第29回 山下達郎
音楽プロデューサー・松尾潔氏によるツイートが波紋を広げています。
「15年間在籍した所属事務所とのマネージメント契約が中途で終了になりました。私がメディアでジャニーズ事務所と藤島ジュリー景子社長に言及したのが理由です。私を誘ってくださった山下達郎さんも会社方針に賛成とのこと、残念です。今までのサポートに感謝します。バイバイ!」
たった130文字で、ジャニーズ事務所の性加害問題がアンタッチャブルなもので、自分が味方だと思っていた人にまで背を向けられる怖さをほのめかしたのでした。
人が組織と袂を分かつ時、これという一つの理由で説明できることは稀で、なんとなくしっくりいかないものが積もり積もって・・・ということもあるでしょう。ですから、達郎氏にも言い分があるはず。達郎氏は自身がパーソナリティを務める「山下達郎の楽天カード サンデー・ソングブック」において見解を述べました。全文を引用することはできませんので、ポイントになると思われる達郎氏の発言をまとめてみました。
まるで噛み合ってないケンカ
・松尾氏との契約終了についての判断は、達郎氏ではなく事務所社長によってなされた。
・今回の契約終了は、松尾氏がジャニーズ事務所の性加害を「憶測に基づいて批判」したことが一因だが、それ以外にも理由はあるが、ここでは触れない。
・性加害は許されることではない。
・しかし、達郎氏は性加害を知らなかったのだから、コメントのしようがない。
・達郎氏にとって、人生における大事なものは“ご縁”と“ご恩”で、ジャニー氏に恩義を感じている。
・ジャニー氏に恩義を感じること、プロデューサーとしての才能を認めることは、性加害を容認することは全く別の問題。
・彼らの才能を引き出し、良い楽曲を作ることでタレントを応援していくつもりだが、それを忖度と言うのなら、それでもかまわない。
・忖度していると思う人には、達郎氏の音楽は不要なのではないだろうか。
性加害問題に触れたら、契約が終了になった!と主張する松尾氏と、性加害なんてない、松尾氏は「憶測に基づいて」性加害を批判したと考える達郎氏。性加害はいけないということでは一致しても、その他はまるで噛み合わないのですが、それぞれヤバい点があると言えるのではないでしょうか。
まず、達郎氏はジャニー喜多川氏の性加害問題を知らず、性加害は憶測だと言っている。ご本人がそう言っているのなら、ご存じないのでしょう。しかし、1999年に「週刊文春」がジャニー氏による少年へのセクハラ問題を特集し、ジャニーズ事務所は文藝春秋社を名誉棄損で提訴します。2003年、東京高裁は「セクハラ行為があった」と認定していますから、ジャニー氏による性加害は“憶測とは言い切れないのです。最近では元ジャニーズJr.のカウアン・オカモト氏、作曲家・服部良一氏の次男、吉次氏が性被害を告白し、ネットでも大きく取り上げられています。スマホさえあればすぐに調べられるわけで、結局のところ、達郎氏は「知らない」のではなく「知りたくない」か、もしくは「知っていたけど、興味がないので深追いしなかった」のではないでしょうか。
不都合な部分は見ないバイアス
元ジャニーズ事務所所属のタレント・豊川誕は、ジャニー氏によく「勝てば官軍」と言われていたそうです。戦いに勝ったほうが正義で、負けた方が不義不忠となることから、物事の善悪は道理ではなく、社会的勝者に軍配が上がるという意味の諺です。芸能界をはじめとする人気商売は、原則「勝てば官軍」のルールで動いていると言えるでしょう。そのような世界では、数字(売上)を上げることが「正しい」こととされます。未成年への性加害はいけないことだと誰もがわかっていても、その加害者が数字を持っている人だと、性加害のような数字に結びつかないことに関しては、自分に関係ないため、つい見なかった、知らなかったことにしてしまうこともあるでしょう。また、心理学では、人は自分が好感を抱いている人の都合のいい情報ばかりあつめてしまう、不都合な部分は見ないバイアス(思い込み)があるとされていますが、数字を持っている人=いい人の芸能界では、未成年への性加害の話を聞いても「よくあるデマだ、成功者へのやっかみだ」と聞く耳を持たなかった可能性もあります。
一方の松尾氏についても、私はちょっと疑問を感じています。なぜ達郎氏をやり玉にあげたのでしょうか? 達郎氏が社長で、達郎氏に「憶測に基づいて、性加害を批判した」と言い渡されたのなら、名指しでの批判をする権利がある。しかし、達郎氏は社長ではないわけで、なぜ社長をすっ飛ばして、達郎氏に触れたのでしょうか。
7月11日に配信された「日刊ゲンダイ」によると、松尾氏が業務提携を解消したスマイルカンパニーの創業者・小杉理宇造氏はレコード会社に勤務していた時代、近藤真彦を担当していたことから、ジャニー喜多川、メリー喜多川両氏と関係が深かったそうです。また、小杉氏はジャニーズ事務所が設立した「ジャニーズ・エンタテイメント」の取締役に就任しています。達郎氏は近藤真彦「ハイティーン・ブギ」の作曲、編曲もしていますし、妻である竹内まりやはバックコーラスに参加と、ジャニーズ事務所とはかなり距離が近い関係性と言えるでしょう。こういう環境下では、達郎氏が重要顧客であるジャニー氏やジャニーズ事務所に批判的なことは言いにくいことは、想像に難くありません。また、松尾氏が批判を口にすれば自分の立場が悪くなることも、十分考えられたはず。
山下と松尾氏が争っても性加害そのものは解決しない
ジャニーズ事務所に近い事務所と業務提携していたのに、悪く言ったからモメるのだ、当然の報いだと言いたいのではありません。達郎氏の妻・竹内まりやのヒット曲に「けんかをやめて」がありますが、松尾氏と達郎氏、個人と個人が争ったのでは、性加害そのものも解決しませんし、松尾氏、達郎氏、双方がソンをして終わりになってしまうのです。実際、松尾氏は業務提携が終了となっていますし、ジャニー氏を立場上批判しにくい達郎氏もあれこれ言われています。正義感のある人が損をする、経済的なつながりを持つ人が叩かれるというふうに潰し合うのであれば、性加害に代表される不正は解決できないと思うのです。
性加害を本気で解決できる力があるのは、テレビ局やスポンサー企業ではないでしょうか。双方が「性加害を働いていた事務所とはつきあいたくない、クリーンな状態を求める」とはっきりした意思表示をするのなら、ジャニーズ事務所もきっちり対応するはずです。
SNSでは「敵VS味方」のような対立が大好きですし、暴露ブームもあって、大物のしくじりは拡散されやすい傾向にあります。しかし、コンテンツとして盛り上がっても、解決のための“本丸”になかなか辿り着かないヤバさ、歯がゆさが残るのでした。
<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」