『育休革命』宣言で注目を集めた山梨県の長崎幸太郎知事。少子化対策で打ち出した施策だが、喜びの声とともに疑問の声も上がってきた。制度を作る行政や企業と、そこで働く人たちの意識のズレはどうすれば解消できるのか……。
男性の育休取得率は13.97%
「考え方を180度転換し、育休取得を原則、取得しないことを例外とする意味で『育休革命』というべきものだ」
こう胸を張ったのは、山梨県の長崎幸太郎知事。出生率が低迷し、人口減少が進んでいる山梨県は6月に『人口減少危機突破宣言』を出し、官民を挙げて対策に取り組むとしていた。
その第1弾の施策が、「男性職員の育休取得率100%、期間は最低3か月」という指標。取得できない場合はその理由を上司に申し出なければならないという。
また、育休の確保を実施した職場の管理職の人事評価をプラスにしたり、育休を取得している職員の業務を応援した職員に勤勉手当を加算するなどの“アドバンテージ”も発表。これまでの少子化対策からすれば、まさに“異次元”といえるほどの施策に見える。
「県知事というトップが、男性の育休に対してここまでの意思表示を見せたということが素晴らしいと思います。企業などでも男性の育休取得が進まないのは、現場の担当者や社員が取りたいと思っていても、トップがその気にならないと浸透していきませんから」
こう話すのは、『NPO法人ファザーリング・ジャパン』の理事も務め、男性の育休についても講演活動を行っているキャリアコンサルタントの高祖常子さん。
国も少子化対策として男性に育休を取得させるよう働きかけているが、その動きは遅々として進んでいないようだ。'22年に厚生労働省が発表したデータによると、女性の育休取得率は85.1%に対し、男性は13.97%という現実がある。
「国は'30年度に男性の取得率85%を目標に打ち出していて、現段階で30%を達成しているはずでしたが伸びていません。本来、企業一社一社が取り組んでいく努力が必要なのですが、今回のように自治体が旗振りをするのは効果があると思います」(高祖さん、以下同)
行政側の“本気”が見えてくる長崎知事の発言は、子育て世代の夫婦にとってうれしいニュースになっていると思うのだが、SNSでは意外な声も聞こえてきている。
《必要なのはまとまった期間の休みではなく、欲しい時に1日単位で取れる休み》
《まずは定時で終わって残業なし、有休100%の完全取得を実現してからの話じゃないかな》
《家庭それぞれの事情があるのだから、強制的に3か月取りなさい、はちょっと乱暴かなと思う》
こういった声について高祖さんは、
「言葉は悪いのですが、日本の社会が働きながら子育てをする人たちに対して、成熟していないのだと思います。この方たちの言っていることはよくわかります。理想としては、その家族に合った方法で休みを取れるのがいちばん。
会社に対してこうしてほしいと交渉できればいいのですが、日本の企業は“こう決まっているから”とそのルールに自分が合わせていくのが当たり前になっています。横並び意識が強いから、育休取得も進まないんです」
夫婦一緒にやっていくべき
また、もともとの考え方が会社ファーストで、家族ファーストではないことも育休が進まない要因のひとつ、と高祖さん。
「“仕事が忙しいから”を理由にする人は、何がいちばん大切なのでしょう? ふたりで幸せになろうね、と結婚して夫婦になったんですよね。そして子どもを授かり、新しい家族のスタートなのだから、夫婦一緒にやっていくべきなんです」
自分が休んだら会社や同僚に迷惑がかかる、上司が育休取得にいい顔をしない……。よく聞く“育休取れないあるある”のキーワードだが、
「赤ちゃんがいつ生まれてくるか、という予定はわかるじゃないですか。そこに合わせて男性が育休を取るのと同じくらい大切なのが、職場でのチームワーク。
スケジュールはわかっているのだから、その期間だけ単純作業はバイトを雇うとか、ほかの部署から応援を頼んでおこうとか。そういったことを考えないで、単純に1人減ったら大変、となってしまう。今は育休を取らせないというのがハラスメントです。会社や仕事に対する意識を変革していかなくてはいけない時期なのだと思います」
高祖さんは、仕事が第一、と考えている人のためには山梨県のような強制的に休みを取らせる“荒療治”から始める必要もあるのかな、と話しながらも、制度を考えている企業のトップや政治家にもこんな言葉を。
「極端な話、子育てをしたことがない人たちが、机上の空論で制度を考えているのかなと思ってしまいます。だから実際に育休を取ろうとする人たちから“これじゃない”という声が上がるのでしょう。
そんなトップに立つ人たちが引退し、今の若者たちとの世代交代が進めば男性の育休に対する社会の意識も変わってくると思います」
しかし育休を夫が取得しても、
《休んでいるだけで、何もしてくれない。これなら会社に行ってくれている方がいい》
という声も……。
「何をすればいいかがわからないんですよね。“育休を取れと言われたから取った”と、家でゴロゴロしている、みたいな人も確かにいますから。
男性からしてみれば、何をしてほしい、と言ってくれなければわからないと思うかもしれませんが、産後のママってホルモンバランスが崩れているから、感情の波が大きいんです。だから的確にお願いするのが難しかったり、ちょっとしたことでイライラしたりもあるんですよ」
参加者の半分から3分の2くらいが夫婦同伴
こういった事態にならないよう、高祖さんは東京・葛飾区でプレママ、パパ向けの講座『ハローベビー教室』で伝えているという。
「子どもを授かる前に、産後の女性の身体についてや、子どもへの向き合い方といったことを学んだ上で育休を取ってもらえればいいなと。
葛飾区の講座は平日の午後に開いているのですが、最近は男性の参加率も増えています。“会社を抜けてきました”みたいな人もいて(笑)。参加者の半分から3分の2くらいが夫婦同伴なんですよ」
若い世代には仕事よりも“家族ファースト”の生き方が根づいてきているということなのか。最後に高祖さんは育休が持つ、本当の目的に気がついてほしいと、こう語る。
「男性がパートナーを助けるのではなく、夫婦ふたりで子どもを育てるために休む、というのが育休です。この考え方を当たり前にしていくことが、まずは大きな一歩になるかなと思います」
“理想の育休”の実現は、まだまだ遠いのか─。
取材・文/蒔田 稔
高祖常子 認定子育てアドバイザー。NPO法人ファザーリング・ジャパン理事。子ども虐待防止や、家族の笑顔を増やすための講演活動なども行う。著書に『感情的にならない子育て』(かんき出版)など多数