数年前から「若者のあいだで昭和レトロがブーム!」などの見出しがメディアに躍っている。なんでも、10〜20代前半の若者たちの中には、純喫茶のメロンソーダや使い切りカメラを愛好し、昭和カルチャーの魅力を語るときに「エモい」と表現する人もいるらしい。
どうも彼らの思う昭和と、昭和を生きた世代とでは“昭和の象徴”に抱くイメージが食い違っている印象も……。そこで本誌は、昭和生まれ(1943〜1988年)と、平成生まれ(1989〜2003年)に分けて、それぞれ1000人に「昭和を象徴する物事は?」というアンケートを実施。世代間の昭和に対するイメージの“ズレ”を調査した。
あなたの“昭和”教えてください!
まず、昭和生まれが考える昭和の象徴、第1位は「バブル景気」。’80年代後半〜’90年代前半にかけて、株価や不動産価格が急上昇し、日本経済が好景気に包まれた出来事だ。「夜の街がにぎやかで楽しかった」(60歳・男性)「とてつもなく毎日楽しかったので、イヤというほど遊んだ。自転車に乗るように気軽に何度も飛行機で海外に行った」(61歳・男性)「今考えると異常だったとしか思えない。むちゃくちゃな時代だった」(78歳・女性)など、稀有な時代に思いを馳せる声が多く集まった。
評論家で歴史作家の八幡和郎さんも、当時をこう振り返る。
「私は日本のバブル絶頂期に国費留学で渡仏して、バブル崩壊後に帰国しました。出国前は2次会付きの歓送会をあちこちで開いてもらい、タクシーもなかなか拾えない状況だったんです。でも、日本に帰ってきたときは帰国祝いこそしてもらいましたが、2次会はなくなっていましたね(笑)」
バブル崩壊後、日本経済は低迷し“失われた30年”に突入。そのせいか、不景気真っただ中に社会に出た昭和世代からは「大学卒業前にバブルが弾けて恩恵を受けられなかった」(47歳・男性)「まだ当時を引きずっている人がいて信じられない」(47歳・男性)など、恨み節とも取れるコメントも寄せられている……。
一方、物心ついたときから不況が続く平成生まれにとっての昭和の象徴は「戦争(第2次世界大戦)」が1位を獲得。アンケートコメントを見ると「今は武器を持って争う時代ではない。第2次世界大戦を日本にとって最後の戦争にしてほしい」(32歳・女性)「世界各地で起きている戦争の惨状を見るたびに、忘れてはならない出来事だと感じる」(30歳・女性)という声が多数集まった。争いが絶えない現代の世界情勢が回答にも影響しているようだ。
続く昭和生まれの2位は、1968年に発生した現金強奪事件、通称「3億円事件」。東芝府中工場の従業員に支給されるはずだったボーナス約3億円が、白バイ隊員に扮した犯人に奪われた未解決事件だ。昭和世代からは「あまりに手口が稚拙なので、すぐに捕まると思っていたら迷宮入りしたので印象に残っている」(69歳・男性)「当時は給与やボーナスが現金で支給されていたが、この事件をきっかけに銀行振り込みが一気に進んだ記憶がある」(78歳・男性)「父親が大規模な検問に巻き込まれ、帰宅がかなり遅くなったそう」(60歳・男性)など、当時の衝撃を振り返るコメントが多く集まった。
なんと、当時を知らないはずの平成生まれの人々も、3億円事件を昭和の象徴のひとつに挙げている。
「まず“3億円事件”というネーミングにインパクトがありますよね。事件の内容も謎が多く、時代を超えて幾度となく小説や漫画、映画、ドラマの題材になっています。例えば、現在30代の人は、2006年に公開された映画『初恋』のイメージが強いはず。宮崎あおいさんが真犯人を演じて話題になりましたよね」(八幡さん)
実際に平成世代からは「幼いころに好きだった漫画で取り上げられていた」(33歳・男性)「今でもテレビで特集されるほど有名」(18歳・女性)など、創作物を通して触れる機会があり、後世に残る事件となっているようだ。
体験し続けている世代と歴史として認識する世代
双方を比較して、最も大きな“ズレ”が生じていたのは「ちゃぶ台」に対するイメージ。昭和生まれでは19位にランクインしており「どの家庭にもあった」(52歳・女性)「家族そろってちゃぶ台を囲んでごはんを食べた。一家団らんを思い出す」(66歳・男性)など、ノスタルジーに浸るアイテムのひとつとなっている。
「懐かしさだけでなく、昭和世代の人の中には『ちゃぶ台が現役で使われている』と思っている人もいるかもしれません。そうすると、上位には入りませんよね」(八幡さん)
一方、ちゃぶ台が5位にランクインした平成世代からは「現代の家にはない家具だから」(30歳・女性)という失われた昭和の遺産としてのイメージに加えて「ちゃぶ台をひっくり返すのが昭和の男という感じがする」(33歳・女性)「『巨人の星』の星一徹がちゃぶ台をひっくり返していた」(26歳・男性)などの声が多く寄せられた。漫画やテレビ番組の影響で“父親がひっくり返すもの”として認識されているようだ。ただ「祖父がよくひっくり返していた」(34歳・女性)「父親が怒ったときにひっくり返していた」(64歳・男性)という声もあるので、あながち間違ったイメージではないのかも?
そして、平成世代から「エモい」(21歳・女性)というコメントを引き出したのが、平成生まれ第9位の「カセットテープ、ラジカセ」。昭和生まれのランキングでは3位に入り「カセットテープでテレビの音楽を録音したり、中学のころには自分の声を録音したりして楽しかった」(62歳・女性)「ラジオを聴いて、好きな曲をラジカセで録音していた」(61歳・女性)「青春時代の思い出」(41歳・男性)など、あのころを思い出すアイテムとして、多くの票を集めた。
興味深いのは、平成世代のコメント。平成中期以降に生まれた人々からは「昭和ならではの代物だと思う」(19歳・女性)という声が多かったが、’90年代前半に生まれたアラサー世代に目を向けると「CDを買ってカセットテープに録音して聴いていた」(32歳・女性)「好きな曲を集めて自分だけのカセットテープを作っていた。何度も聴きすぎてテープが伸びて音割れする感覚は、今の子にはわからないと思う」(34歳・女性)など、昭和生まれと近しい思い出を持つ人も多い。
実は近年、山下達郎やスピッツなど、あえてカセットテープで楽曲を発売するアーティストもおり、一部の音楽愛好家の間では注目を集める音楽メディアでもある。カセットテープはひょっとすると、昭和・平成・令和と時代を股にかける稀有な存在になるかもしれない。
八幡さんは、このランキング結果を受けて「平成生まれの人は“昭和”を歴史上の世界と認識しているのでは」と考察する。
「昭和世代にとっては自分たちが生きてきた時代ですが、平成生まれは教科書でしか昭和を知りません。彼らの多くが『戦争』を選んでいるのが象徴的で、実際に戦争を経験した人に会った経験はなく、学校の授業で学んだことなんです。それが、現在の世代間の認識のズレとして表れているのではないでしょうか」
あなたにとって、昭和はどんな時代ですか?
八幡和郎(やわた・かずお)●評論家、歴史作家、徳島文理大学教授。1951年、滋賀県大津市出身。東京大学法学部を卒業後、1975年通商産業(現・経済産業)省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。『民族と国家の5000年史』(育鵬社)など著書多数
(取材・文/とみたまゆり)