少子化対策や子育て支援の視察等を目的にフランス研修、そして外交を強調した今井絵理子氏。そんな彼女の元夫、『175R』SHOGOは再婚後に家族とセブ島に移住していた。生きた鶏を捌いて血まみれになったりと、日本では体験できない子育てを実践しているSHOGO。さらにはフィリピンとの友好・交流も深めてーー。
2003年に『ハッピーライフ』でメジャーデビューを果たし、青春パンクブームを牽引したロックバンド175R。同年にリリースした『空に唄えば』で『NHK紅白歌合戦』への出場も果たした。その後、およそ6年間の活動休止を挟み、今年で結成25周年、デビュー20周年となる。
「結成したときは、ここまで長くやれると思っていなかったので、ありがたいです。同時に、長く続けたことで、自分のペースで活動できているので、それも感謝しています」
こう話すのは、ボーカルのSHOGO。プライベートでは、元SPEEDで現国会議員の今井絵理子と2004年に結婚し、同年に長男をもうけた後、2007年に離婚。2014年にタレントの石井あみと再婚した。
「2018年に、家族全員でフィリピンのセブ島に移住しました。いちばんの目的は、現在7歳と4歳の娘たちの英語教育ですね。フィリピンは世界で3番目に英語人口が多く、生きた英語に触れる機会がたくさんあるんです。日本との時差が1時間、飛行機で5時間ほどで行き来できることや、ビザが取りやすいことも、この場所を選んだ理由です」
と、セブ島から明るい声を聞かせてくれた。
「はい、これ」生きた鶏を手渡されて
レコーディングなどは、日本に帰国して行っている。
「オンライン上で曲を作って、だいたい完成したら日本に1週間くらい行って、一気にレコーディングします。夏はフェスなどのバンド活動が増えるので、月に2往復することも。それ以外の時期も、2か月に1回くらいは仕事で日本に帰りますね」
セブ島での生活は、日本では経験できないことがいっぱい。逆に、それを楽しんでいるのだそう。
「フィリピン人の友達の誕生日パーティーに呼ばれたときに、友達が七面鳥を2羽、脇に抱えて持ってきたんですよ。それを1羽“はい、これ”と渡されて“今から絞めて食べよう”と。生きた鶏を自分で絞めて殺して、羽も抜いて丸焼きにして食べるという、現代の日本では経験することのないことをやりました」
覚悟のいる作業だったが……。
「命を奪った後、おいしく食べるために処理をすると、日本のスーパーで売っている鶏肉の状態になったんですよ。 こういう工程を経てスーパーに並ぶということを改めて知りましたし、食育としては非常に大事な気がしましたね」
その場には、2人の子どもたちも同席。
「かなり驚いてましたよ。気づいたら、お父さんが鶏の返り血を浴びて血まみれだったので。でも、娘たちにはこうした機会に、ひとつひとつの物事が当たり前じゃないということを学んでほしい」
現地で「うどん屋」をプロデュース
現在は音楽以外の活動もしているそう。
「セブ島にはこれまで“日本人街”がなかったので、うどん屋やしゃぶしゃぶ、カラオケバーなどを集めた『NEO TOKYO』という日本食のレストラン街をプロデュースし、オープンしました。現地のみなさんに日本の食文化を知ってもらいたいし、日本から観光や留学で来た人の癒しの場にもしたいと思って」
立ち上げのきっかけとなったのは“うどん”だった。
「セブ島にうどん屋さんがないことが意外とストレスで。たまに、日本のだしの味が恋しくなって……。なので、自分でプロデュースして、ようやく食べられるようになりました(笑)」
“セブ島ライフ”での、今後の目標は?
「日本からの移住者って日本のエンタメに飢えていたりもするので、セブ島でも楽しめるようにしたいですね。コロナ前は、セブ島でワンマンライブもやりましたが、日本とフィリピンの友好や交流を深めるようなことができたらいいなと思います。セブヨロという会社で留学エージェントもやっていますし、こういう活動や今の暮らしが、本当に楽しい。とにかく毎日、ハッピーライフです」