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 現在のがん治療は、検査結果からがんの進行度を見極め、「ガイドライン」に基づいた治療を医療施設で行っている。通常のがん治療は、西洋医療による手術、放射線、抗がん剤の3大治療が主流。病気を治すためにとても重要な治療とされている。

高学歴な人ほど民間療法に走りやすい

 しかし、インターネットが発達したことで最新の医療情報にアクセスしやすくなった反面、SNSなどでは「○○でがんが治った!」という話がまことしやかに語られ、“ニセの医療”に目がくらみやすい。通常のがん治療を拒否して取り返しのつかない結果になることも少なくない。

「治療実績の向上などから“がんは治る時代”といわれていても、完治の保証がない、再発の不安がある場合などは、本人や家族の選択肢として、西洋医療以外の『補完代替療法』を取り入れます」

 と、補完代替療法や健康食品に詳しい大野智先生は語る。

 補完代替療法とは、西洋医療を補う医療で、昔から行われている「民間療法」などのこと。代表的な民間療法は、左のように分類できる。一般的にハーブやビタミン類、サプリメントなどの天然産物、鍼灸、マッサージなどの施術、ヨガや運動療法といった心身療法など、健康な人でも日常的に取り入れているようなものもある。

 この補完代替療法をどのくらいの人が取り入れているのかを示したデータがある。緩和ケア病棟で亡くなったがん患者における補完代替療法の使用実態を遺族にアンケートをした結果(※1)では、回答した遺族のうちの52・5%が患者が亡くなるまでの間に何らかの補完代替療法を利用していた、と回答している。

 厚生労働省がん研究助成金「がんの代替療法の科学的検証と臨床応用に関する研究」班によると、がん患者における補完代替療法に「関心を持っている人」と「利用している人」の割合が83%という調査結果もあるほど。

 補完代替療法は自分の判断や責任で行うため、病院で受ける医療とは異なり、保険適用外となることがほとんどだ。それでもなぜ、がん患者は民間療法を求めるのか。

「がんによる苦痛を緩和したい、進行を抑制したい、免疫力を少しでも上げたい、と考えている人が利用します。精神的に生きる希望を持ち続けるために利用する人も(※2)」(大野先生、以下同)

 若年患者や高学歴な家族がいるケースで、特に利用率が高い(※3)。

「若年層や高学歴の人は自分で調べて、補完代替療法の情報をいろいろ入手します。それが利用につながったのではないかと、推測しています」

 若年層が多いのは、「若いほどがんの進行が早い」といわれるせいもあるだろう。

「がん患者さんや家族は、こうした情報に期待しながら、さまざまな商品を購入する実態があるのだと思います」

※1~3は「鈴木梢ほか、Palliat Care Res 12;731-737,2017」より 

代表的な民間療法の分類

天然産物
→ハーブ、ビタミン、ミネラル、栄養補助食品、プロバイオティクスなど

心身療法
→ヨガ、カイロプラクティック、整骨療法、瞑想、マッサージ療法、鍼灸、リラクゼーション、太極拳、気功、ヒーリングタッチ、催眠療法、運動療法など

そのほかの補完療法
→心霊治療家、アーユルヴェーダ医学、伝統的中国医学、ホメオパシー、自然療法など

(米国 国立補完代替医療センター:2017より)

サプリが治療の妨げ、ヨガで骨折のケースも

「補完代替療法は、西洋医療を“補完”するもので、あくまでも治療の主役は西洋医療。脇役である補完代替療法を行うときは、主治医に相談することが大切です」

 では、実際にがん患者が行う補完代替療法にはどんなものがあるのか。順番に見てみると、1位がサプリメントの54%、2位が運動の39%、3位がマッサージ、骨格改善36%、4位が温泉、温熱療法29%(複数回答)と続く(※4)。※4「鈴木梢ほか、Palliat Care Res 12;731-737,2017」より 

 行う目的を見ると、抗がん剤などの副作用の軽減やQOL(生活の質)を上げるなど、人によってさまざまだ。医師はどう思っているのか。

「医師や看護師の中には、補完代替療法に対して否定的な考え方をしている人もいるようです。その一方で、健康食品は毒にも薬にもならないと、患者さんが希望するなら摂取は任せてもいいと認識している医師もいます」

 しかし、大野先生はがん患者がよく利用するにんじんジュースなどの健康食品、ビタミン類のサプリメントなどでも、まずは主治医や医療スタッフに相談し、安心して取り入れることが大切と話す。

「健康食品やサプリメントは治療薬の効果を妨げる可能性があります。治療薬との相互作用について、事前に調べてから利用しなくてはいけません。もし、主治医に相談しづらかったら、薬剤師や看護師に聞いてみてください。それを試したい理由や目的も伝えるといいですね」

 また、「運動」や「ヨガ」、「鍼灸」は指導者や施術者が患者の身体に触れたり、動かしたりする。必ず医師に相談してから行ってほしいという。

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「極端な例かもしれませんが、ヨガの先生は目の前の生徒さんが、骨転移のあるがん患者さんだと知らない場合もあります。骨が弱っているのに無理なポーズをさせて、骨折に至るリスクもあるのです」

 鍼灸を受けるときも注意が必要。鍼治療ではまれに出血することがある。がんが進行している人や、抗がん剤治療をしている人は出血しやすい。

「これまでにがん患者さんの施術経験があり、主治医と連携が取れる鍼灸師に施術してもらうようにしてください」

 補完代替療法を精神的な支えにしているがん患者や家族は多い。だからこそ、利用することを自ら主治医にきちんと伝えて、正しく取り入れることが重要になってくる。

「家族やがん患者さんも、それぞれの補完代替療法を利用するときの心構えとして、チェックリストを確認しておくことが大事です」

がん民間療法利用の際はここをチェック!

■どのように効果を発揮するものなのか
■それは科学的な方法で検証された研究なのか
■現在受けている治療に影響があるか
■安全性はヒトで確認されているか。また副作用がないか
■施術者は免許など技術、知識を保証するものを持っているか
■施術者は自分と同じ病気のほかの患者を治療したことがあるか
■施術者が自分の主治医と情報を共有して、一緒に治療に取り組んでくれるか
​■費用はどのくらいかかり、どのくらい続ける必要があるか

始める前に情報を吟味し自分に合ったチョイスを

 時折、「〇〇に効く」と書かれた健康食品を見かけることはないだろうか。これは「医薬品医療機器等法」や「健康増進法」違反のおそれがあり、本来はこのような言葉を商品に使ってはいけない。

「とはいっても、補完代替療法を“お守り”だと心の支えとして、取り入れる人もいるかもしれませんね」

 もし、自分で使ってみたいサプリメントがあるのなら、使う前にそのサプリメントの情報を集めて検討することが大事。そして、商品の良い点だけに注目せずに、メリットとデメリットの両面があることを覚えておこう。

 厚生労働省が行った補完代替療法を利用した人が感じるメリット&デメリットの調査では、メリットに「体力・免疫力が高まる」と感じている人が最も多く、「病気の治療につながる」「病院の治療に比べて副作用が少ない」ことを挙げている(※a)。※aは『がんの補完代替医療ガイドブック』より

 反対に、デメリットは「副作用が気になる」が最も多く、「依存してしまいそうな気がする」などが続く。 

 大野先生は補完代替療法の情報を自分で正しく判断して取り入れるために、気をつけたいことが3つあると話す。

 1つは、最初に見た情報をうのみにしないこと。

まずは自分なりに情報を吟味してみてください。例えば、『健康食品でがんが消えた』という体験談があったら、『健康食品だけでなく、抗がん剤治療も受けていたのでは?』と考えてみましょう」

 2つ目は、情報について柔軟に考えること。

情報の一面だけをとらえず、さまざまな角度から考えるようにします。例えば、話題の健康情報などがあったら、がん患者さんは、その情報の良い点ばかりに目が向いてしまうでしょう。けれど、良くない点を調べるなど、ほかの面からも柔軟に考えることです」

 3つ目は、情報を単純に考えないこと。

「例えば、健康食品のパッケージに“〇〇大学の教授も推薦”と書かれていると、権威のある人が推薦しているから良い商品だと、単純に信用してしまうことがあります。権威者の意見や肩書だけで判断しないで、情報の内容をよく確認します」

一度、始めると後には引けなくなる

「補完代替療法の中には高額な商品もあります。5年、10年と続けたときの出費を考えてみて、効果が金額に見合っているかを見極めることもしてほしいです」

「藁をもつかむ思い」で補完代替療法を利用するがん患者や、その家族の心理状態を利用して、効果が望めない商品を売り、なかには莫大な利益を得る人たちがいるのだ。

「治療中は、病院のがん治療でお金がかかる上に、補完代替療法を取り入れると、毎月の治療費はさらに増えてしまいます。無理なく続けられるのであれば、試してみるのもいいかもしれません。しかし、お金の負担を感じたら、“やらない”と勇気を出して決断することも必要です」

 なぜなら、補完代替療法を一度始めてしまうと、後には引けなくなり、やめるにやめられないケースが多いという。

 始める前の段階で慎重に検討すれば、後から家計が苦しくなり、病院の治療費が払えなくなるような事態は防げる。

「病院のがん治療をためらって、健康食品に頼るようなことはやめましょう。また、“西洋医療をやめてこの治療だけにしなさい”という怪しい療法は、避けるべきです。補完代替療法だけを信じてしまうと、適切なタイミングで適切な治療を受ける機会を逃してしまい、がんが治らなくなるリスクがあることはぜひ、知っておいてください」

大野先生セレクト!がん患者向け民間療法 おすすめベスト5

●ウォーキング

【メリット】毎日20分ずつ早歩きを行う。週末の2日間に1時間ずつ行っても同じ効果が望める。生活の質が改善し、免疫機能が活性化。精神的なストレスを和らげる効果も期待できる。乳がんと大腸がんについては、再発を抑制して生存期間が延びたというデータがある。

【デメリット】がんを消失させることはできない。ぜんそくなど呼吸機能に障害がある人、狭心症など心臓機能に障害がある人は、実施してもよいかどうか医師に相談する。

●ヨガ

【メリット】乳がん患者のだるさや倦怠感を軽減し、睡眠障害を改善して、生活の質を向上させたというデータがある。不安感や落ち込んだ気分を和らげる効果もみられる。

【デメリット】がんを消失させることはできない。骨転移の疑いがあるときは、身体の屈曲や捻転などを伴うポーズをとったときに、骨折のリスクがあるので注意する。

●漢方

【メリット】保険適用で医師が処方する医療用漢方薬と、薬局などで購入できる一般用漢方薬がある。抗がん剤治療や放射線治療の副作用である倦怠感を軽減するなど、生活の質の改善に役立つ。

【デメリット】がんを消失させることはできない。漢方は医薬品のため、副作用が出たらすぐに中止する。ほかの薬とのあみ合わせにも気をつける。また、「漢方サプリ」と混同しがちなので注意して。

●鍼灸

【メリット】身体のツボに鍼を刺したり、もぐさを燃焼させてツボを刺激することにより、がんの痛みや息切れなどを軽減し、精神的な苦痛を和らげる。抗がん剤治療の副作用で起こる吐き気や嘔吐も軽減させる。

【デメリット】がんを消失させることはできない。がん患者は出血しやすいため、がん患者への施術に慣れた鍼灸師が注意深く行わなければならない。

●マッサージ

【メリット】身体の表面を手でさする、もむ、圧をかけるなどの方法によって、がんによる痛みや不安の軽減が期待できる。

【デメリット】がんを消失させることはできない。がんの部位や放射線治療をした部位などへの強いマッサージ、出血傾向のある患者への強いマッサージは避ける。

がんの民間療法について知りたいときは下記をチェック
・国立がん研究センター(がん情報サービス)
https://ganjoho.jp/public/index.html
・厚生労働省eJIM(イージム:「統合医療」情報発信サイト)
https://www.ejim.ncgg.go.jp/public/index.html

お話をお聞きしたのは……大野 智先生●島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授。医学博士。厚生労働省「『統合医療』情報発信サイト」の作成に取り組む。著書『民間療法は本当に「効く」のか』(化学同人)など。

(取材・文/松澤ゆかり)

 

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大野智先生●島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授。医学博士。