K-POPの老舗「SMエンタテインメント」(以下、SM)が揺れている。
6月1日、所属アーティスト「EXO」のメンバー3人(チェン、ベクヒョン、シウミン)が「収益の精算が不透明」であることや、「不公正な長期契約」を理由に専属契約の解約をSMへ通知し、騒然となった。
SMはすぐに、「精算は透明である」とし、3人のメンバーの背後に第三の勢力の存在がいると断じ、反駁。しかし、精算の資料提供については譲歩する意向を示すも、5日にはメンバー3人が専属契約の内容が「取引上の地位乱用行為」だとして公正取引委員会(以下、公取委)へSMを提訴し、事態は一気に泥沼化した。
EXOは2012年、韓国と中国で同時にデビューしたボーイズグループで、デビュー後すぐにスターダムを駆け上がった。途中でメンバーが脱退する危機もあったが、グループ内のユニットやソロ活動も好調で、トップグループとしての人気を保ってきた。昨年末にはメンバー3人を含むEXOのメンバーが再契約をしたばかりなだけに、韓国のみならず、日本でも衝撃が広がっている。
SNSで飛び交う「奴隷契約」の言葉
今回の事態に韓国メディアやSNSでは「奴隷契約」という言葉が飛び交っている。K-POPでたびたび言われるのが「7年のジンクス」という契約期間だ。それぞれの事務所で異なるが、練習生からデビューが決まった時点で専属契約を結ぶことが通常といわれ、有効期間は最長7年とされる。7年経つと、アーティスト・事務所双方が再契約するか、契約を満了するかを決められるようになっている。
この期間は2009年7月に韓国の公取委が定めたもので、背景には過去、韓国芸能界を揺るがしたアーティストにひどく不利な長期間の契約期間や、事務所側に圧倒的に有利な条件で結ばれた「奴隷契約」といわれる存在があった。これについては後で詳しく触れたい。
まず、ざっと経緯を追ってみよう。
EXOの3人のメンバー側は6月1日に「専属契約の解約通知」を送るまで、3月21日からSMへ「精算資料の写し」を要求する内容証明書を7回にわたり送っている。収益の精算についてこれまで釈然としなかったことを理由に挙げ、「正確で透明な精算の根拠となる資料の要請はアーティストとしての当然の権利」としている。
精算資料というのは、たとえばアルバム1枚についての歌唱印税やコンサートなどでに関する詳細な収支の内訳で、SM側は「閲覧はできるが提供はできない」という立場でこれを拒否。内容証明の最後の返答期限が5月31日で、期限が切れた6月1日、専属契約の解約の通知に至ったとメンバー3人側は明らかにしている。
アーティスト側に「外部勢力がいる」と批判
SM側は資料の写しを提供できない理由として「精算過程は透明である」とし、「精算資料が正しく提供されなかったというアーティストの主張はまったく事実ではなく、大衆文化芸術産業発展法の改正前までは年に2回、改正された後からは毎月精算を進めてきた。毎月の精算の進行具合や資料は常時閲覧可能だ」と具体的に説明した。
そして、今回の事態はメンバー3人の背後に「外部勢力」がいるために起きたとし、「外部勢力がアーティストに近づき、虚偽の話を吹き込み、自分たち(外部勢力)と契約しても法的に問題はないと提案したという情報が当社に寄せられている」と強く反駁した。その外部勢力に対し強硬に対応するとしており、実際にそう目されている会社へ内容証明を送ったことも確認された。
送り先は2021年に設立さればかりの「ビッグプラネットメイドエンタ」だ。SMは同社の前理事で歌手(MCモン)がメンバー3人に近づき甘言を囁き、同社が3人と契約を結ぼうとしたと見ているようだ。
これに対し歌手は「先輩としてアドバイスしただけ」と反論。ビッグプラネットも3人のメンバーとは面識もなく、契約しようとした事実もないとすぐに反論し、こちらも法的に対処するとした。
こうした中、メンバー3人はすぐさま「二重契約」を否定。そして、「外部勢力の介入という主張はアーティストの正当な権利行使という本質を回避し、さらには世論をごまかそうとするものでしかない。アーティストをそう見るSMの視覚が晒されたようで惨めな気持ちだ。十数年疑問を抱え、新人の時は口にすることすらできなかった問いを長い時間が過ぎた今からでもしなければという気持ちから、こんなふうにおそろしく、つらくとも勇気を出した」と訴えた。
5日、メンバー3人側が続けざまにSMを公取委に提訴した。「公取委がSMへ過去に命令した是正勧告がまったく反映されていない、不公正な契約書を締結することになりSMの『取引上地位乱用行為』により持続的に被害を受けた」と主張。「2007年10月と2011年1月、SMを相手に公取委は是正命令を出したにもかかわらず、該当の是正命令を無視した不公正な契約行為がSMで堂々とまかり通っていた」と説明している。
今回の訴訟のポイントは3つ
今回の提訴のポイントは、「デビュー前に契約した専属契約の期間の起算点をデビュー日に設定」「同業界の他の事務所と比べ長い契約期間」「海外進出などの事由により延長契約期間が適用されている」の3つに絞られる。
EXOの場合は、公開された資料によると、海外で活動する場合は専属契約期間を3年間延長するとされており、昨年末の再契約の際の契約期間(5年)には但し書きがついていた。
それは、「期間内に定められた最少数量のアルバムを発表できない場合はこれを履行する時点まで本契約を自動的に延長することとする」というもので、延長期間には上限も設けられていなかった。3人のメンバーはこうした条項により最大17〜18年の不公正な専属契約になると主張している。これが公開されるとメディアやSNSの間では「奴隷契約」という言葉が飛び交った。
そもそも「奴隷契約」はSMが所属アーティストと契約で揉めたことから生まれた言葉だ。SMは所属アーティストとの間にこれまでも契約上の問題がたびたび明るみに出ている。
「奴隷契約」という言葉が登場したのは2002年。この前年、韓国にアイドルという存在をもたらし、中国で「韓流」という言葉を生み出した当時のトップアイドル、「H.O.T.」(5人組のボーイズグループ)が契約問題でSMと争った。
メンバーのうち2人はSMと再契約に至ったが、残りの3人は、印税などを不当として争い、結局、グループを脱退して事務所を離れた。H.O.T.のファンクラブは20万人を超える規模と当時としては破格だったが、歌唱印税はアルバム1枚あたりひとり20ウォン(当時のレートは10ウォン=1円)にしか過ぎず、個人の事情で契約を破棄する場合は、「契約金と投資額、残った期間に相当する利益の3〜5倍を事務所に支払うこと」が定められていたことも明らかとなり、大きな波紋を呼んだ。
結局、検察が芸能界の不正捜査に着手し、公取委も不公正な実態についての調査を始めた。その結果、いくつかの事務所がアーティストに不正な契約を結んでいることが発覚。「奴隷契約」と呼ばれ猛烈な非難が飛んだが、その矛先の中心にいたのはSMだった。
日本でも絶大な人気を誇った東方神起も分裂
そして、2005年には所属俳優との間での不公正な契約条項が問題となり、2009年には日本でも絶大な人気を誇った「東方神起」のメンバーのうち3人が独自の活動を求めてSMを相手に「専属契約効力停止仮処分申請」をソウル中央地裁に申請し、人気絶頂のスターだっただけに韓国社会は大騒ぎとなった。
判決は3人のメンバーの訴えの相当部分を認めるもので、東方神起は同年11月には事実上、解散した(日本での活動では2010年)。訴訟では、定められた契約期間7年の解釈を巡る攻防もあったと伝えられている。
EXOは、韓国と中国で同時にデビューしたグループでもともとは12人だったが、2014年に中国人メンバー3人が契約期間を問題とし、訴訟を起こしてグループを脱退している。SMはこの訴訟には2018年に勝訴しており、今回の契約期間についてもこの時、最高裁でも認められた正当な契約内容だとしている。
SMも5日の提訴という行為に対し立場を表明している。まず、「アーティストの報道資料は多くの部分が事実と異なる。そして、今回の事態を生んだアーティストの意図が新規専属契約の効力を否定する目的のため行われたことがはっきりと明らかになった」とし、「アーティスト3人を含めたEXOのメンバーは既存の専属契約終了を前に行った再契約はまったく強制的ではない状況で大手法律事務所の弁護士の下、当社と十分な合意をした新規の専属契約を交わした」と契約内容の正当性を強調した。
「ガスライティングのような状況とも無関係ではない」
このSMの見解に3人のメンバーは、こんな心情を吐露している。
「SMがEXOのメンバーが自発的に新規契約を結んだという主張については、持続的な懐柔とそんな雰囲気が作られていた。個人が再契約へ応じなければ残りのメンバーやチーム全体に不利益を被るという話をされてきた。それでも再契約にサインしたのはただEXOメンバーとの義理を守り、EXOを守らなければという思いからで、正直にいえば、契約内容についてはほとんど諦めの境地でサインしたのが事実。
私たちの無気力な当時のことは、長い間培われたSM特有の閉鎖的であり団体的な雰囲気、さらには最近メディアでいわれるガスライティングのような状況とも無関係ではないという思いまでするほど」
ガスライティングは、正常な判断力を奪う行為で、そう思い込ませ、心理的にコントロールすることをいう。
SMはこの2月にはお家騒動が起きたが、結局、創業者の李秀満氏はSMを去り、現在SMの二大株主はカカオとその傘下のカカオエンタテインメントで、新生SMを謳っていた矢先だった。
真実がどこにあるのかまだわからない状況だが、大手事務所でこれほど契約問題が俎上にあがるのはSM以外にはないことは事実だ。契約期間のみならず、収益の内容にまで踏み込んだ今回の騒動は、K-POPが世界的な人気を集める中で、それを支えてきたアーティストと、事務所の関係性に重い一石を投じている。
菅野 朋子(かんの ともこ)Tomoko Kanno
ノンフィクションライター
1963年生まれ。中央大学卒業。出版社勤務、『週刊文春』の記者を経て、現在フリー。ソウル在住。主な著書に『好きになってはいけない国』(文藝春秋)、『韓国窃盗ビジネスを追え』(新潮社)がある。