昭和期までの女性アナウンサーには「頭脳明晰でお堅い人」というイメージがあった。退職後の転身先もイメージ通りで、1983年にフジテレビに入社し、'89年の退社した牛尾奈緒美さん(62)の場合、明治大学教授になった。大学教員になる元女性アナは多い。
時代とともに変わってきた女性アナウンサーの「立ち位置」
1971年にNHKに入り、2005年には『紅白歌合戦』の総合司会を務め、2007年に退社した山根基世さん(72)は伊藤忠商事系のエネルギー企業・伊藤忠エネクスで社外取締役を務めている。
山根さんはTBS『半沢直樹』(2013年、2020年)のナレーターをやったことでも知られる。企業の社外取締役の元女性アナも多い。これも頭脳明晰でお堅いというイメージに適っている。
もっとも、近年はイメージがかなり軟らかい女性もアナウンサーになるのは知られている通り。アイドル出身の女性アナもいる。その第1号は元モーニング娘。の一員で慶應大学卒業後の2011年にテレビ東京に入社した紺野あさ美(36)だった(2017年退社)。
2017年には早稲田大学を卒業した元乃木坂46の市來玲奈アナ(27)が日本テレビに入社した。2019年には明治大学を卒業した同じく元乃木坂46の斎藤ちはるアナ(26)がテレビ朝日に入った。今年4月には元櫻坂46の原田葵アナ(23)がフジテレビに入社した。地方局への入社組、元タレントを加えると、人数は相当数になる。
昭和期に女性アナになった人はどう見ているのか。1984年にフジテレビに入社して'89年に退社、現在はフリーアナウンサーの寺田理恵子さん(61)に話を聞いた。
フリーアナウンサー寺田理恵子さんが思うこと
──アイドル出身者が女性アナになる時代をどう思う?
「あくまでも私個人の意見ですが、多様化の時代です。アナの世界も個性があっていいと思います。昔は『4年生大学を卒業していなければならない』などといった条件がいくつかありましたが、今はどんなことをやっていた方でもそれが人としての経験や個性に結びつくのなら構わないと思います。一般常識も含めたアナとして必要な知識は入社後に勉強していけばいいんですから」(寺田さん)
寺田さんの場合、聖心女子大学在学中にテレビ朝日系のクイズ番組『タイムショック』(1969~90年)でアルバイトのアシスタントをしていた。それを懸念する声が入社前のフジテレビの一部にあった。女性アナの入社前のテレビ出演があまり好まれない時代だったからだ。ちなみに寺田さんが同番組でやっていたバイトは出演者を解答席に案内する程度のことだった。
アイドル出身者が女性アナになることについて、旧来のイメージを求める視聴者の一部には反発する声も見受けられる。だが、寺田さんら女性アナの先輩たちは問題視していないようだ。
女性アナの入社試験の面接では「学生時代に何をやっていたか?」と例外なく尋ねられる。遊びほうけていたより、アイドル活動に打ち込んでいたほうが、ずっといいだろう。アイドル活動によってカメラ慣れしいるし、トーク能力も身に付いているはずだ。
まして各局が女性アナの採用においてルックスもかなり重視するのは誰もが知るとおり。1980年代後半からの傾向だ。先駆けはフジテレビだった。1988年、八木亜希子アナ(57)、河野景子さん(58)、故・有賀さつきさん(享年52)を一辺に採用した。
当時のフジテレビは民放界でトップを独走していたから、欲しい人材が採りやすかった。この動きは他局にも広がった。各局が「ミス慶應」や「ミス上智」らを奪い合うように採用するようになった。
アイドルアナというポジション
寺田さんの場合、アイドル出身者とは正反対で、入社後にアイドル視されるようになった。「元祖アイドルアナ」と呼ばれることもある。
「アイドルと言わるようになったのはレコードを出したからだと思うんです(1986年『ときめき Lonely Night』)。ジャケットもアイドルのレコードのようでした。『オレたちひょうきん族』(1981年~89年)の2代目ひょうきんアナも務めましたが、こちらは初代で先輩の山村美智さん(66)が既に道を開拓してくださっていましたので、ひょうきんアナに対して、アイドルアナと言われたのかもしれません」(寺田さん)
レコードの発売元はフジテレビ系のレコード会社・ポニーキャニオンではなかった。
「会社とは全く関係のないクラウンレコードから出ました。しかも当時は歌手として他局にまで出演したんです。もちろん、すべて会社を通してのお話でした。当時のアナウンス部長が“なんでもやってみようよ”とおっしゃる積極的な方だったんです。レコードの件も“面白そうじゃないか”と言っておられました。
あのころはお亡くなりになった逸見政孝さん(享年48)もレコードを出し、アナが話すこと以外のこともやり始めた時代なんです。私はその波に乗っただけでした」(寺田さん)
女性アナは変わり、画一的ではなくなった。女性アナを離れたあとの転身先もバラエティーに富むようになった。TBSに1983年に入社し、'99年に退社した有村(現姓・松富)かおりさん(64)は作家に転じた。小説や国際問題の記事などを書いている。同局に2009年に入社し、'14年に離れた田中みな実(36)が女優に転身しているのは知られている通りだ。
アナウンサーの本質と役割
──女性アナの本質と役割も変化したのだろうか?
「基本的には変わらないと思います。局アナの場合、局の看板を背負っているので、発言についてある程度の縛りがあります。局アナでなくても常識や客観性を持ってなくてはならず、事実を伝えなくてはなりません」(寺田さん)
半面、アナの世界で変わってきたこともあるという。
「女性アナ、男性アナの壁はなくなってきていると思います」(寺田さん)
確かにそうだ。『news zero』(日本テレビ系)は有働由美子アナ(54)、『news23』(TBS系)は小川彩佳アナ(38)、フジテレビ系『FNN Live News α』は堤礼実アナ(29)がそれぞれMCを担当している。ほかにも女性アナがメインを務める番組が増えた。かつての常識では考えられない。
ベテラン女性アナの中には「もう『アナ』の前に『女性』とか『男性』とか付けなくてもいいんじゃないの」と言う人もいる。実際、一般企業は多くがわざわざ男性社員と女性社員を分けて呼ばない。
アイドル出身の女性アナはもう普通と言っていい。次は男女を問わず「アナ」とだけ称することが当たり前になるのではないか。