新田真剣佑

 80年代に『週刊少年ジャンプ』で連載され、少年たちを熱狂させた伝説的漫画『聖闘士星矢』。その実写版映画『聖闘士星矢 The Beginning』が4月28日に公開された。映画チケット販売数のランキングサイトによると、公開直後こそベスト10にギリギリ入っていたが、現在(5月5日時点)ではベスト20になんとかランクイン。そのためネットでは“大コケ”・“大爆死”などと評されている。

実写版映画『聖闘士星矢』ヒットにならないワケ

 事実、本作の楽曲を担当した作曲家の池頼広氏は、自身のTwitterで、《昨年の夏時間のない中命懸けで作りました 是非劇場の大音量で!映画は苦戦の模様です》と悲しい呼びかけを行っていた(現在、ツイートは削除済み)

「公開前から厳しい予感がしていました」

 そう話すのは映画批評家の前田有一氏。実写版『聖闘士星矢』は、ともに昨年公開の『ONE PIECE FILM RED』『THE FIRST SLAM DUNK』を大ヒットさせた東映アニメーションが、製作費を100%出資する形で“ハリウッド”のスタッフで製作された。その製作費はなんと6000万ドル。日本円にして77億円を超えたという(金額は当時のレートで換算)。

 “ハリウッド”というと聞こえはいいが、前出の前田氏はその制作陣を疑問視する。

「スタッフは言ってしまえば二線級以下。監督のトメック・バギンスキー氏は監督としてさほど目立った実績はありません。映画業界的にはプロデューサー職をやってきた人で、ネットフリックス作品をいくつか手掛けています。映画監督としてはほとんど無名です」

 映画ライターの杉本穂高氏も、「普通に考えて77億円もの予算を出すなんてかなり無謀。どうしてこの企画が成立したのか……」と話す。

「そもそも論になりますが、人気の漫画やアニメの実写化という企画に対する期待値が、今は世間的に著しく低下している状態にあると思っています。'00年代の後半からこのトレンドが続いていました。評判の良かった作品もありますが、概ね良い評判にならなかったことが、実績として続いてしまっていたので、多くの人が実写化に期待していない状態になっている。

 海外メディアにて、本作の東映のプロデューサーがインタビューに答えているのですが、『聖闘士星矢』の実写化は、企画段階からかなり長い時間がかけられていたようです。企画を練っているうちに実写化というトレンドが完全に過ぎ去ってしまっていた、という側面があると思います」

 原作漫画の『聖闘士星矢』の連載スタートは'85年12月。37年前となる。

「作品が古いうえにジャンルが完全なファンタジーなので、そのイメージを実写に落とし込むのは難易度が高い。『聖闘士星矢』のような神話的なファンタジーは、キャラクターデザインからストーリーからセリフ回しから、実写に耐えるリアリティを保つのが容易ではありません。

 特に『聖闘士星矢』の原作はおもちゃ業界とのタイアップを念頭に置いた作品だったと聞きます。つまり、もともと“フィギュアっぽさ”が強い造形なので、なおさらイメージを崩さず実写ビジュアルにするのは難しいです。そうした難題をこの程度の実績の監督に任せるのは、ちょっと無理がありますね。本人にも荷が重かっただろうと思います」(前出・前田氏)

原作と違いすぎるビジュアルや無理やり感に拒否反応も

「原作とはビジュアル的にかなり異なっています。主人公である星矢の着ている聖衣(=クロス/聖闘士が身にまとう防具)のデザインからして大きく異なる部分が多い。また星矢にしてもヒロインのアテナにしてもキャラクターの性格がかなり異なるので、別人に見えてしまうところもあります。ゆえに否定派が出てくる。

 原作者も監修をしているのですが、どうしても違いを受け入れらないファンは出てしまう」(前出・杉本氏)

新田真剣佑が主演する映画『聖闘士星矢TheBeginning』(映画公式HPより)

 原作は全28巻(全246話)である。

「原作漫画は長大で、換骨奪胎もしくはダイジェストが難しく、2時間1本きりの映画には向かないタイプ。何話も放送されるアニメシリーズならともかく、映画化は非常に難しいです。映画自体は続編に色気を出した終わり方ではありましたが……」(前出・前田氏、以下同)

 長大な原作のどこを映画化するのか、どこを変えるのか、そしてそれはなぜなのか──。

「上映時間=2時間に収めるためにここをカットした、などの理由ではなくて、'23年の今、世界に向けて改めてこのコンテンツを発信するからには、“こういう理由があるからこう変えた(アレンジした)”。そういう新しいテーマを、原作のアイデンティティーと矛盾しないように取り入れる。

 そのためのアイデアを徹底的にひねり出さねばなりません。それが、人気原作を任された映画人が最低限やらねばならないことです。今回の聖闘士星矢はそれができていません。

 逆に、これができていれば、ファンも世間も改変を含めて納得します。それがないから“原作で金儲けかよ”とか“原作愛がない”なんて言われてしまう。当たればデカいが炎上もありうる。それが人気原作の映画化が諸刃の剣と呼ばれる所以です」

 原作ありの実写映画は、とかく原作ファンから、原作との“差異”が語られ、その差異に対しては“原作愛”の有無がやり玉に挙げられる。

「作品に何を求めるかはそれぞれ異なります。原作ファンとひと言に言っても、どれくらい作品を知っているかも差があります。今回の劇場版『聖闘士星矢』で描かれたところは、原作のストーリーの本当に最初の最初の部分です。

 原作で人気のあるエピソードはもう少し後になって出てきます。そのため、そこのイメージで今回の作品を語っている方からすると、厳しい意見になるのだろうと思います。原作の最初の最初を描いた映画なのだと割り切って観るのであれば、それなりに面白い作品に見えてくるのではないかと思いますね」(前出・杉本氏)

 大ヒットとなっている劇場版『SLAM DUNK』は、映画版のオリジナルストーリーを挟みつつも、原作漫画で最も“熱い”部分(試合)に焦点を絞って作られた。

 これが原作序盤にある主人公・桜木花道のヒロインとの出会い、また彼が1人で基礎練習に取り組むところなどが映画化されていたら、これほどのヒットになっていなかったかもしれない。

「一番やってはいけない悪手」

 映画としてのストーリー自体はどう見たか。

本作はいきなり世界観の説明から始まります。ファンタジーもので一番やってはいけない悪手です。こういう説明的演出をする映画はたいていダメなものです。しかも『聖闘士星矢』の世界観は奇抜すぎて、原作を未読だったりあまり内容を覚えていないライトユーザーはまずストーリー展開についていけず、共感できません。

 共感できないと、アクションシーンや見せ場に感情移入もできず、冷めた目で見つめる格好になってしまいます。いくらビジュアルが派手でも、格好良くても盛り上がりません」(前出・前田氏)

 杉本氏は“原作もの”という部分を抜きにした『聖闘士星矢』について次のように話す。単純に“映画”として見た視点だ。

「作品はハリウッドのアクション映画としてそれなりに良くできていたと思います。原作ファンではなく“アメリカのアクション映画”が好きな人が呼び込めたらもう少し動員は伸びるかもしれません。アクションの迫力もありましたし、映像も悪くないですし、個人的な感想としてはわりと楽しめました。あれだけのお金をかけたもの、にはなっていると思います」

 一部の原作ファンからは「原作愛がない」とも言われている実写映画『聖闘士星矢』。告知のためテレビ番組に出演した主演の新田真剣佑によると、今回の劇場版を手掛けたトメック・バギンスキー監督は、新田に「原作を見ないでくれ」「(原作に)囚われたくないので、あくまでも令和の聖闘士星矢を1から作るから」と伝えたそうである。一部のファンにとって、それは“侮辱”にも映った。

役者にとっては逆にキツいことを言うなぁと思いました。原作の代わりに、監督なりの徹底したキャラクター解釈を役者に伝えて、“こういう風に演じて”と明確に言ってくれたというのならばいいですが。

 役者にとって、台本以外に指針となるものがない役作りというのはただでさえ大変です。こういう人気キャラクターものを演じるのに、指針がないというのは、彼くらいの若いキャリアの役者には相当きついと思いますので……。

 でもこれも結果がすべてみたいな話で、出来がすごく良ければ“さすが監督!”となるわけです。今回は出来がイマイチなので、批判されてもやむなしといったところでしょう」(前出・前田氏)

 また、前出の杉本氏も、

「監督が役者にそういった指示をすることは特別珍しいことではないので、それだけで原作愛については語れないと思います。あえて読まずにフレッシュな気持ちで演じてほしいということが今回の監督の意向としてあっただけですので、“全然別物に作り変えてしまおう”と思っていたかは、これだけでは言えません。

 監督のインタビューを読むと原作者の車田正美先生とも打ち合わせをして、いろいろと指示や意見をもらっているようでした。原作と全然違う聖衣のデザインも、原作に寄せたデザインを提示していたのですが、むしろそれは原作者から違うと言われたようです」

ファンの原作愛を叶えることはできたのか

 実写映画における“原作愛”とは──。

「極端な話、原作再現度をひたすら高める実写版は、もはや単なるファンサービスにすぎない。逆に監督が好き放題にやるパターンもありますが、それはもはや原作ものである必要性が薄い。この2つの間のどのあたりに位置させるか、バランスがすべての世界です。ただ、後者に近づくほど炎上の恐れも高まるので、より高い完成度が求められます。

 私個人の考えとしては、映画監督が最優先で目指すべきは“面白く、完成度の高い映画作品を作る”だと思っています。面白いものを作れば、改変しようがしまいが、原作ファンもちゃんとついてきます」(前出・前田氏)

「監督が原作を理解していないとは僕は思わないですね。ちゃんと原作を尊重しつつ、それをどう実写化するのかということはいろいろ考えてやっていたのではないでしょうか。ぶっちゃけ(原作)愛があれば良いというものでもないと思っています。

 原作への愛が深すぎたゆえに、作品で理解が難しい部分ができてしまった、というケースもあります。原作愛があるかないかだけで作品の良し悪しは決まらない」(杉本氏、以下同)

 原作もので大きな改変をし、“原作無視”といわれる作品でも高評価を得るものもある。

つまるところ、監督がやりたいようにやっていいわけです。たとえばアニメの押井守監督は原作と全然違う作品を作る人ですが、すごく評価されていますよね。押井守という人に絶対的な作家性が強くあるから、原作と違う作品を作っても面白いものになっちゃうという。

 今回のバギンスキー監督は、そつなくアクション映画を作ってくれたと思う反面、驚くような個性を発揮したかというとそうでもない。お金を出したのが東映アニメーションなので、監督の意向だけで変更はできなかったのかもしれないですが、忠実にやるなら忠実にやる、変更するなら大胆に変更する、もっと態度をはっきりさせてもよかったんじゃないかと思います」

 原作に沿おうが沿うまいが、作品として面白いか否か、また興行収入という“結果”がすべてといえる。

「ただ、今はソーシャルメディアや口コミが大事であり、それが興行収入を左右するところもあるので、このような時代でビジネスとして考えた場合、人気の漫画やアニメを原作にした作品を作るのであれば、原作に忠実にやったほうが、応援はされやすい傾向には確実にあります。

 “新しい聖闘士星矢を作りたい”と製作陣は話していましたが、まず最初に観に来るのは昔からのファンです。昔からのファンがネットや口コミで“全然違う作品だった。つまらない”と言われたら新しいファンだって観に行かないという話になってしまいます」

『SLAM DUNK』がヒットした流れ

 アニメと実写、原作者が脚本を担当と事情は異なるが劇場版の『SLAM DUNK』は昨年から今現在に続く大ヒットとなっている。

『THE FIRST SLAM DUNK』公式HPより

「『THE FIRST SLAM DUNK』という映画は動員の初動は昔からのファンが支えた。それがすごく完成度が高くて、すごく出来が良かったから、その評判を聞きつけて新しい人がどんどん入ってきた。『SLAM DUNK』も昔の漫画ですが、今は10代・20代のファンがすごく増えている。

 先日開催されたSUPER COMIC CITYというコミケのようなイベントでは『SLAM DUNK』はすごい数のサークルが参加していたようです。つまり昔からのファンをベースにして、新しいファンを上乗せすることに成功しているコンテンツもある。

『聖闘士星矢』もそういうふうにやりたかったと思うんですが、出来なかった。『聖闘士星矢』の人気だったら、今回もっと良い数字となっていいはずでしたが……」

 SNSの声を見ると、劇場版の『SLAM DUNK』は、「原作もアニメも見たことなかったけど面白かった」という人が多数いることがわかる。

「両方同じ会社の製作であり、『SLAM DUNK』も『聖闘士星矢』も原作を知らなくても見られる内容でしたが、ここまで差が出てしまった。それはひとえに、まず昔からのファンの評判を得て、新しいファンを開拓するという流れを作ることができなかったことにあります。

 今回は製作費77億円ですからね。SLAM DUNKで得られた儲けを正直吐き出してしまっているんじゃないかと……」

 本作はハリウッド製作となったが、現地アメリカでは5月12日に公開となる。日本で苦戦した“数字”をアメリカなどの海外で取り返せるか……。

「もちろん海外にも聖闘士星矢ファンは多いです。日本も同じですが、海外の漫画・アニメファンも原作に忠実かどうかはすごくうるさい。もしかしたら日本よりうるさいかもしれない。日本と同様に海外でも苦戦するかと思います」

 また、前出の前田氏も海外市場について次のように話す。

「製作費は6000万ドルを超えるという話ですが、もしそれが本当ならハリウッド映画の場合はその3倍が損益分岐点です。世界興収で200億円とか、この製作陣の布陣ではハードルが高すぎると思います。新田真剣佑は素晴らしいアクションを見せていますが、まだ世界的にはこれからの立ち位置でしょう。数百億円分のお客を呼べる、までは至らないでしょう。

 中国など期待する海外市場がまだ公開前ですから、関係者は望みを捨てていないと思います。もともと日本以外への期待が大きい企画だと思います。ならば日本公開を後にしたらいいのにとも思いますが……」

 小宇宙(=コスモ/聖闘士星矢における体内に存在する宇宙的エネルギー)による大逆転はあるか──。

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元・成宮寛貴の平宮博重氏がSNSに投稿した新田真剣佑とのツーショット(平宮氏のインスタグラムより)

 

 

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