左上から時計回りに『13日の金曜日』『エルム街の悪夢』『エクソシスト』『CURE』『女優霊』『ハウス』

『プー あくまのくまさん』『M3GAN/ミーガン』『Pearl パール』『ミンナのウタ』『ホーンテッドマンション』『ヴァチカンのエクソシスト』『ヒッチハイク』……これらはすべて、今夏公開の国内外の新作ホラー映画だ。

 キャラクター系、悪魔系、都市伝説系などなど、今年の夏もさまざまなタイプのホラー映画が、私たちの心臓をキュッと、背筋をゾッとさせるに違いない。

 振り返れば、国内外のホラー映画は、日本の納涼を演出し続けてきた。日本の夏には、あの世から死者の霊魂が帰ってくるとされる「お盆」があるため、怪談話が定着したといわれており、そのタイミングに合わせ、数々のホラー映画が公開されるようになった。ホラー映画の金字塔と呼ばれる『エクソシスト』のアメリカ本国公開は'73年12月26日だが、日本では翌'74年7月13日。日本の夏は、ホラー映画の旬でもあるのだ。

ホラー映画が人気を博した経緯

 では、いつごろからここ日本でもホラー映画を目にする機会が増えていったのか? 映画ライターのよしひろまさみちさんに伺うと─。

「アメリカでは、'73年に『エクソシスト』が大ヒットした後、'78年に『ハロウィン』と'78年に『ゾンビ』という世界的にも大きな衝撃を与えた作品が登場します」

『ハロウィン』は超人的な殺人鬼が、『ゾンビ』は人肉をむさぼり食う死者が描かれる。こうした流れを踏まえて、「“スプラッター映画”と呼ばれる、血しぶきが飛ぶようなホラー映画が隆盛し、ここ日本でも人気を博すようになっていく」とよしひろさんは説明する。

「'80年代には、『13日の金曜日』のジェイソン、『エルム街の悪夢』のフレディ、『チャイルド・プレイ』のチャッキーなど、今に続く人気キャラクターが次々と誕生しました。これらの映画は、“クラスの人気者のような陽キャが最初に被害に遭う”といった、いわゆる“お約束”が多いことも特徴です」(よしひろさん、以下同)

 ここ日本でも、ほとんどストーリーが変わらない勧善懲悪を主とする水戸黄門が人気だったように、“お約束”は安定した面白さを提供する。 スプラッター映画の人気が高いのは、“お約束”があることも一因だろう。

「私自身、陰キャですから、『13日の金曜日』を見るたびに陽キャがやられスカッとしてしまう瞬間が(笑)。ホラーとしての怖さを体験しながら、どこか爽快感も味わいたい。そういう方におすすめしたい作品です」

“悪魔”の汎用性

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 また、先に挙げた『エクソシスト』をはじめとした、悪魔系も根強い人気を誇るホラー映画だろう。

「ラッセル・クロウが主演を務める『ヴァチカンのエクソシスト』という映画が、7月から日本でも公開されますが、悪魔VS悪魔祓いも鉄板ネタです。'13年に1作目が公開された『死霊館』シリーズなどを見るとわかりますが、悪魔のしわざによって、さまざまな超常現象が起きる。それを悪魔祓いや霊能力者が解決していくわけですが、悪魔は再び誰かに取り憑き、同じことが起きていく。欧米では悪魔の存在は永遠ですから、いうなれば商材として優秀なんですね(笑)」

 困ったら悪魔─ではないが、料理におけるめんつゆのような汎用性の高さが、ホラー映画における悪魔なのかもしれない。

「アメリカの大作映画は、サマーシーズン、レイバー・デー、サンクスギビング、クリスマスといった連休シーズンにあてるのが一般的。その合間をつなぐ、興行成績的にも安定感があるジャンルがホラー。量産されてきたため、B級映画のようなジャンクな内容になるケースも珍しくない」

 一方、悪魔の文化が根づいていない日本では、「霊」がホラーにおいて重要な役割を果たすことが多い。古くは、『東海道四谷怪談』『番町皿屋敷』といった怪談から派生した古典映画があるが、よしひろさんは、「『八つ墓村』などにもいえることなのですが、これをホラーと位置づけていいのかわからない」と苦笑しながらコメントする。

「おどろおどろしさはあるけれど、映画全体に“怖さ”は少ない。また、江戸川乱歩を原作とする邦画もホラーである反面、カルト映画的要素が強く、万人におすすめできるようなホラー作品ではない。私個人は“怖くて途中で見るのをやめたくなる”と感じるか否かがホラー映画に大事な要素なのではないかと思う」

ジャパニーズホラーの評価

 その上で、よしひろさんがおすすめするのが、ジャパニーズホラーの名作『リング』('98年公開)だ。

「ジャパニーズホラーブームの火付け役の作品。『リング』は、原作である鈴木光司さんの小説も怖くて、読むのをためらうほど。そして、『リング』の監督・中田秀夫さんの作品でいえば、'96年公開の『女優霊』も忘れてはいけません。なんとか最後まで見ましたが、いまだに2回目を見ることができない(苦笑)」

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 '90年代に勃興したジャパニーズホラーは、黒沢清、中田秀夫、清水崇ら監督作品によって海外でも評価されていく。'90年代にこうしたムーブメントが登場する背景を、次のように解説する。

「'80年代になると、日本の映画界はテレビの後塵を拝するようになっていきます。その中で、低予算かつ収益を見込めるジャンルが、'80年代から'90年代にかけて人気だった心霊写真や都市伝説といったホラー系。そして、ピンク映画系とVシネ系でした。そういった時代背景もあり、黒沢清さんは、'83年にピンク映画『神田川淫乱戦争』で映画デビューしていたりと、'90年代に台頭する映画監督の多くが、ピンク映画とVシネを出自としています」

 また、'80年代中盤に刊行された少女向けホラー漫画雑誌『ハロウィン』の存在も大きいと付言する。

「『ハロウィン』によって、ホラー少女漫画がブームになっていきます。その上で、低予算で作れるホラーは、映画の題材としても好まれていたこと。ピンク映画とVシネ界には昭和の名匠たちのイズムが残っていたため、才能ある次世代の監督たちがいた。予算が限られる中でも質の高い作品を撮ることができる彼らに白羽の矢が立った」

細分化が進むホラー作品

 日本独特の“恐怖”は、海を渡り、海外でジャパニーズホラーを意識した作品も作られていくようになる。

「先ほど、『女優霊』についてお話ししましたが、フィルムの質感含め、ローテクだからこその怖さが、この時代のジャパニーズホラーにはあります。特別に何かが怖いというわけではないけど、気持ち悪い(笑)」

 世界的大ヒットを記録した『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』('99年公開)も、低予算かつローテクが生み出したホラーの代名詞だ。よしひろさんは、「得体の知れないものに対するゾクゾク感が、ホラー映画の醍醐味ではないか」と続ける。

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「そういう意味では黒沢清さんの『CURE』('97年公開)や、大林宣彦さんの『HOUSE』('77年公開)もおすすめしたい“ホラーな”作品。前者は、サイコ・サスペンス・スリラー作品として位置づけられているので、人によってはホラーではないと言うかもしれません。『シャイニング』('80年公開)などのスティーヴン・キング原作映画も、ホラーかホラーじゃないかで意見が分かれるでしょう」

 ホラー作品は人気が途絶えることなく今日まで続き、ものすごく細分化されたジャンルになってきた。「だからこそ、自分が怖いと思ったものがホラーでいいと思います」、そうよしひろさんは笑う。

「近年は、Netflixなどの動画配信サービスによって、さまざまな国のホラー作品を目にする機会も増えている。8月には、『ミッドサマー』のアリ・アスター監督が絶賛するチリのストップモーション・アニメーション映画『オオカミの家』が公開されます。すこぶる気持ち悪いと評判なので、この夏をゾッとさせてくれる作品の一つになるはず(笑)」

 進化し続けるホラー映画。夏休みは、今昔のホラーにまみれてみるのも一興かも!?

よしひろ・まさみち 映画ライター。音楽誌や情報誌、女性誌などの編集を経て独立。『sweet』『otona MUSE』で編集・執筆のほか、『an・an』『J:COMマガジン』など多くの媒体でインタビューやレビュー記事を連載。テレビ、ラジオ、ウェブ、イベントなどでも映画紹介を行う

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