近年、各地で耳を覆いたくなるような子どもへの虐待のニュースが相次いでいる。子育てをサポートするはずの保育園などでも、あり得ないような子どもへの不適切な保育が続出した。なぜ、子どもへの虐待が増えているのか。その実態と背景に迫った。
共働き世帯の増加や核家族化が進んでいるのが一因
今年7月には大阪府大東市で、小学生の娘に十分な食事を与えず低血糖症にさせ、入院で支払われる共済金をだまし取ったとして母親が逮捕。6月に兵庫県神戸市でも、打撲痕のある男児の遺体がスーツケースに入った状態で発見され、母親や叔父など4人が逮捕されるなど、虐待の被害を受けた子どもの事件が相次いでいる。
警察庁によると、2022年に虐待の疑いがあると児童相談所に通告した18歳未満の子どもの数は11万5762人で、虐待事件の検挙件数も2181件と共に過去最多を更新した。
「子どもに虐待をしてしまう要因は、地域ごとに環境も違うので一概には言えませんが、共働き世帯の増加や核家族化が進んでいるのが一因だと思います」
こう教えてくれたのは、元保育園園長で子育てアドバイザーの佐藤典子さん。ほかにも貧困など、生活の逼迫から子どもに当たってしまう事案もあるという。
「厚生労働省の統計によると、虐待でいちばん多いのは心理的虐待。“おまえなんか生まれてこなければよかった”など、言葉の暴力や冷たい態度で子どもを傷つけるケースです。
核家族化が進み、近くに親がいなかったりして頼る人も少なく、両親が長時間勤務の共働きで忙しくてイライラしがちになってしまう。金銭的な面もそうですが、生活の時間的余裕のなさや保護者の精神的な健康状態が不安定な場合、子どもへの虐待へ向かう可能性が高まってしまうのだと思います」(佐藤さん、以下同)
近所との交流がないことや、子育て世帯が少なく孤立しやすい場合も、虐待が起きやすい傾向にあるそう。
「子どもが公園で遊んでいただけで騒がしいと怒られたとか、夜泣きがうるさくて眠れないと隣の人からクレームをつけられたとか、そういった話も聞きます。普段から近所の人と交流があったらお互いの事情もわかるし、子どもが多少騒がしいのは、子育てをした家庭なら理解できると思うんです。
それが近所と顔見知りではないため、相談しづらかったりなかなか理解してもらえずに、仕方なく子どもに静かにしてもらおうと強要し虐待につながってしまう。地域の交流が減ったのもひとつの要因かなと思います」
では、どういったタイプの親が虐待に走りやすいのか。
「1つは子育てに情熱的すぎる人。例えば、週に8つも9つも習い事をさせたり、有名校に入学させたいから夜中まで勉強をさせたりとか、子どもの意思に反して教育を詰め込むのも虐待に当たります。
逆に子どもに無関心すぎたり、夫婦どちらかしか関心がない場合も、ワンオペ育児となり精神的に余裕がなくなりがちなので、夫婦が互いに思いやることや子育てに対して話し合うなどパートナーシップが大切です」
昔の叱るときに叩く子育てが、いまでは虐待と認識していない親もまだ多いという。
「以前、保育園に勤めていたとき、怒るとお子さんのカバンを蹴ったりするお父さんがいらっしゃいました。普段はお子さんに愛情を持って接している方でしたけど、よくない行為だなと思ってお話を伺ったら、ご自身も小さいころに親に叩かれて育ったからしつけでやっているというんです。
いまは体罰を伴わない子育てが当たり前で、虐待は止めなければいけない時代。まだ叩くのも愛情と思ってらっしゃる方もいるので、国や自治体などが意識を変える取り組みを増やすことが必要だと思います」
一方で、保育の場でも虐待の報告が相次いでいる。今年6月には、茨城県水戸市の保育園で、保育士2人が園児を寝かせたまま無理に食事を食べさせたり、腕を引っ張って倒す行為が発覚。
保育園はいま深刻な保育士不足
5月には三重県桑名市でも、保育士が暴言を吐いて子どもを泣かせたり、給食を食べ終わるまで4時間にわたり指導し失禁させるなど、6つのこども園で不適切な保育があったことを市が発表した。
こども家庭庁の調査では、昨年4月から12月までに全国の市町村が把握した、保育所で行われた子どもへの不適切な保育は914件で、そのうち虐待に当たるのは90件。無認可などを含めた保育施設全体では、不適切な保育は1316件で、虐待と認められたのは122件となった。
「保育園はいま深刻な保育士不足。いろんな性格の子がいますし、障害がある子などはしっかりついてあげなければいけないんです。人数が少ないから、誰か休んだら勤務時間が長くなる場合もあったりと、生活リズムも崩れるし身体もキツくなる。
もちろん、それは言い訳にならないですし、全員が子どもに対して不適切にかかわっているわけではないですが、保育の場の環境改善は必要だと思います」
保育園全体のチームワークや、保育士自身の変化も重要ではと佐藤さん。
「私が保育園で働いているとき、人権擁護のためのセルフチェックリストをつけていたんです。“子どもを尊重する保育”をするためにはどうすべきかが書かれているもので、昔は散歩などに行く前に集団でトイレに行かせていたんですが、いまはおしっこが出ないと言っている子に強要するのはやってはいけないことなんです。
こうしたチェックリストを活用して、園児にこれはやってはいけないなど保育について振り返ることができれば、保育士自身も変わっていくと思います」
虐待の連鎖を止めることはまさに急務。その数を減らすためには、どういった行動をとるべきなのか?
「子育ての悩みをひとりで抱えずに、子どもにキツく当たる前に家族や友達など誰かに相談することだと思います。例えば、子どもが保育園に通っていたら先生でもいいと思います。
“うちの子、最近ごはん食べないんです”とか些細な悩みでもいいので話してみることが大切です。身近な人には話しにくいという人は、自治体などに子育てに関する相談窓口が記載された冊子があるので、そういうもので調べて、悩みを打ち明けるのもいいと思います」
相次ぐ児童虐待に、国は対策を検討しているのか。 こども家庭庁に問い合わせると、
《児童虐待防止対策の中枢を担う児童相談所の体制強化に引き続き取り組んでいるほか、児童虐待を未然に防ぐためにも、令和6年4月1日施行の改正児童福祉法においては、全ての妊産婦、子育て家庭、こどもへ一体的に相談支援を行う「こども家庭センター」の設置などによってこども子育て支援の種類・質・量の充実を図ることとしており、引き続き円滑な施行へ向けて準備に取り組んでいます》
と、回答が。 子どもたちの未来のために、大人たちの意識の変革が求められている─。
佐藤典子 子育てアドバイザー。保育園園長など地方自治体の福祉職として長年勤務。現在は、児童発達支援事業所から訪問支援員として幼稚園、保育園と関わる。