'23年度から5年間の防衛費が、総額43兆円へと大幅に増額される。これは過去最高水準だった'19年度から'23年度の28兆円程度と比べても約1.5倍。ロシアによるウクライナ侵攻は長期化。5月31日には、北朝鮮が軍事偵察衛星を打ち上げてJアラートが鳴り響いた。軍備拡大はしょうがないのか─。
人員や燃料・弾薬についての議論は軽視されがち
6月1日、防衛政策のスペシャリストである自民党の石破茂衆議院議員に、緊急インタビューを行った。大規模な防衛費増額は、本当に必要だったのか?
「結論から言うと、防衛費の増額は必要です」
それは、なぜ?
「昨年にロシアがウクライナへ侵攻したとき“ロシアは負けるだろう”“経済はダメになって、通貨のルーブルは暴落する”と予想していた人が多かった。しかし、今も戦争は続いています。また、中国はすごい勢いで軍拡を行っている。艦船も航空機も増やし、宇宙やサイバー空間における能力も飛躍的に高まりつつあります。
北朝鮮は、とうとう偵察衛星を打ち上げるまでのレベルになってきました。これに対してアメリカをはじめとする西側諸国の力は相対的に落ちてきているのです。軍事力の均衡状態が崩れれば戦争が起きやすい状態になりかねない。だからこそバランスを取り戻すため、防衛費を増やし自衛隊の行動力を高め、日米同盟の実効性を担保していくことが必要です」
防衛費だけを見ると日本は世界3位の軍事大国となる。当然、国民からの反発は強い。
「防衛力とは戦争をしないためにあるのですから、防衛費を増やすことでどれだけ抑止力が高まるかの説明がないといけないわけです。
国際情勢が不安定だからと国民の不安に便乗して防衛費を増やすようなことはあってはいけないし、実際にそういった指摘もあります。国民がキッチリ納得のいく説明をする努力は必要であると思っています」
岸田文雄首相には国民に向けた適切な説明を求めたいが、日本の平和維持のために足りていない議論もあるという。
政府は23年度から5年間の防衛費を、これまでの1.5倍となる43兆円に増額する。ロシアのウクライナ侵攻をはじめ、ミサイルを次々と撃つ北朝鮮。中国が台湾へ軍事侵攻するとも囁かれる。不安定な世界情勢だから、軍事大国へと進むのはやむを得ないのか。
防衛相や地方創生相などを歴任した石破議員に話を聞いた。
「防衛についての議論は、戦車や戦闘機の数ばかりに目が行ってしまい、人員や燃料・弾薬についての議論は軽視されがちです。
“攻撃しても望んだ効果は得られない、日本人は一人も死なない”と思わせて侵略を思いとどまらせることを拒否的抑止といい、迎撃ミサイルもこれにあたりますが、特に議論が不十分なのが避難施設、シェルターです。日本は先進国の中でもシェルターの普及率は最低です」
日本核シェルター協会が'14年に発表した資料によると、各国のシェルター普及率はイスラエルやスイスは100%、ノルウェー98%、アメリカ82%、同じアジアのシンガポールも58%に達しているが、日本はわずか0.02%だ。
「ミサイルを撃っても被害がないならやめておこうとなるはずが、大勢の人が死ぬのなら“じゃあ撃とう”となってしまう。今回の防衛予算でも、飛んできたミサイルを撃ち落とす迎撃ミサイルの話はありますが、シェルター整備に関する話は見事に抜け落ちています。
やっと賛同してくれる議員とともにシェルター整備についての議員連盟ができたところで、今後、実装まで議論を加速させなければ」
もし、撃ち落とせなかったミサイルが1発でも日本に直撃すれば、避難先のない多くの国民が犠牲となる。国民を守るための防衛費の原資は、私たちの血税だ。
「だからこそ国民には“政治家はちゃんと説明をしろ”と声を上げていただきたい。戦車や戦闘機がいくらするのか、みなさんは忙しい日々の生活を過ごす中で考える余裕もないでしょう。
ただ、“納めた税金がキチンと使われているのか、日本はどう平和を維持するのか、しっかり説明を”という意識は必要だと思います。それはご自身だけでなく、ご家族にも影響の及ぶことなのです」
お金を配るというのは持続性に乏しい
2月、岸田首相はアメリカから巡航ミサイル400発を約2000億円で購入する予定であることを明かした。これは相手領域内にあるミサイル発射拠点を破壊する“反撃能力”を目的としたもの。血税の使い道には“反撃能力”より先に、必要なモノがあるのではないか。
さらに岸田首相は“異次元の少子化対策”を掲げるが、石破氏はどう考えているのか。
「少子化といっても、統計の数字は都道府県によってまったく違う。'21年の合計特殊出生率が全国で最も高いのは沖縄県で、その後は鹿児島、宮崎と続き、10位に私の地元である鳥取が入っています。
もちろん最下位は東京です。所得が最も高いのは東京なのに、なぜ子どもが生まれないのでしょう。例えば、東京は働く人の帰宅時間が神奈川に次いで2番目に遅いのです。すると“自由になる時間がないから家族を増やすことができません”となる。
一方で、鳥取は大学が少ないため、高校を卒業したら都会へ出て若者が帰ってこない。そのため出生率が高くても、人口減少が起こります。つまり、全国の47都道府県1718市町村それぞれが抱える課題はまったく違うのだから、地域によって政策も変えなければならない」
岸田首相は、少子化対策として児童手当の支給年齢を中学生から高校生にまで延長し、第3子からは月3万円を支給することなどを素案に盛り込んだ。ただ野党からは“バラマキ”という批判もある。
「お金を配るというのは、持続性に乏しい。それをしている間に、各自治体が問題点と解決策を考え、実行しないといけないということです。
竹下登元首相は“ふるさと創生事業”で全国の自治体に1億円を渡して“バラマキだ”と批判を受けましたが、予算委員会で“自ら考え、自ら行うのがふるさと創生なんだわね”と話されました。“失敗も成功もあるだろうが、自分たちで考えてよ”と竹下先生は言いたかったわけです。
今は、当時と違い失敗が許されないところまできています。それだけに、この記事を読んでいるみなさんが、地元の市議や町議に“うちのまちの少子化対策はどうなってるの?”と聞いてほしい。“わかりません”と話す人には二度と票を入れてはいけません。中央政府に任せきりではなく、一人ひとりが“どうすべきか”という意識を強く持つ必要がある。それは楽ではないし、気分もよくないけど、そうでなければ本当の解決はできないと思っています」
官僚や政治家に、任せているだけでは、私たちの血税が必要のないことに使われてしまう可能性がある。未来を担う子どもたちの負担を、少しでも軽くしなければならない。
「私にも2人の娘がいますが、彼女たちから“もう日本はダメだからオーストラリアに行こう”と言われ、私は愕然としました。こう思わせてしまったことが、私たち政治家の責任だと深く反省しています。自分の子どもたち、その次の世代に、このままだとどんな日本が待っているのか、今よりも深く考えていかなければいけません」
石破 茂 1957年生まれ、鳥取県出身。慶應義塾大学卒業後、三井銀行に入行。1986年衆議院議員に全国最年少で初当選。防衛大臣、農林水産大臣、地方創生・国家戦略特別区域担当大臣などを歴任。著書に『日本列島創生論』『政策至上主義』など