大食い番組の人気は根強い。テレビ東京系では『デカ盛りハンター』が日曜のゴールデンタイムで放送され、5月には同局で『最強大食い王決定戦』が3年ぶりに放送されてSNSで話題になった。
テレビ番組の大食いチャレンジが論争に
これらの番組を受けて、『高校生新聞オンライン』に“テレビ番組の大食いチャレンジ企画に違和感「食材の無駄では?」”と題された記事が公開。高校生記者は、「食べることが大好きな私はよく見ていましたが」と前置きした上で、「苦しそうに食べていること」、「食材を無駄にしているみたい」、「SDGsに逆行してないか」と3つの疑問を呈し、大食い番組の見方が変わったことを打ち明けている。
この記事がヤフーニュースに配信され、約2000件に及ぶコメントが投稿されるなど、「大食い企画は是か非か」といった論争に発展。テレビのコンプライアンスが厳しくなる中で、大食い番組に対する風当たりも厳しくなっていることが浮き彫りになった。
こうした世の中の変化を、当事者はどう考えているのか?
『大食い王決定戦』で3度の優勝を誇る、大食い界のエース、「MAX鈴木」こと鈴木隆将さんに、そのことをただすと、「高校生の主張を真っ向から否定することはできないです」と、神妙な顔つきで答える。
「大食いを議論するときに、昨今挙げられる問題は、“摂食障害を助長するのではないか?”と“SDGsにそぐわないのではないか?”という点です。記事を書いた高校生が指摘していることは、ここ最近、僕たちも痛感していることでもあります。
僕の場合でいえば、必ず2か月に一度は健康診断に行き、数値に異常が見られたら大食いはしないようにするなど、健康面に関しては万全の対策を講じています。ですが、大食い番組や企画に挑戦するすべての人が、そうした健康面の管理をしているかと問われるとわからない」
摂食障害の危険性に加え、さかのぼること'02年には、当時人気番組だった『フードバトルクラブ』(TBS系)の影響を受けた中学2年生が、友達と早食い競争をした結果、のどにパンを詰まらせて亡くなってしまうという悲劇を生んだ。この事故を受け、大食い番組は長らく放送を自粛。安全対策を徹底する──と宣言し、大食い番組が復活したのは3年後のことだった。大食い(あるいは早食い)への逆風は、以前から存在していた。
「批判は常にあります。僕のYouTubeチャンネルのコメント欄やSNSのダイレクトメッセージに、『子どもに教育しなければいけない親という立場なのに、恥ずかしくないんですか?』といった厳しい声が届くのは日常茶飯事です」(MAXさん)
そのため、MAXさんは大食いの影響で病気になる、お店の人に迷惑がかかるといったマイナス面をつくらないように徹底しているという。その一方で、「“苦しそうに食べている”という指摘はそのとおりで、実際に苦しいときは多々あります」と苦笑する。
日本と海外の大食いコンテンツの違い
テレビのコンプライアンスを考えたとき、大食い番組の現在の立ち位置はどうなのか。「高校生の主張はわからないでもない」としながらも、「大食いまで規制すると映像表現の幅が狭まってしまう」
と指摘するのは、阪南大学国際コミュニケーション学部教授の大野茂さんだ。放送文化論を担当し、自身も16年間、ディレクターとしてNHKに在籍していた経験を持つ。
「犯罪を助長するわけでも、人権を侵害するような行為でもない。不愉快といった違和感についても、例えば、“私は不倫が許せないのでそういったドラマは作らないほうがいい”といった問題提起によって、ドラマの幅が狭まるのはおかしいでしょう。もちろん、大食い番組はドラマと違いリアリティーショーです。そのため非難にさらされやすいという性質がありますが、食べ物で遊んでいるわけではない」(大野さん)
食べ物を粗末に扱うようなケースは、“道徳的に守らなければいけないルール”であるコンプライアンスに反するが、大食い番組は「遊んでいるような見せ方で作られてはいないし、悪意も感じられない」と大野さんは付言する。たしかに、万が一に備えドクターを配置し、過去にはドクターストップによって選手が不戦敗になったこともある。
「大食いをバラエティーとして捉えるか、スポーツとして捉えるかによって見方が変わってくる。マラソンやボクシングは顕著な例ですが、“苦しい”という表情は、スポーツであれば違和感は覚えませんよね。むしろ、見るものに“すごみ”すら訴えかけてくる。番組を作る上で、こうした使い分けは必要かもしれません」(大野さん)
この意見に同調するのが、前出・MAXさんだ。
「大食いチャレンジ系のYouTube動画は、食べ方が汚いと再生数が伸びづらい。楽しそうに美味しくバクバク食べる……つまり苦しそうに食べていないほど再生数が伸びる。反面、フードファイトのような勝負の側面が強調されると再生数が伸びづらいですし、否定的な意見が強くなる。どちらも大食いの素晴らしさですし魅力だと思っています。その中で、後者を表現することが難しくなってきているからこそ、スポーツ的な魅せ方を意識していく必要があるのではないかと思います」(MAXさん、以下同)
その代表的なコンテンツが、MAXさんも参加した経験を持つ、7月4日のアメリカの独立記念日にニューヨークで行われる『ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権』だ。
「アメリカは大食いが完全にスポーツとして確立していて、FOXをはじめとしたテレビ局が生中継をするほどです。僕も初めて参加したときは、その熱狂っぷりに圧倒された。と同時に、こんな世界があるのかとアドレナリンが出た」
日本ではスポーツ化の難しさもある
反面、スポーツ化の難しさも理解していると言葉を選ぶ。
「日本は、“もったいない”の精神が根強い。それが食にも反映されるという独自の倫理観があります。スポーツ的な魅せ方をするといっても一筋縄ではいかないことは百も承知です。ただ、大食いにはいろいろな側面があるということは伝えていきたい。今年のネイサンズには僕も参加予定ですので、その面白さを自分のYouTubeチャンネルなどで発信することで見方を変えられたら」
そして、フードロスを指摘する意見に対しては、次のようなアイデアを画策していると話す。
「コロナ禍で閉店を余儀なくされた飲食店から、『破棄するのは忍びないので、店内にある食材を食べ尽くしてくれないか』という依頼を受け、食べまくりました(笑)。その動画はとても評判が良かったんですね。大食いが、食べ物を無駄にしているように見えてしまうからこそ、逆にフードロス削減に貢献するではないですが、ポジティブに作用する面もあるんだよ─ということを見せていければと思っています」
先の阪南大学教授の大野さんは、「当事者と視聴者に距離があり、十分な理解がないまま議論だけが独り歩きすると、コンテンツが縮小し、市場そのものがなくなってしまう」と釘を刺す。
「例えば、記事を書いた高校生に大食いの現場を見てもらうといったことも一つの方法かもしれません。実際に自分の目で見ると、また見え方が変わってくる」と大野さんが話すように、実際にリアルな現場を知ることも議論には欠かせない。
大食い番組は、曲がり角を迎えているかもしれない。だが、「時代に合わない」のひと言で片づけていいほど、歴戦の大食い選手たちの名場面を、私たちも真っ向から否定することはできないはずだ。
<取材・文/我妻弘崇>