挙式を1か月後に控えた百恵の特番に昌子と淳子が出演。“中3トリオ”最後の共演に('80年撮影)

3人ともに個性的で、13歳でデビューした昌子は子どもっぽさがあり、淳子は底抜けに明るい女の子、百恵はちょっと陰がある。単独のアイドルとしても売れっ子の3人が一緒に活動するのは話題でしたし、そのためのスケジュール調整も大変だったようです」(芸能リポーターの城下尊之さん)

芸能界の第一線を一緒に走り抜けた3人の“絆”

 1971年に始まった『スター誕生!』(日本テレビ系)初代チャンピンの森昌子は、翌年に『せんせい』でデビューした。桜田淳子と山口百恵は同学年の森のオーディションを見て歌手を志し、桜田は '73年2月に『天使も夢みる』で、山口は '73年5月に『としごろ』でそれぞれデビューした

 “スタ誕”出身で中学3年生の3人を番組プロデューサーの故・池田文雄さんが“花の中3トリオ”と命名した。3人そろって『NHK紅白歌合戦』に出演したほか主演映画『花の高2トリオ 初恋時代』がヒット。高校を卒業するまで続き、 '77年3月に日本武道館で卒業コンサートを行い“解散”した

 森は抜群の歌唱力で演歌歌手として『哀しみ本線日本海』『越冬つばめ』がヒット。 '86年に先輩歌手の森進一(75)と結婚し、引退。3人の男の子をもうけたが離婚。2006年に歌手復帰し、 '19年に2度目の引退。

 桜田は歌手から女優に転向し舞台、映画、ドラマで活躍。 '92年に統一教会の合同結婚式に参加して以降、休業状態だったが、 '13年にデビュー40周年のライブを行った

 山口は歌手、女優として人気絶頂の21歳の時に俳優の三浦友和(71)と結婚、芸能界を引退した。

百恵さんは引退してからも復帰待望論とともに度々、動向が報じられています。 '19年には趣味のキルトについての本を三浦百恵の著者名で発売して話題になりました。昨年は長男で歌手の祐太朗さん夫婦に第1子が誕生していたことがわかり、百恵さんがおばあちゃんになりました。

 昌子さんの2度目の引退は、還暦になったことや高齢のお母さんの介護をするために静かな生活を送りたいというのが理由でした。淳子さんは統一教会の広告塔に変わりはない。統一教会が原因の襲撃事件も起きていますので、芸能活動再開には批判が多いと思います」(スポーツ紙記者)

3人に共通することは子育てを終えて第二の人生を歩んでいること。デビュー直後から芸能界の第一線を一緒に走り抜けた3人には絆があるようです。森は、電話やメールをすることはなくても気持ちでつながっている。いつか3人で話ができたらと語っていました」(芸能関係者)

 “花のシニアトリオ”が再会を果たしているかも。

 
所属事務所ホリプロの晴れ着撮影会で振り袖姿を披露した('77年撮影)

 

15歳の誕生日パーティーの主役、百恵(写真上)。会場には昌子と淳子がお祝いに駆けつけ、2人に囲まれてローソクを吹き消していた('74年撮影)

 

高校を卒業するとともに“トリオ”の活動は終えることになった3人は記者会見を開いた('77年撮影)

 

1975年に撮影された、おそろいのセーラー服で歌う(左から)桜田淳子、森昌子、山口百恵a

 

淳子の誕生日4月14日でのスリーショット。レースフラワーの花束を持ってポーズ('77年撮影)
引退コンサートでステージにマイクを置き、去っていくパフォーマンは伝説に('80年撮影)。コンサートから1か月、霊南坂教会での三浦友和との挙式には列島中が沸いた
デビューした年の初々しいカット。ショートヘアが“たわし”と形容されたことも('72年撮影)
『越冬つばめ』で日本レコード大賞最優秀歌唱賞を受賞するなど実力派演歌歌手に('83年撮影)
森進一と結婚引退する3か月前、最後の地方公演となった北海道・網走での1枚('86年8月撮影)
離婚した翌年、復帰コンサートで熱唱。シングルマザーとして3人の子育てと歌手活動を両立(2006年撮影)
デビュー間もない楽屋でのカット。キャスケットがトレードマーク('73年撮影)
『わたしの青い鳥』でビクターヒット賞を受賞。たくさんの祝儀袋と記念品にはにかみ笑顔(‘74年撮影)
ミニスカートで歌う『夏にご用心』がヒット。美脚を披露し18歳の健康美を('76年撮影)
40周年のライブ会場の建物前はファン、マスコミ、反統一教会の人たちで騒然とする場面も(2018年撮影)