5月下旬、山梨県の青木ヶ原樹海に出かけた。僕は樹海に関する仕事も多く、年に7~8回は樹海に足を運んでいる。現地で樹海にいつも同行するKさんと合流した。彼は僕よりもずっと多く樹海を訪れている。彼の目的はただひとつ“遺体を探すこと”。とてもシンプルだ。
樹海で見つけた若い遺体
かつての僕のルポを読んだ読者から“樹海にはいつもご遺体があるものですか?”といった質問を受けることがある。全然そんなことはない。足しげく樹海に通うKさんですら、数回に1度の割合でしか遺体と遭遇していない。
今日はもしかしたら……と不思議な予感があった。予感は当たり、お昼過ぎくらいに遺体と対面することになった。多くは樹海の入り口付近で亡くなるが、この遺体はかなり奥深い場所で亡くなっていたようだ。
現場にはスマホやゲーム機、アイコスなどが散在しており、どうやら最期のときまでそれらを使っていたようだ。また、レトルトの米を、温めずにそのまま食べた痕跡もある。つまり、第三者に殺されたわけではなさそうだ。警察に通報したら、解剖で判明するかもしれない。だが、Kさんのポリシーからすると“死体を発見しても警察に通報しない”。
「僕が通報しないことを声高に責める人もいましたが、現実は通報をしても警察に喜ばれない。聞いた話では、通報者に対して“次に通報したら逮捕する”などと脅すようなこともあったそうですよ」
とは、Kさんだ。詳しく話を聞くと、遺体を探す人たちの中に一部“樹海で死体を探し、警察に通報する”という一連の行為を主たる目的にする輩がいるという。Kさんのような遺体探しをする人々の間にも、なにやらそれぞれの流儀があるらしい。そんな通報派の彼らが、ここのところ厄介者扱いを受けている。挙げ句に逮捕までちらつかされているという。イタズラの通報というわけでもないのに、いったい何の罪に問われるというのだろう。
「まぁ、警察も通報されたら樹海に入って死体を回収しなければなりませんからね。足場の悪い樹海で死体を運ぶのは大変な重労働。腐敗が進んでいたらアルミ製の荷車で搬送しますが、それらは樹海の中に入れませんし」
そういった実作業的な面もあるが、問題はほかにもある。
「死体は“山梨県の自殺者”になります。山梨県はすでに年間の自殺死亡率はトップクラスですから、これ以上数字を悪くしたくないはずです」
自殺者数の統計は“自殺の発生地”でカウントされる。例えば東京都の住民が山梨県で死んだ場合でも、山梨にカウントされるのだ。遺体の回収や身元確認、事務処理といったもろもろの面倒な実務があったうえで成績まで下がるというなら、警察も通報を厄介に思うようになるのかもしれない。
「そんなもんです。例え通報を受理してくれても、時間が夕方過ぎなら引き取りに来ないこともありますし。しょせん死体は死体。生き返ることはないから、慌てる必要もないんでしょうね」
警察という組織に関しては疑念が湧いた。
そんな会話をするうち、時間は16時を回った。冬ならば16時がタイムリミット。日の長い季節でも、17時を過ぎるとかなり暗くなる。そろそろ帰らなければ……とわれわれが考えたとき。ふと目の端に青いものが入った。
近づいてみた。その人物はかなり若い年齢であることが分かった。まだ30歳にもなっていなさそうだ。珍しく、顔に黒いマスクをしている。コロナ以降、マスクを持って樹海に入る人は増えようだが、マスクをつけた遺体ははじめて見た。
マスクをつけた遺体
足元に紙が落ちていた。遺書かと思ったが、小さな可愛らしいピンク色のメモ用紙だった。
《◯◯◯くん。今日は遊んでくれてありがとう 楽しかったー 初めてのぴんさろ、どうだったかな? 次はイカせたい!! 反応かわいすぎていとしかったー ◯◯より》
樹海に、遺体にまったく似つかわしくない、風俗嬢からのメッセージだった。樹海に出向く前に、風俗店へ行ったのだろうか。◯◯◯くんの気持ちを思うと、切なくなった。
しばらくすると周りは闇に包まれた。僕らはKさんのポリシー通り、警察に連絡することなく、樹海を離れた。
警察が動かない以上は彼の友だちや家族、風俗嬢はおそらく、彼があの場でああして風に揺られていることを知らないだろう。おそらく警察が動けば、所持品から身元もすぐにつかめるだろう。ただ、彼自身の気持ちはどうなのか。誰にも知られたくない思いで樹海へと足を踏み入れたのではないか。樹海において、何が正しくて何がダメなことなのか。相変わらず僕には謎のままだ。
(取材・文・撮影/村田らむ)