

 2つめは、今回の取り組みが安心と安全ではなく、“不安と危険を感じさせてしまった”ことです。

 トイレにおける危険と不安に関して、すぐに思い浮かぶことは性犯罪です。犯罪学を専門とする小宮信夫教授(立正大学)によると、犯罪が起こりやすい環境は「入りやすい場所」と「見えにくい場所」とのことです。

 トイレに例えると、すべての人が使用できるジェンダーレストイレは「入りやすい」、そして密閉された個室に入ってしまえば「見えにくい」となります。逆に、犯罪の機会をつくらないようにするには、入り口を明確に分けて、アプローチの動線も分けることが必要になります。

 この考え方はグローバル化が進むと、より重要になると考えます(小宮信夫教授による犯罪機会論とトイレに関する内容は、こちらを参考にしてください)。

 ちなみに、2階のフロアの飲食店は早朝まで営業しています。深夜から早朝にかけての時間、トイレは電子錠でロックをかけ、飲食店などで配布されるカードがないと使用できない構造になっています。ジェンダーレストイレを検討する際は、このように防犯上の対応をしなければならない場であることも考慮する必要があります。

 3つめは、ジェンダーレストイレの取り組みの説明が、多くの利用者に届いていなかったことです。このような新たな取り組みに関する意図やピクトグラム、配置などがわからないことが不安につながっています。

 トイレは年代を問わずすべての人が利用します。しかも、1日に何度も使用するので従来の方法が習慣化しています。その仕組みを突然変更することは容易でありません。

 日曜日の午後3時ごろに歌舞伎町タワーを訪れてみると、2階のフロアは大勢の人でにぎわっており、トイレはつねに多くの人が行き来していました。

 現場のトイレには、張り紙で「ジェンダーレストイレについて」という説明がありましたが、ほとんどの人はそのメッセージに気づかないと思います。ジェンダーレストイレのピクトグラムについても、標準化されたものがあるわけではなく、知られていないため、個室の周辺で右往左往する人がいたように感じました。

 同行した女性に感想を聞いてみたところ、「性別を問わず多くの人がいれば恐怖はないが、タイミングによっては男性だけの中に女性が1人になることもあるので、そのときは怖い」と言っていました。また、トイレ掃除をしている男性がひっきりなしに個室を移動しながら清掃していたのですが、それも少し気になったようです。

 私は「トイレに大切なことは何ですか?」と聞かれることが少なくありません。そのとき、「安心」と答えています。

 排泄は自律神経のなかでも副交感神経が優位になっているとき、つまりリラックスしているときに機能するため、不安な状態だと排泄どころではないからです。

 安心というのは主観的なことであり、1人ひとり異なるので、すべての人が安心できるトイレをつくるのは現実的ではありませんが、そこを目指すことが大事です。また、「安心」とセットで用いられる言葉に「安全」があります。安全は客観的に判断されることが重要です。

 この考え方からすると、トイレは危険な状態を徹底的に避けて客観的に安全と思われる状態をつくり、そのうえで1人ひとりが安心できるように工夫を重ねることが求められます。

世界トップレベルのトイレに

 ジェンダーレストイレもしくは共用トイレは、トランスジェンダーの人や親子、異性による介助の人などにも必要なトイレです。平時も災害時も設けている必要があると考えています。

 そういった意味で、東急歌舞伎町タワーでジェンダーレストイレを積極的に取り入れようとする姿勢は大事です。ただ、ジェンダーレストイレを導入する際は、その前提としてリスクマネジメントが必要です。

 また、トイレにはわかりやすいデザインが不可欠です。それは、トイレまでの導線や混雑時の待ち行列のつくり方だけでなく、トイレ内の洗浄ボタンなどの操作についても同様です。高齢者や視覚障害者、子ども、外国人などにとって、説明がなくてもわかるようにすべきです。個室内が暗ければわかりにくいことも考えられます。

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 日本のトイレは清潔や設備機能に関しては、世界でもトップレベルですが、わかりやすさやバリアフリー、リスクマネジメントという点では、まだまだです。

これからさらに海外から訪れる人が増えていくと思います。安心できるトイレには、清潔・安全・バリアフリーが必要です。今後の歌舞伎町タワーのトイレのさらなる進化に期待します。


加藤 篤(かとう あつし)Atsushi Kato
日本トイレ研究所代表理事
まちづくりのシンクタンクを経て、現在、特定非営利活動法人日本トイレ研究所代表理事。災害時のトイレ・衛生調査の実施、小学校のトイレ空間改善、小学校教諭等を対象にした研修会、トイレやうんちの大切さを伝える出前授業などを展開している。「災害時トイレ衛生管理講習会」を開催し、災害時にも安心して行けるトイレ環境づくりに向けた人材育成に取り組む。排泄から健康を考える啓発活動「うんちweek」を展開。循環のみち下水道賞選定委員(国土交通省)、東京都防災会議専門委員(東京都)など。著書は『もしもトイレがなかったら』(少年写真新聞社)、『うんちはすごい』(株式会社イーストプレス)など。