「AIの発達によって人間の仕事が奪われる」。そんな怖い話が語られだして久しいが、AIが人間を恐怖に陥れる映画の公開が始まった。6月9日より日本での公開がスタートした映画『M3GAN/ミーガン』だ。
日本版ポスターではAI人形が「血の付いた刃物」を
《『ソウ』『死霊館』や『アナベル』シリーズで知られる巨匠ジェームズ・ワンと、『ハロウィン』『透明人間』のジェイソン・ブラム率いるブラムハウスが待望の再タッグ! 心に傷を負った少女の親友になるようプログラムされたAI人形〈M3GAN〉(ミーガン)の行き過ぎた愛情と狂気を描く、制御不能サイコスリラー。》
『M3GAN/ミーガン』公式サイトでそのように綴られている本作は、日本より先んじて公開された製作本国アメリカでは、公開からわずか3日間で興行収入は3020万ドル(42.7億円。以降、すべて6月15日時点のレートで計算)に。現時点での全世界興行収入は240億円を超えている。
TikTokでもバズりにバズり、関連ハッシュタグの視聴回数は累計13億回を突破とあって、日本での興行収入も非常に期待されている作品である。実際に日本でも公開からわずか3日間で興行収入1億4526万7900円、動員10万660人を記録したと配給会社が発表。
注目され、結果も出している『M3GAN/ミーガン』だが、内容以上に話題(?)となっていることがある。日本版とアメリカを含む他国版で大きく違う点が……。
日本以外の世界各国における同作のポスターは、AI人形であるミーガンが“膝あたりに手を置きながら椅子に座り、にらみつけるような視線でこちらを見ている”という構図のもの(その手前にミーガンが“守る”対象である少女)。手前の少女をトリミングして画角から外し、ミーガンに寄ったものもあるが、構図自体は変わらず、多くの国で等しく“それ”だ。
しかし、日本では異なっている。日本版のAI人形ミーガンは、“後ろで手を組み、そして「血の付いた刃物」を持っている”。この日本版ポスターに対してネットでは、懐疑的なもの、肯定的なもの、また“洋画の日本版”というさらに大きなくくりで否定的なものなど、さまざまな意見が飛びかっている。
《ホラーですよって説明しないとやっぱりダメなんだろうか…?》
《おそらく日本人は「説明しないと理解できないから」と思われる》
《日本の映画広告のイケてなさってなんなんだろうな。。。》
《日本だけポスターがダサすぎる》
《これは日本版が珍しくナイスだと思う…。テレビで流れるCMも声優さんの明るい声でホラーっぽくないから、ホラー苦手な方とか子ども連れとかがあまり情報入れずに入っちゃって大変な目に遭うかも知れない》
なぜ世界各国がほぼ同じ構図のポスターなのに、日本は違うのか。
「洋画のポスターが日本版で変わることは良くあります」
そう話すのは、映画批評家の前田有一さん。
「理由としては、日本市場は世界の中でも大きい方なので、それなりに本社から裁量権が認められやすいから、が挙げられます。もちろん日本側が許可なく勝手に変えることはNGですが。『アナと雪の女王』の1作目のPRチームが、アメリカバージョンにはなかった、“レリゴー”のフルコーラスを見せてしまう長い予告編を提案し、ディズニー本社からOKをもらい、結果的に楽曲人気がリードする形で映画もメガヒットを記録させた事案が有名です。
かつてはアメリカに次いで市場規模は世界2位、中国の台頭によって後退していますが、それでも作品によっては100億円を超えるポテンシャルが日本にはあります。長年の本国の本社との付き合いもあり、日本のパブリシティ側の提案をあちらが許可するケースが多いのだと思います」(前田さん、以下同)
キーワードは“説明過多を好む宣伝業界”
“変更する理由”はどのようなものが多いのか。
「日本市場は海外と比べてかなり特異だからです。理由は大きく2つ。1つ目のキーワードは“女性”です。作品にもよりますが、たとえば日本の映画宣伝マンは、映画の鑑賞者のコア層を、30代くらいまでの若い女性と考えています。そのため、日本映画はサスペンスだろうと人間ドラマだろうと文芸作品だろうと、ジャニーズ所属のタレントなどの若い男性を推す。ポスターの絵柄も女性向けであったり、そこまでいかなくても少なくとも“コア層の女性たちが不快にならないよう”に考慮しています」
海外ではそういった“若い女性層の最優先”はあまり見られないという。
「アメリカも韓国もちゃんと大人の男性にも伝わる宣伝をしますし、“非イケメン”のオジサン俳優が主演でメガヒット、というパターンも当たり前です。日本でもかつては西田敏行さんのような人が集客スターだった時代がありましたが、今はそういうスターはいませんよね?
いや、西田さんもハンサムですが、決してスリムなイケメン枠ではない、という意味です(笑)。海外では若いアイドル俳優はせいぜい脇役か、尖った悪役みたいな配役が多いように思います。無論、ティーン向け作品というジャンルは別で、あくまで一般的な映画の場合ですが」
これまでも“本国版(海外版)”と“日本版”のポスターに大きな差があり、話題になってきた作品は少なくない。いくつか例を上げる。
●『キャプテン・マーベル』(’19年3月公開)
【本国版】=ポスターに入ったフレーズはシンプルで「HIGHER FUTHER FASTER」(さらに高く、遠く、速く)というもの。
【日本版】=フレーズは「失われた過去 狙われる記憶 与えられたチカラ 私は、〈私〉なのか―」。さらに映画タイトルの上に「これは、アベンジャーズ誕生前の物語」を追加。
●トイ・ストーリー4(’19年7月日本公開)
【本国版】=ポスターには映画のタイトルと公開日のみ。
【日本版】=構図はまったく異なり、ポスターには「あなたはまだ本当の『トイ・ストーリー』を知らない」「この結末は想像を超える」という文言
「『トイ・ストーリー4』の例がわかりやすいですが、子どもやファミリー向けの本国版に比べて、日本はあきらかに大人の女性を意識したノスタルジックなものになっています。日本のディズニー宣伝チームは、先述したように『アナ雪』で本国も驚く大ヒットを飛ばしました。
おかげで『アナ雪2』は今でもアニメ映画の世界歴代トップです。そのためディズニー作品では日本のPRチームは、比較的に自由に日本向けに宣伝策を練っている印象があります。日米の映画ポスターの違いはディズニーを見比べるのが一番わかりやすいと思います。また、韓国映画も日本版では、より若い女性向けのものになることが多いですね」
本国版と日本版でポスターが変わる大きな理由はもう1つ。
「2つ目の理由は、文字、キャッチを多くして“説明過多”にする、というものですね。映画の宣伝業界では、日本市場はなるべくたくさん中身を説明したほうが良い、という不文律があります。予告編でも驚くほどネタバレをすることが多いです。ほとんど結末以外、“あらすじ”でバラしちゃってもいい、というのが日本の常識ですね。
それくらいしないと見に来ないし、またそこまで知っていても見て満足するのが日本人です。よく知らないダメ映画を見て失敗するより、絶対そこそこ満足できるものを見たいという安定志向、皆が見ているヒット作に集まる傾向が強い。
そうした単一民族性に加え、国民の識字率も高いので多くの文字が入っていても100パーセント伝わるという側面もあるかもしれません。移民が多いアメリカでは、英語を読める人ばかりじゃありませんからね」
では今回、『M3GAN/ミーガン』において変更がなされたのは、どんな理由が考えられるか……。
「2つ目の理由とも関連しますが、やはりキーワードは“説明過多を好む宣伝業界”というものがあるでしょうね。各国のポスターを見ると、明らかに日本版よりアーティスティックでデザインも良いです。あくまで一枚絵としては。しかし日本ではポスター画像はあくまで“宣伝のためのもの”であり、“アート”じゃない。そのためデザインの良さを崩しても、いかに客を呼ぶか、稼ぐかという視点で作り直すわけです」
日本版ポスターにおいて、“強調”している部分について……。
「日本版で強調している部分はそれぞれこんな理由があると思います。こういうことを“言いたい”のだと……」
●ジェームズ・ワン(映画監督、脚本家。本作では原案・製作を担当)
→『ソウ』や『アナベル』などホラーの大ヒットメーカーだ!
●ブラムハウス(本作の製作を担当するジェイソン・ブラムによる制作プロダクション)
→ホラーのトップブランドだ!
●「一途」「狂気」という文言
→やばめのホラーを思わせる
●ヒロインの手に追加された「ナタのような刃物」
→あきらかにホラー
「“日本じゃホラーファンにバズらせないとダメな映画だな”、“だけど相変わらず本国は"アート"を送ってきたな”、“もっとホラーファン、加えて日本特有のコア層=怖いもの見たさの女性にアピールしないとダメだ”、“それらを強調、またナタを追加、表情もヤバめに変更して、超わかりやすくしよう”。というような感じになったのでしょう。
余談ですが、『M3GAN/ミーガン』は試写会のときから大混雑で、メディアが注目していたことを宣伝会社はつかんでいましたし、宣伝にも相当、力を入れていたと思われます。絶対失敗できないぞ、というわけです」
『M3GAN/ミーガン』の日本版を配給する東宝東和に変更の理由について問い合わせると、以下の回答があった。
「社内で確認させていただいたのですが、いずれのご質問も通常、回答は控えさせて頂いているようでございます」(原文ママ)
日本版ポスターにはAI人形の言葉である文面が添えられている。
《“死ヌマデ”守ってあげる》
“わかりやすさ”を求めるか、作品の“面白さ”自体に目を向けるか──。