たった1カ月で新入社員の半分が辞めてしまうとは……。
今回は、ある会社が「働きがい」のある職場を目指した結果、新入社員の半分が辞めてしまった事例を紹介する。
昨今、突如として「働きがい」という言葉を使って採用活動に励む会社が増えている。会社に興味を持ち応募する人が多くなるからだろう。しかし、気をつけたほうがいい。言葉を正しく理解していないと、採用の努力が無駄になることがある。
AI時代になり、ますます「働きがい」を誤解して使ってはならないと強く感じるようになった。特に採用活動の責任者、新入社員を引き受ける職場の責任者は、まだ働いていない若者を勘違いさせないためにも、この会社の失敗から学んでもらいたいと思う。
新入社員の半分が1カ月で退職!大失敗の原因
新入社員8人のうち4人が、たった1カ月で辞めた会社がある。
なぜ、そんなことが起こったのか? 背後には、将来の幹部候補を求める社長の強い要望があった。
通常は年間2~3人の採用をしていた。だが、社長の命令で例年の5倍の採用コストと1年間の入念な準備を経て、例年より多くの新卒を採用しようとした。
結果、8人の優秀な新入社員が入社した。当初、社長は手放しで喜んだ。入社したあと、採用した新入社員8人と食事をしたとき、「8人みんな優秀だ。1年間がんばったかいがあった」と誇らしげに語っていた。
しかし、そのうちの4人が1カ月も経たずに退職してしまったのだ。残った新入社員のうち、2人も辞めたいと考えているという。社長は激怒した。例年の5倍もの採用コストをかけてなぜ辞めてしまったのか。いったい何が原因でここまでの大失敗となったのだろうか?
採用責任者は、新入社員が辞めた理由を調査するために、配属された職場の上長やベテラン社員にヒアリングを行った。
すると、どの職場でも見解は同じだった。
「今年の新入社員は、ストレス耐性が低い」
「やるべきことをやる前から、働きがいとか、心理的安全性とか、イチイチ言ってくる」
どうやら現場で新入社員たちは、「弁が立つが、やることをやらない」とレッテルを貼られたようだった。
とりわけ採用責任者が着目したのは「働きがい」である。
辞めた4人のうち、ほとんど全員が「働きがいを感じられない」を口にしていた。
合同説明会から複数回の面接を経て入社するまで、「当社は働きがいのある会社」とアピールし続けた。社長も「働きがいのある会社に生まれ変わった」と事あるごとに繰り返していた。だからこそ、新入社員は裏切られたと感じたのかもしれない。
美味しいイチゴが使われたショートケーキだと言われたから買ったのに、肝心のイチゴがあまり美味しくなかった、ということなのだろう。
「働きがい」の誤解が新入社員の退職を招く
例年になく優秀だと謳われた新入社員たちは、なぜ1カ月もせずに半分も辞めてしまったのか。その原因は「働きがい」にあると考えた。
実は「働きがい」という言葉は、リスクが高い。
なぜなら言葉の意味を、多くの人が誤解しているからだ。これは昨今、同じように使われるようになった「心理的安全性」にも言えることだ。
本来の意味をわからずに使用すると、大きな認識のズレとなり、トラブルを招くことになる。
実際に、社長や採用責任者、新入社員の先輩や上司も含め、ヒアリングしてみたところ、「働きがい」の真の意味を理解しているとは言いがたい状況だった。
「働きがい」と似た言葉に「やりがい」という言葉がある。
「やりがい」とは、困難を乗り越えて成果を出し、同僚やお客様から感謝されてはじめて「やったかいがあった」と思えるものだ。
「今回のイベントの集客、大変だったけど、会場が満員になって大盛況だったな」「はい。最初はすごく苦労しましたが、やったかいがありました」
このように使うものだ。
一方、「働きがい」は「やりがい」よりも抽象度が高い。
先ほどの例文の受け答えで、「はい。最初はすごく苦労しましたが、働いたかいがありました」とは、通常使わない。「やる」と「働く」とでは、対象範囲が違いすぎるからだ。例文として書くとするなら、次のようになる。
「入社して5年経ったけど、どう? 働きがいのある職場かな?」
「そうですね。入社して2年間は苦労の連続でしたが、どんなに大変なときも助けてくれる先輩がいますし、課長は厳しいですけど、おかげで随分と成長できましたし、働きがいのある職場だと思っています」
「働きがい」は、数年働いてからでないと味わえないものだと筆者は考えている。
今後、働きがいを感じることがますます難しくなる時代が到来する。その要因の一つとしてAIの進化が挙げられる。
まず、近年のデジタルシフトにより、単純な知的労働は徐々に人から仕事を奪っている。筆者のクライアント企業にもRPAで人材不足の問題を解消した例はたくさんある。
イベント後のアンケート集計や、顧客の属性に合わせたフォローメール作成など、かつて新入社員に任せられていたような仕事は、このように高性能なシステムやロボットが担当するようになった。
任せられる仕事は、お客様対応しか残っていない
AIは、さらに難易度の高い仕事もこなす。
例えば顧客データベースからお客様の行動分析をし、今後の売り上げ予測まで瞬時に立てられるようになる。
「とりあえず、分析しておいて」と、上司から頼まれる仕事まで減っていくのだ。
分析結果の検証には経験が必要であるし、その結果から判断するには実績とセンスが求められる。新入社員どころか、経験の浅い社員に頼む仕事も奪われていく。
この会社でも、新入社員に任せられる仕事といったら、お客様対応しか残っていなかった。
「とりあえず、200社の担当者に電話して、このリサーチをお願い」
「とりあえず、先日のイベントの来場者に連絡してアポイントをとって」
マーケティングオートメーションでお客様の動きをトレースして、当社商品に興味がありそうな動きをするお客様には、タイミングよく電話をかける。
お客様とのやり取りは音声認識機能で瞬時にテキスト化され、上長に報告される。自分で報告書を書く必要もないため、ひたすらお客様とのコミュニケーションに時間を費やす。
お客様の価値観は多様化しており、何が正解かはわからない時代だ。だからベテラン社員でさえつねに手探り。勝利の方程式などないものだから、試行錯誤の連続だ。
「新入社員は、何をやったらいいですか?と聞いてくるが、事務作業などないし、お客様対応といってもマニュアルなんかない」
これは、新入社員を受け入れた職場責任者の言葉だ。
「マニュアルを見せてくださいと言われたけど、マニュアルに書けるような作業は、だいたいRPAに任せている」
現場の責任者やベテラン社員は、口をそろえてこう言った。
「将来の幹部候補を雇うんだったら、もっとベテランを採用してほしい。私たちだって必死に勉強している。教えることなんてない」
問題は、
・社長をはじめとする採用責任者
・新入社員をあずかる現場
・新入社員
それぞれに「認識のズレ」があったことだ。
社長や採用の責任者は、本来の目的を見失い、「働きがい」という表現を優秀な新入社員を集めるためのエサのように使っていた。
いっぽう、現場で働く人たちは「働きがい」についてあまり関心がない。それよりもまず、やるべきことをやることが重要で、期待された成果を出すことに重きを置いている。
これは前述した通り、イチゴの美味しいショートケーキの例えに通じる。広告でイチゴの美味しいショートケーキをアピールしておきながら、現場で働く人たちはそのイチゴがそれほど美味しいという認識を持っていないのだ。この場合、お客様の期待とズレが生じる。
近年、働きがいや心理的安全性、エンゲージメント、ワークライフバランス、クオリティーオブライフといった新語がよく報道で使われる。
しかしこれらのワードに関心が高いのは、就職や転職活動を行っている人たち、そして経営者や役員に限られる。いっぽう現場の人たちは、意識している余裕がない。
劇的な環境変化に伴い、成果の出し方が変わっている。デジタル対応やリスキリングなど、身につけるべき知識やスキルが多すぎて、部下育成している場合ではない。
そんな状況で、
「入社したら、まるで働きがいを感じられないんですが」
と新入社員に指摘されても、どうしたらいいかわからない。これが新入社員を受け入れる先輩たちの本音だろう。
ポイントは「Must」「Can」「Will」
それでは、どうしたらいいのか。
私は15年以上も前から、新入社員研修で一貫して言い続けているフレーズがある。それが、
である。この順番が大事だ。
やるべきこと(マスト)をやり続けることで、やれること(キャン)が増え、やりたいこと(ウィル)が見つかる可能性がある、という話だ。
自分の先輩や上司でさえ先が読めない時代が到来している。だからこそ、新入社員はまずは厳しい現実を受け入れる必要がある。
給料をもらうということはプロフェッショナルになるということだ。ストレスがかかっても、やるべきことをやっていれば、やれることが増えてくるものだ。
そうすることで成果が出て、多くの人から感謝され、働きがいを感じるもの。現場に行ったら、やりたくないこと、苦手なことも任されるかもしれない。だが、それは誰でも一緒である。
サポートしていくから、しっかりとやっていこうと、採用活動の最中から丁寧に伝えるべきだ。きれいごとばかり言っていると、こんなはずじゃなかったと言い、辞めてしまう新入社員が続出してしまう。
繰り返すが、ポイントは「マスト(Must)」「キャン(Can)」「ウィル(Will)」。この順番である。
期待された成果を出さない限り、本当の意味の「働きがい」は感じられないのだから。
横山 信弘(よこやま のぶひろ)Nobuhiro Yokoyama
経営コラムニスト
企業の現場に入り、目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の理論を体系的に整理し、仕組みを構築した考案者として知られる。12年間で1000回以上の関連セミナーや講演、書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。NTTドコモ、ソフトバンク、サントリーなどの大企業から中小企業にいたるまで、200社以上を支援した実績を持つ。最大のメディアは「メルマガ草創花伝」。4万人超の企業経営者、管理者が購読する。『絶対達成マインドのつくり方』『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、著書の多くは、中国、韓国、台湾で翻訳版が発売されている。