40年続いたテレビ朝日系『タモリ倶楽部』(金曜深夜0時20分)が3月末に終了したのと同時期に、NHK『ブラタモリ』(土曜午後7時半)も年内で終わり、タモリ(77)は同時に引退すると報じられた。
ブラタモリ終了説を局員が一蹴
もっとも、『ブラタモリ』を担当するNHKクリエイターセンターに所属する局員に聞くと、「終了するという話は局内にない」と、この説を一蹴する。
本当に年内で終了するのなら、既に後続番組の準備を始めなくてはならない時期。MCを務めるテレビ朝日系『ミュージックステーション』(金曜午後9時)の後任司会者も探し始めているはず。
そもそもタモリに引退するつもりはないというのがテレビ界の共通した見方。最大の理由は所属事務所「田辺エージェンシー」の田邊昭知社長(84)が現役で精力的に活動しているからである。
タモリの生みの親が漫画家の赤塚不二夫さん(享年72)であるのは知られているが、一方で育ての親は田邊氏にほかならない。赤塚さんは1975年、福岡から上京してバーで芸を披露していたタモリを一目で気に入り、衣食住から車、遊興費まで与えた。見返りは一切求めなかった。
翌1976年、タモリは田辺エージェンシー入り。赤塚さんと親交のあった構成作家・高平哲郎氏(76)の紹介だった。4か国語麻雀などタモリの話芸は新しかったものの、マニアックだったので、ほかの芸能プロは獲得に消極的だったが、田邊氏は高く評価したという。
この時、タモリは既に30歳。かなり遅いデビューだったものの、田邊氏のマネージメント力を背に人気者の座へ駆け上がり始める。
タモリは同事務所に所属した1976年から和田アキ子(73)が司会を務める日本テレビ系『金曜10時!うわさのチャンネル!!』(1973~79年)にレギュラーで登場した。軽いお色気とドタバタ喜劇、歌が売り物のバラエティーで、小学生から大人にまで人気の番組だった。現在の50代以上の多くがタモリを初めて観たのはこの番組ではないか。
番組内でタモリは4か国語麻雀のほか、イグアナのモノマネ、ハナモゲラ語を披露。当時、人気者だったザ・ドリフターズや横山やすし・西川きよし、星セント・ルイスたちとは全く違う芸で、タモリの知名度はたちまち全国区になった。この番組の制作協力は田辺エージェンシーだったのである。
その6年後の1982年からは32年続いた『森田一義アワー 笑っていいとも!』(フジテレビ系)が始まった。タモリをMCに抜擢したのはプロデューサーだった故・横澤彪氏だが、番組のスーバーバイザーを前出・高平哲郎氏が務めていたことも起用の背景にある。高平氏と田邊氏にパイプがあったのは前述のとおりである。
鉄道や相撲などタモリの趣味を番組化した『タモリ倶楽部』の企画時も田邊氏の意向が反映された。なにしろ同番組はテレ朝と田辺エージェンシーの共同制作だったのである。
田辺氏の存在がなかったら現在はなかったと言っても過言ではない。これまで47年にわたって2人は二人三脚を続けてきた。今後もタモリは田邊氏と命運を共にするというのがテレビ界の見方なのだ。
業界人からのタモリの評価「任された仕事はきっちりやってくれる」
田辺エージェンシーには永作博美(52)らも所属するが、筆頭タレントはタモリ。同社からは昨年末、堺雅人(49)が独立したものの、田邊氏とタモリの歴史の長さ、関係の深さとは比較にならない。
『タモリ倶楽部』は視聴率を狙っているようには見えない番組だったが、それでもタモリの人気と、ほかの番組にない個性的な内容で2000年代までは世帯視聴率が10%を超えることもあった。
だが、ここ数年は深夜番組が乱立したこともあり、視聴率は個人1.5%強(世帯3%)程度を推移していた。それでも良い数字なのだが、内容がマニアックであることやタモリとの年齢差のためか、若い視聴者の個人視聴率がやや低かった。
テレ朝は終了発表時に「番組としての役割は十分に果たした」と声明したが、本音に違いない。タモリ側もやり尽くした思いだったのではないか。なにしろ40年だ。共同制作なのだから、終了はテレ朝と田辺エージェンシーの合意の上で決められているはずだ。
タモリ自身は最終回で「40年間本当にありがとうございました」と頭を下げたものの、過去の述懐や心残りの言葉は一切なし。あっさりとしたものだった。
『ブラタモリ』の場合、仮にタモリが年齢による体力低下などを理由に継続に消極的になったとしたら、NHK側が対応策を考えれば済む話なのである。具体的にはタモリの1日の移動距離や撮影時間を減らすなどの方法が考えられる。極端な話、ロケに出るのは隔週にしたっていいのだ。スタジオ出演のみの週を設けることも可能だ。
『ブラタモリ』は高視聴率を続けているNHKの看板番組。東京・下北沢を探訪した4月22日放送は視聴率が個人6.3%(世帯11.1%)に達し、激戦区の土曜午後7時台で断トツの数字を記録した(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。同局は番組の存続に全力を上げるだろう。
4月末には『ブラタモリ』の元プロデューサー・山名啓雄専務理事(56)が、報道と制作の指揮官であるメディア総局長に就任した。宿泊の伴うロケに一緒に行っていたこともあり、タモリとは昵懇(じっこん)の間柄である。山名氏はなるべくタモリに負担を掛けないよう考えるだろうし、タモリも山名氏が現場のトップになった年に降りようとは考えないのではないか。
テレ朝で『タモリ倶楽部』の当初の責任者だった元同局取締役制作局長の故・皇達也氏はこう語っていた。
「タモリさんと付き合った人なら誰でも同じことを言うでしょうが、彼には欲というものが一切ない。お金についてだけでなく、仕事面もそう。任された仕事はきっちりやってくれるものの、自分を売り込むようなことは決してしない。自分から番組を続けたいとか降りたいとかも言わない」(皇氏)
タモリは淡々とした人なのである。
振り返ると、2014年3月の『笑っていいとも!』の終了時もそうだった。出演者が悲しみ、視聴者から惜しむ声が続々と上がる中、本人は平然としていた。観る側が拍子抜けするほどだった。
『ブラタモリ』も『ミュージックステーション』も淡々と続けるのだろう。また、77歳という点ばかり注目されるが、伊東四朗は85歳の今も俳優として刑事を演じ、警察署長などを演じている北大路欣也は80歳、草野仁アナも79歳で現役を続けている。
タモリの年齢を周囲が気にするのは早いのではないか。