世の中には「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」だけでなく、「ヤバい男=ヤバ男(ヤバダン)」も存在する。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、芸能人や有名人の言動を鋭くぶった斬るライターの仁科友里さんが、さまざまなタイプの「ヤバ男」を分析していきます。
直撃を受ける中田敦彦(2018年)

第25回 中田敦彦

 5月3日放送「あちこちオードリー」(テレビ東京)にて、「BIG3いるのおかしくないですか?」と発言したオリエンタルラジオ・中田敦彦(以下、あっちゃん)。この発言だけで判断するなら、先輩批判をするヤバいヤツに思えるかもしれませんが、番組全体を見ると印象は変わるはず。私にはむしろあっちゃんの「テレビに戻りたい」というラブコールのように思えたのでした。

 YouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」は登録者数516万人超え、現在は吉本興業を退社し、家族と共にシンガポール在住と、テレビやお笑いを見捨てて、新しい世界に飛び立った感もあるあっちゃん。仮にあっちゃんが見捨てたはずのテレビの世界に戻りたいと思っていても、それはおかしいことではないと思います。なぜなら、テレビにはネットにはない力があると思うからです。

あの問題発言は、テレビへの“イライラ手土産”

 多くの登録者数を誇る「中田敦彦のYouTube大学」ですが、YouTubeの場合、登録していない人、視聴していない人に彼の動向は伝わってこない。その点、テレビでとがった発言をすれば、ネットニュースになり、コメントがつき、週刊誌が食いつくこともあるというふうに、寄せては返す波のように、ネットが自分の名前を勝手に宣伝してくれるのです。今、世の中のエンタメの主流は「人をイライラさせること」だと私は思っているのですが、テレビに出るなら、話題になるような“イライラ手土産”が必要でしょう。それがあっちゃんにとっては「BIG3いるのおかしくないですか?」だったのではないかと思うのです。

 そうはいっても、こんな発言をすれば、あっちゃん自身の芸能活動に差し障りがあるのではないかと心配する人もいるでしょうが、あっちゃんのうまいところは、ネットニュースになりそうな問題発言を織り交ぜながらも「自分は負けた」というスタンスを崩さないことだと思うのです。

オリエンタルランドの2人('16年)

出世すごろくではオードリーに逆転負けしたオリラジ

 一般的に言うと、人気商売では数字が重要視されます。視聴率や売り上げ、レギュラーの本数など、より多くの数字を持っている人が“勝ち”とされ、そこから自分の帯番組を持つという出世すごろくがありました。「あちこちオードリー」MCのオードリーとオリエンタルラジオは、かつて「笑っていいとも!」(フジテレビ系)で同じ曜日のレギュラーだったわけですが、テレビに出だしたのも売れたのもオリエンタルラジオのほうが先でしたから、当時はオリエンタルラジオのほうが“上”もしくは“勝ち”だったと言えるでしょう。しかし、今や、オードリーはラジオ番組を含めてレギュラー番組11本を持っていますし、「オードリーのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)は、高い聴取率を誇っています。出世すごろくに則って考えるなら、今はオードリーのほうが逆転したわけです。

 会社員にたとえると、入社当時こそ勢いがあったが、いろいろあって、今は思うような活躍ができていない人と、最初は目立たなかったけれど、徐々に認められ、力をつけてきた人のような感じです。それでは、スタートダッシュに成功したものの伸び悩んでいる同期が「俺が認められないのは会社がおかしい、上司がいつまでも変わらないのはありえない」とボヤいたとき、着実に積み上げてきた人はどう接するでしょうか。おそらく、「おまえにも悪いところがある」とダメ出しはせず、「そういう時もあるよね」と言葉を濁すように思うのです。なぜなら「できた人」が「できない人」にいろいろ言うとイジメみたいですし、「できた人」には“勝者の余裕”がありますから、自然と優しくふるまえるのではないでしょうか。

 また、人間には自分の自尊心を保つため、「自分より下の人間を見て、心を安定させたい」という欲求があると言われており、心理学ではこれを『下方比較』と呼んでいます。どんな事情があったかはわかりませんが、あっちゃんは番組のMCになれなかったのは事実なわけで、「できなかった人」です。一方のあっちゃんをゲストとして迎える番組のMCやレギュラー陣は選ばれた人、つまり「できた人」です。下方比較的な心理が働けば、「できた人」は「できなかった人」をそう敵視することはないでしょう。

あっちゃんがMCになれないのはBIG3とは何の関係もない

 BIG3が現役なのは確かですが、オードリーの例を見ればわかるとおり、上がつかえていてもMCになっているコンビはいるわけで、あっちゃんがMCになれないのはBIG3とは何の関係もない。ですから、BIG3からあっちゃんに直接的なお咎めがあるとは考えにくい。となると、テレビでテレビ批判をするというヤバい話ができるあっちゃんは、番組制作者にとっては使いやすい人材なのかもしれません。これからテレビ出演は増えていくのではないでしょうか。

週刊女性の直撃を受ける中田敦彦

 さて、あっちゃんを見ていると「時代を創る」とか「天下を取る」という言葉をよく使うことに気付きます。それくらいの気迫を持っているという意味でしょうが、「時代を創る」と「天下を取る」はある意味、正反対なのではないかと思うのです。「天下を取る」のであれば、いざという時に自分を守ってくれる味方を増やすため、意に染まぬことも受け入れなければなりませんし、それが嫌なら、圧倒的な実力で人々をねじふせなければならない。「時代を創る」というのなら、これまで誰も見たことがない、新しいことをする必要があります。歴史や時事ネタを書籍に基づいて紹介する「中田敦彦のYouTube大学」は、知識がない人に興味を持たせる第一歩としてはいい試みだと思いますが、自分自身で新しいもの、オリジナルなものを生み出しているわけではないので、このままでは「時代を創る」ことに近づけないのではないでしょうか。また、新しいものに拒否感を示す人というのは一定数いますから、あっちゃんが何か新しいことを始めたとして、すぐに高い評価を得られるとは限りませんから、忍耐力も問われることになるでしょう。

 あっちゃんを見ていると、大志はあるけれども、手段がぼんやりしているというか、どうしてもこれがやりたいという情熱に突き動かされているというより、人からどう評価されるかばかり気にしているような気がするのです。それが悪いと言うつもりはありませんが、「褒められたい」気持ちが強すぎると、肩書や権威で人を判断して、自分より弱い立場の人を軽んじて人がよりつかなくなったり、反対にちょっとの失敗をしたときに「このオレが失敗するなんて」とメンタルが再起不能なまでに追い込まれるというヤバい状態にならないとも言い切れません。心と体に気を付けていただいて、新たな武勇伝を期待したいところです。


<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」