「ヤバい女になりたくない」そうおっしゃるあなた。有名人の言動を鋭く分析するライターの仁科友里さんによれば、すべてのオンナはヤバいもの。問題は「よいヤバさ」か「悪いヤバさ」か。この連載では、仁科さんがさまざまなタイプの「ヤバい女=ヤバ女(ヤバジョ)」を分析していきます。
デヴィ夫人

第89回 デヴィ夫人

 連日、酷暑にみまわれる日本列島に、国際文化人・デヴィ夫人が新たに火をつけました。一部ではありますが、夫人のツイートを二つ見てみましょう。

東山、被害を告発した人を痛烈に批判

1.東山紀之氏は被害を訴えた元jr.たちの発言を「勇気ある告白」と表現し、「ジャニーズ」という名前の廃止についても言及した。その才能を見出し、育て、スターにしてくれたジャニー氏に対して、恩を仇で返すとはこのことではないか。非礼極まる。被害を訴えている人々は国連まで巻き込んで、日本国の日本人として、そんな権利がどこに与えられていると思っているのか。あまりに嘆かわしく、恥ずかしい

2.ジャニー氏が亡くなってから、我も我もと被害を訴える人が出てきた。死人に鞭打ちではないか。本当に嫌な思いをしたのなら、その時なぜすぐに訴えない。代わってジュリー氏が謝罪も済ませているのに、これ以上何を望むのか。

 東山を「恩を仇で返す」、被害を告発した人を「今さら文句を言うなんて」「余計なことを言うから、日本のメンツに傷がついた」とばかりに批判したのです。著名人がヤバいことを言えば、燃えるのは世の習いですが、夫人をウォッチしている身からすると「まーたやっちゃいましたね」というのが正直なところ。そこで、今日は夫人の炎上の歴史を振り返り、そこからヤバさの理由を解き明かしたいと思います。

ジャニー氏の性加害問題について擁護のツイートをしたデヴィ夫人

 デヴィ夫人と言えば歯に衣着せぬ発言が人気ですが、その一方で炎上騒ぎを起こすことがちょいちょいあります。夫人の炎上は「性にまつわること」に特化しているという特徴があることは、あまり知られていないのではないでしょうか。具体例を挙げていきましょう。

【その1】2011年 準強姦罪に問われたオリンピックの英雄を擁護。

 ‘04年のアテネ、'08年の北京で二大会連続金メダルを獲得した内柴正人。しかし、教え子だった女子生徒に多量のお酒を飲ませ、性的暴行をしたとして逮捕。最高裁まで争いましたが、懲役5年の実刑判決が確定しています。

 夫人は2011年12月7日のオフィシャルブログ内で、「内柴選手をなぜ逮捕する? 私は彼の味方をする【追記あり】」というタイトルで、内柴氏を擁護、被害にあった女性を追求しています。一文引用してみます。

《女の人(筆者注:被害女性のこと)の方から、日本の英雄で、しかも有名人で、なかなかの男前の彼に気があったと見るのは、普通だと思います。もしかして、彼女は翌日、内柴選手に何事もなかったように振舞われたことがあって、裏切られたと思っての復讐をしたと思うのは、想像がたくまし過ぎるでしょうか?》

《オリンピック二連覇の日本の英雄にクレームをつけるのなら、未成年でもその女性の名前と顔を出してほしい。そして、その時の状況を公表するべきです。》

 と、具体的な根拠もなく女性を責め、これまた証拠もないのに「オリンピックの英雄だから」というだけで、内柴氏を擁護しています。

【その2】2018年 元TOKIO・山口達也氏による、女子高生への強制わいせつを擁護

 山口氏が港区の自宅マンションで、自身が司会を務める番組に出演する女子高生を呼び出し、無理やりキスするなどして、強制わいせつ容疑で書類送検されました。

 デヴィ夫人はこれに対し、ブログで

《たかがキス位で無期限謹慎なんて厳しすぎ、騒ぎすぎでしょう!」「KISSされたら、トイレに行ってうがいして『ちょっと失礼』と言って二人で帰ってくれば良かったわけじゃないですか。母親に電話して警察まで呼ぶなんて。そして事をここまで大きく広げるなんて、関係者、スポンサー方に与えた損害は億単位、計り知れません。みんな何を考えているのでしょうね」と書き、炎上したのでした(現在は削除)》

山口達也

【その3】2019年 強制性交の疑いで、元俳優・新井浩文が逮捕された際には、示談金の金額を提案

「相手の女性とお話をして、被害届を取り下げてもらわなかったのか。たくさんの方に迷惑をかけるなら、1、2000万円でも差し上げて円満解決すればよかったのに」と発言しています。

夫人が重んじるのは「社会的地位」と「スポンサーなどの大組織」

 この三つのケースをまとめると、性加害という犯罪においても、夫人が重んじているのは被害者感情という“情”や客観的な証拠という“理”でもなく、社会的地位(社会的地位の高い人はそんなことをしない、もしくは、しても許される)と、スポンサーなどの大組織、そしてそこから生まれるカネと言えるのではないでしょうか。日本はオトコ社会ですから、これら3つをすべて持っているのは男性であることが多い。そうなると、それらすべてを持つごくごく一部の男性を自然と重んじるようになるのでしょう。

デビルマンシリーズを制作する遊技機メーカーのイベントはデヴィ夫人ならぬ「デヴィル夫人」に。コスプレも好きで毎年、ハロウィーンパーティを主宰する(撮影2021年7月14日)

 仮に夫人がこういう考え方だとしても、それらが悪いと断じるつもりはありません。なぜなら、資本主義の世の中において、社会的地位、おカネ、大組織に背を向けて生きることは不可能だと思うからです。生きていくためにはお金が必要ですが、そのためには働かなくてはいけません。いつ潰れるかわからない企業と、安定した雇用と高給が期待できる大企業、選べるのだとしたら、多くの人が大企業に入りたいと思うのではないでしょうか。その大企業で出世して力を持てば、社会的地位を得られますし、自分の権限で動かせる金額は格段に大きくなりますから、その影響力目当てに人が寄って来るでしょう。ですから、夫人がこれらを重んじたとしても、不思議はありません。けれど、夫人を見ていて感じるのは、夫人は社会的地位を身分と勘違いするヤバさを持っていやしないかということなのです。

 社会的地位と身分は、似て非なるものです。社会的地位はビジネス上の肩書ですから、変化を伴います。たとえば、現役時代は社長でも、仕事をリタイアすればその肩書は意味を無くしますし、政治家だって、選挙に落ちて国会議員の地位を失ってしまえば、ただの人です。それに対し、身分とは「死ぬまで続くもの」と言えるでしょう。ジャニー氏と所属タレントの例で考えると、ジャニー氏は大地主で、所属タレントは大地主に一生頭が上がらない小作のような身分だと夫人は考えているのではないでしょうか。だとすると、夫人は東山について「非礼極まる」と非難していたことも納得がいくのです。東山が性被害を名乗り出た人を「勇気ある告発」とコメントしたことについて、多くの人は「妥当な表現」と受け止めたでしょう。しかし、夫人だけは激しく怒っている。それは表現が不適切とかいう問題ではなく、小作が大地主についてあれこれ言うこと自体が気に入らないのではないでしょうか。

弱い人の気持ちが全くわからない

 身分で物を判断するのなら、想像力や配慮はなくなるでしょう。夫人のツイッターには「愛するお孫さんが、性加害にあったらどう思われますか?」と、被害者に寄り添うことを願うリプライがいくつかついていました。が、そもそも性被害とは、腕力や判断力を持たない、経済力がないなど、立場の弱い“持たざる者”がターゲットになりがちです。夫人のお孫さんは、スカルノ大統領の血をひく典型的な“持つ者”ですから、彼が性被害に合うとは考えにくい。ですから、自分の家族が被害にあったらどうしようと想像する必要性がないのだと思います。同様に「(性被害について)本当に嫌な思いをしたのなら、その時なぜすぐに訴えない」というツイートも想像力のなさを露呈していると言えるでしょう。往々にして“持たざる者”の告発は、まともに取り合ってもらえないことに気付いていません。夫人は弱い人の気持ちが全くわからないのだと思います。

夫人のヤバ発言は苦労してきた証

 そんな夫人とて、最初から強かったわけではないのです。1978年に発売された「デヴィ・スカルノ自伝」(文藝春秋)で、夫人は貧しい生い立ちを打ち明けています。貧しさは人からチャンスを奪います。お金がないから進学できない、学歴がないから安定した職業につけないというように、本人の能力に関係なく、人生の選択肢がない状態に追い込まれてしまうのです。夫人も高校進学をあきらめています。しかし、美貌と語学力を武器に、お母さんと弟を養うために外国人専門のナイトクラブのホステスになります。同書によると、10代の若さで昭和30年代に月100万円の給料をもらっていたというのだから、相当な売れっ子だったとわかります。けた違いの財力を持つ、かなり年上の外国人の既婚男性に生活の面倒を見てもらい、プリンセスのように扱われる一方、寝室では男性の「忠実な生徒」だったと書いてあります。そこで知り合った人からスカルノ大統領を紹介され、大統領夫人への道を歩み始めるのです。

 同書は大分昔に書かれたものですから、今の価値観と比較してあれこれ言うのはフェアではないと思います。しかし、美と性と己の才覚で貧困から脱し、大統領夫人にまでなった夫人にとって、性は資本かつ武器だったことは間違いないと思います。性加害の問題を「それくらい」扱いし、権力のある男性(加害者)の味方をするのは、性という資本で現在の地位を築いた夫人から見れば、被害を訴える人はそれを有効活用できなかったという意味で、“敗者”に見えるのかもしれません。この他にも夫人はバラエティ番組で「不妊は中絶が原因」と発言し、大炎上したことがありました。言うまでもなく医学的根拠のない発言ですが、これもまた、性をコントロールできなかった女性への冷笑なのかもしれません。

ジャニー喜多川さん

 しかし、これは夫人の個人の性格とも言えないところがあります。弱い立場から脱却した成功者なのだから、弱い人の気持ちは誰よりもわかるはず・・・と言いたいところですが、実は同じ経験をしたからといって共感が深くなるとは限らず、むしろ冷淡な態度を取りがちなことが、心理学の実験でわかっています。苦労をした人ほど、自分が乗り越えられたのだから、あなたもできるはずと思いこみ、相手への共感やいたわりが薄くなってしまうそうなのです。

 夫人がテレビの世界で重宝されてきたのは、極貧から大統領夫人への転身というフィクションの世界でしかないようなプロフィールがテレビ映えするからでしょう。親ガチャという言葉が示すとおり、親の経済力で人生が決まってしまうと言っても過言ではない時代を生きる若い世代には、夫人のバイタリティは大きな希望に見えると思います。現在のエンタメ界は「人をイライラさせること」にシフトしていますから、程度にもよりますが、夫人のような問題発言を何度もしてくれる人というのは、実は助かる部分もあるのではないでしょうか。夫人の性加害に関する発言がヤバいことは言うまでもありませんが、裏を返すと夫人がそれだけの苦労を経てきたことの証かもしれず、オトコ社会の煮こごりを見せつけられる気がするのでした。


<プロフィール>
仁科友里(にしな・ゆり)
1974年生まれ。会社員を経てフリーライターに。『サイゾーウーマン』『週刊SPA!』『GINGER』『steady.』などにタレント論、女子アナ批評を寄稿。また、自身のブログ、ツイッターで婚活に悩む男女の相談に応えている。2015年に『間違いだらけの婚活にサヨナラ!』(主婦と生活社)を発表し、異例の女性向け婚活本として話題に。好きな言葉は「勝てば官軍、負ければ賊軍」


インドネシアに訪問した周恩来はスカルノ大統領と交流していた。中央はデヴィ夫人(1964年)

 

デヴィ夫人

 

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